俺はテンプレ主人公じゃないから
59話です。長くなりそうな予感がしたので短めに切っています。
目を覚ますと、満天の星空が視界にいっぱいに広がった。背中には固い感触。身体を起こしてみると俺は中庭に備え付けられたベンチで寝てたらしいことが分かった。
「あ、起きたね弟君」
「まったく、お主は事あるごとに怪我をするのう。今日はいつもに比べればマシじゃったが」
「ああ、ねーちゃんとハイセか。おはよう」
ネーシャとハイセに生返事をしてしばらくぼーっとしていたら意識が覚醒していく。ああ、俺ってばアジーに襲われて気絶させられたんだっけ?
「もう、毎度のことだけどびっくりしちゃったよ。帰ってる途中で弟君が喧嘩してるーって話が聞こえてきて慌てて帰ってきたら倒れてるんだもの」
「妾たちは男子寮に入れぬからな。仕方なくここで介抱させてもらった」
「いや、いつもすまんね。二人とも」
ハイセの能力は今日も健在らしく、俺が立ち上がる動作をしても身体は不自由なくいつもどおりに動く。しかし、会長との決闘にギジー教官の白兵戦にコーデリア先輩との修練、そして今日の勝負。
いや、気づいてたけど俺ってば怪我しすぎか?回復系の精霊と契約することを検討した方がいいのかもしれんね。自前の回復手段を持つのは重要なのかもしれない。
「今日は寮に帰ってもう休んだらいいと思うよ。疲れたでしょ?」
「うむ。それがよかろう。妾の能力は精神疲労まで治すことはできぬからな」
「ああ、そうするよ。それじゃ二人とも、また明日」
二人に短く別れを告げて男子寮に入り、部屋を目指す。食堂が賑わう時間だからか誰とも遭遇せずに部屋までたどり着いた。
もうすっかり我が家な感じの【0301】号室の扉を開けて中に入る。中には誰もいなかった。ニアは食事中だろうか?まぁいいか。
俺は気怠さに任せて妙にバネの効いたベッドに仰向けに倒れこむ。あーしんど。とはいえさっきまで気を失っていた影響からかまどろみは一向に訪れない。何もする気が起きずにぼーっと天井を眺める。
☆☆☆
どれだけの時間がたっただろう?ニアが帰ってくる様子は今のところない。何してるんだろう?
……ふと思えば、この世界に意識を持ってからこんな長時間誰もそばにいないというのは初めてではないだろうか?来てからすぐ傍にはネーシャとフィーネがいた。会長と決闘をするという慌ただしい入学式が終わったあとにニアとルームメイトになった。
それからは登校するときも昼飯を食べる時も大体三人と過ごしていた。誰かが欠けることはあったけど俺が一人になるタイミングはなかった。
妙に、心細い。
アジーにこっぴどくやられたせいか、静かすぎる部屋に心が軋みを上げ始めたのか、俺はこの世界に来て初めて『虚勢』を張るのをやめた。やめてしまった。気が緩む。途端に体が震えて、波のように襲い来る嘔吐感に喉をおさえる。
『スレイ』の代わりを頑張り続けてきたがもうきついかもしれない。主人公として、こうあるべきかとなるだけ一生懸命になってきたがそんな余裕、もうないかもしれない。
『スレイに身体を返す』だの、『ヒロインを護る力をつける』だのとどこぞの主人公よろしく綺麗ごとで自分の感情を上塗りすることで不安を消し続けていたが、もう、ちょっとダメみたいだ。
こちらの世界に来て二日目からは食が細くなった。夜に食べようとすると身体が拒否反応を起こす。近しい人間には気づかれないように、内心をせいぜい見透かされないように眠るという行動を免罪符に主人公としての活動時間を減らした。
他の異世界トリップ系主人公の荒野やら草原から最初の拠点を目指すメンタル強すぎだろ。悪寒がする。この世界で唯一自分だけが異物だということをこの部屋を取り巻く孤独感がより一層認識させる。
『帰りたい』という単語は何度心の中で冗談交じりに反芻したか数えていない。大体なんで俺がいろいろ痛い思いをして主人公やってるんだ?これからもこうして痛みを伴う事件事故は間違いなく発生する。まだ魔物とやらと戦ってもいないのにもう大怪我を何回かしてる。
そもそも刃物や鈍器を振り回している時点でいろいろおかしいじゃないか。俺は典型的にわかオタクだぞ?主人公の身体能力を借り受けているとはいえ、喧嘩もまともにしたことがない闘争においてずぶの素人だぞ?足を剣で斬ってからは恐ろしくて剣を見ただけで手が震える。
大体今日だって妙なやつから逆恨みされて殺されかけるし、称号とかいうどうでもいいもののために襲い掛かってくる狂ったブラコンに滅多打ちにされるし。どう考えても俺の処理能力に見合わない事態が起きている。そりゃ一般人に主人公の代役は荷が重いよ。
いっそ逃げてしまおうか?今ならだれも見ていないし、なんとなく学園からはさくっと逃げられそうな予感がする。週末に学園都市を巡る際にも身を隠せそうな場所や、日中に過ごせそうな場所もいくつか目星をつけておいた。
それがいい。闇に紛れるように行動し続ければいずれは今日まで知り合った誰の目にも触れない場所に行けるだろう。そこで商人見習いでも初めてればいい。なに、俺はこの世界の平均より高い水準の数学知識がある。必死でやれば身を立てることも不可能ではないさ。
それに今の俺には今日体得した魔術がある。これがあれば逃走率もぐっと上がるだろうし、いろいろと応用も効くだろう。精霊も持っている。イアレットは愛想をつかしそうだがリッキーはついてきてくれるだろう。
城壁の外は魔獣だらけらしいから、基本的に国内で活動することになるだろうが店の裏方に徹すれば知り合いに遭遇することもそうないだろう。そういえば学園長が汽車で他国へ渡っているって言ってたな。それに乗り込むことができればもっと遠くへ逃げられる。
一度考え出すと、たら、れば、という妄想がとても良い案のように思えてくる。それが俺に取り付いて自然と身体を起こし、足を動かす。その先に希望があるような気がして、渇いた笑みを顔に張り付かせて。
☆☆☆
それからもぶつぶつと妄想を頭の中に描きながら、夢遊病患者のようにすっかり慣れた通学路を歩く。この先に学園の敷地と外とを区切る高い塀があるのだが、一か所だけ工事の工程でミスでもしたのか人が一人ギリギリ通れそうな隙間が空いているのだ。
それは植えられた木々に絶妙に隠されていて目を凝らしてよく見ない限りは気づかない場所にあった。これもこの世界を作った原作者の複線か何かだろうか?今の俺には逃走経路になるということ以外はどうでもいいことなのだが。
ああ、これで解放されるのだろうか。今がこちらに来て体感、日本時間で大体5日と十数時間くらいか。ただのオタクにしては良く頑張った方なんじゃないか。
「あの、君。こんな時間にどうしてこんなところにいるんですか?」
そんな風にひとりごちる俺の後ろから声がかけられた。
次話は10月25日の0時を予定しております。