スレイ暗殺計画
57話です
「それで?魔術って何の練習してたのよ?言っとくけどあたし、魔力纏衣の方は人並みよ」
「あ、そっちはもう体得したから大丈夫」
「ああ、そうなの。……待って、今体得したとか言わなかった?」
指導者モードに入ったかと思ったら俺のセリフにふかしたエンジンが空回りしたかのようにフィーネが問いただす。
「言った。こう、身体にこびりついた感覚みたいなのが噛み合ってな?ほら、もともとやってたことを久々にやって、しばらく続けていくと身体が思い出すあれみたいな感じで体得した。そんで飛んできた剣、弾き返した。魔力纏衣めっちゃすごい」
「そうそう、すごいんだよスレイって!ちょっと流れを教えただけで、僕は何もしてないのに体得しちゃうんだもの」
「ニアが見てたからな。いいとこ見せなきゃ男が廃るでしょ?」
「もう、いつもそうやって調子いいこと言うんだから」
もののついでにニアをからかいながらそう説明すると、フィーネがこめかみを押さえだす。
「……その、ちょっと、以前までのスレイっぽさが戻ってきたわね。そう言えばあんたはそういう規格外なやつだったわ。今はなんか妙に親しみやすい性格をしてるけど。やれやれ喜んでいいやら悪いやら」
時を止めるスタンド使いみたいな態度で俺に向けて呆れたような態度をとるフィーネ。
いや、まぁこの成長の早さはこの世界に来て初めて体験した成長チートみたいなもんだけどただ身体が思い出しただけだからね?やっぱりスレイのボディが優秀なだけだから。ほんとテンプレ主人公って強いわ。
「まぁいいわ。魔力循環、教えてあげるわ。はぁ、……その分だとまたあたしに追いつかれるのも時間の問題かもね」
そりゃさっさと追いつき追い越さなきゃな。テンプレ主人公としてヒロインは守らにゃならんし。じゃないとスレイに申し訳が立たねぇよ。
「魔力纏衣ができるならもうとっくに自分の魔力の認識はできてるでしょ?ならあとは魔力纏衣より簡単よ。その体内を流れる魔力を思いっきり循環させてやるの。そしてどんな風に身体を強化したいかをイメージすれば魔力循環は完成よ」
魔力纏衣の時点でなんとなく想像してたが体内の魔力ってのは自分のイメージしたとおりに動いてくれるらしい。ならフィーネの言うとおり、体得は案外早いかもしれない。
俺はさっきやったようにまずは全身の魔力を感じる。やはり精霊石がある部位は若干魔力が揺らいでいるが他は問題なく流れている。この流れを思いっきり循環させるのか?言われたとおりに体内の魔力を大きく循環させるようにイメージしてみる。
カチリと。またしても何かが噛み合うような感覚を得てその感覚に任せるがまま魔力を操作する。
「うおおお?」
途端に体中に力がみなぎるのを感じる。俺は体験したことがないのだが、スポーツ選手がドーピングした時って多分こんな感じなんだろうか。
「え、嘘。一発成功!?スレイ……自信なくすようなことやめてよね?いくら身体に思い出させるだけって言ったってそりゃないでしょう」
「フィーネさん、現実を直視しようよ。あの魔力の発露は大きく魔力が循環している証拠だよ」
あきれ顔のフィーネを諭すように言うニア。そんな人を化け物みたいに言わなくても。ほら、俺は武器の方はからっきしだし。だからと言って剣の練習はもう二度としないが。しかし主人公の特技がおもいだす、ってのはいろいろアレなんじゃないだろうか。
「まぁ、そうね。あとは私から言えることはその感覚を忘れずに精進することだけね」
「わかった。ありがとう。助かったよ」
二人に改めて頭を下げたところで俺の後ろに人影があることに気づく。
「やれやれ。まさか一日で魔術を体得しなおすとはな吾輩も驚かされたものだ。大したものだぞベルフォード」
「ジャック!?あれ、さっき用事があるとかで帰ったところじゃなかったっけ?」
「今は貴様に用事があるだけだベルフォード。……と、言うより貴様の方が吾輩に用事があるのではないか?例えば我が学友にして自称病弱で不登校なポナーの話とか、な」
うわー、有能すぎる情報やキャラ怖いわー。こいつは絶対的に回したくない。金を払ってでも好感度上げとかないと後々絶対めんどくさくなるキャラだわ。
「スレイ、この胡散臭い奴、誰なの?」
敵対したくないって時に限ってそんなセリフ吐くんだもんなぁフィーネさんは!
「これはこれはご挨拶だなフィーネ・ルナマルソー。吾輩は学園で情報屋のようなものをやっているジャック・ジェラードだ」
「は?情報屋?スレイ、こいつ頭大丈夫なの?」
フィーネさーん?気持ちはわかるけどその辺にしといた方が絶対いいよ!手遅れになっても知らんぞ!?
「吾輩のおつむの心配をしてくれるとは、ご親切痛み入るぞ。ところで本日の定例会議の首尾は上々であったか?」
「んなっ……!?」
『定例会議』という言葉に絶句した様子のフィーネはまじまじとジャックを見やる。ジャックはドヤ顔である。あれかな。親衛隊の活動か何かかな。
「あ、あんた、どうしてそんなこと知ってるのよ!?」
「ふふふ。吾輩、情報屋を自ら吹聴する程度には事情通で通っているのだ。ルナマルソー、貴様のスリーサイズから体重、身長、今日の下着に至るまで吾輩に知りえぬことなどないと思うがいいぞ」
「いやあああ!こいつヤバいよ!スレイ、助けて!」
「あ、そいつラスボス候補かもしれないので俺は基本的に敵対しない方針でいるから」
「よくわからない理由で断られた!?」
自らのピンチに駆けつけてくれない主人公を見て驚愕に固まるフィーネ。まぁ普通、ヒロインのピンチにテンプレ主人公が駆けつけないわけないもんなぁ。仕方ないのでフォローだけ入れとこう。ジャックも多分じゃれてるだけだ。……多分ね?
「その辺にしといてやってくれジャック」
「そうだよジャック。乙女の秘密がピンチなんだよ?」
ニアからもよくわからない援護射撃が飛んでくる。可愛いからグッジョブ!
「それより、トムのこと教えてくれるんだろ?」
「うむ。また稼げそうなネタを提供してもらったからな。貴様が今一番気になっている憎いアンちゃんについてこの吾輩が教えてやろうではないか」
それは願ったりかなったりなんだが、この余裕たっぷりのニヒルな笑顔がウザい。こう、なんとかしてミッシェルをこいつにけしかけることはできないだろうか?初対面時のこいつの醜態が懐かしい。
「トム・ポナー。ポナー伯爵家の三男坊である。長兄次兄ともに優秀であったがために周囲からそれなりに期待を受けて育った。そんな折、同年代で麒麟児と噂の貴様の噂が聞こえてきた。大層評判の良い貴様を下すことができれば自分の評価につながると考えたあやつは幼少期に狩猟会を開いて貴様を狩り勝負の場に引っ張り出す。結果はポナーが5匹、貴様が2匹というものだったが、貴様が仕留めた1匹は伯爵領の狩場まで逸れてきた中型の魔物の中でもそこそこの大物、大イノシシの魔獣だったため、絶賛された。ちなみに貴様が仕留めたも一匹の獲物は大イノシシの魔獣の攻撃に巻き込まれた哀れな野鳥であった。後に貴様が生み出した炭一号となる。この狩猟会で一番不幸な犠牲者であるな」
「うるせーよ!過去の俺のメシマズ話はもういいよ!」
こんな時までスレイのメシマズをネタにされるのか!?結構大事な話してるんだから勘弁してよね!あとさらっと聞き流したけど幼少期にその中型の魔獣狩れるスレイは一体何なの?間違いなく今の俺より強いんだけど?……俺が本当にスレイに追いつけるのか不安。
「ふむ。では続けるとしよう。さて、目論見が外れて面白くないのはポナー三男であるな。この件がきっかけで貴様に度々お粗末なちょっかいをかけ始めるのだがその辺はルナマルソーにでも聞くがいい。そんなこんながあって度重なる嫌がらせについにポナー三男に手ひどいしっぺ返しを食らわせてやり再起不能にまで追い込んだのが記憶を失うまでの貴様である。学園に入学してクラス割を見た瞬間にポナー三男は目の前が暗くなったらしいぞ?」
「そいつはまぁ、自業自得ながらもお気の毒にな」
心境としてはいじめられっ子かいじめっ子と同じクラスになった感じだろうか?微妙に違う気もするが。
「しかしそんな折、奴の耳に僥倖ともいえる噂が流れ聞こえてくる。スレイ・ベルフォードが記憶喪失であると。これ幸いとばかりに奴は吾輩に大枚をはたいて貴様の行動を誘導させる指示を送ってきたぞ。弱体化した貴様なら殺せると思ったのであろうな。本日の貴様の部屋への来訪はそれが目的であった。奴の中では本日は貴様の暗殺計画の大詰めだったらしいのだが、まぁ当然のように失敗して今は部屋に引きこもっているというわけであるな。最悪腹に剣が刺さる可能性は考慮していたが、よもや魔力纏衣をあの短時間で体得するとは吾輩も予想つかなかったぞ。ちなみに奴のルームメイトはこの吾輩である。毎日ぶつぶつとやかましいので早く追い出したいのは内緒であるな」
最後に本音を漏らして心底鬱陶しそうな顔をするジャック。なんかここまで言われるとトムが哀れに思えるが、こんなギャグキャラでも殺人未遂なんだよな?意外に紙一重だった気がするけど顛末を聞くと口が開いたまま閉じなくなりそうだ。
「あ、暗殺計画ってまさかあの、手から剣がぽーんってすっぽ抜けるやつか!?」
「うむ。あやつはいたって真面目に手からぽーんと剣がすっぽ抜ける暗殺を計画に練りこんでいたぞ。昨日、この滑稽な計画を聞かされた時は笑うべきか、一周まわって褒めるべきか困惑したものだぞ」
「結局どっちにしたんだ?」
「もう一周して笑えたので褒めてやったわ。よくぞ考え付いたものだとな」
要は、スレイを部屋からおびき出す→中庭に来ることを期待して直剣で素振りする→中庭に来たところを確認し、狙いを定めて直剣をすっぽ抜けさせる→スレイ死ぬ。→完全犯罪ってわけか。完璧だな。実現不可能という点に目をつむればな。
まぁ実際腹に一発食らったのはご愛嬌というやつだ。どうせハイセがいるから大丈夫だし。(感覚麻痺)
「そもそもベルフォード一人蹴落とすこととあやつの評価が上がるか同課に関しては関連性があるか甚だ疑問ではあるがな。さて、ベルフォードよ。悲しいことに、まことに遺憾ながら、吾輩はその計画に手を貸してしまっている。なのでこの類まれなる不名誉、先の熱の精霊の剣の貸とでチャラとさせてもらいたいが、良いか?」
「いいよ。そのかわりあいつが余計なことをしないか見張っててくれ」
一応暗殺計画とやらの協力者だから強請れるタイミングなんだけどな。要求を大きくして恨みを買うよりはぱっぱと許して好感度を得る方を俺は選んだ。まぁ最低限監視をしてもらう旨は含めるが。
「……追い出せと言われるかと思っていたが?」
「お前にあんだけウザそうな顔させるんだ。放っといてもお前が勝手に始末着けてくれるだろ」
「意外に聡明だなベルフォード。吾輩、そういう手合いは嫌いではない」
ニヒルに笑ってジャックは手を差し出してくる。俺も微笑みを返して寮の部屋の前で別れた時みたいにまた握手をする。……紙の感触がするなぁ?こいつは握手の度に情報を与えなきゃ死んでしまうんだろうか?
「ではベルフォード、また明日学園で」
そう言って気のせいか機嫌よさげにジャックは去っていった。
またしても寮でそうしたように紙片を見る。そこには会長やジャガイモ、ネーシャやフィーネ、果てはヴァネッサやセレナ先生など、俺に少しでもかかわりのある女性キャラの今日の下着の色が列挙されていた。
いやヴァネッサはダメでしょ!?あとなんでマイシャの下着の色まで!?この辺はでたらめだよね!そうだと言って!
「なぁ、フィーネ。お前今日って青と白のストライプなの?」
「は、はぁ!?あああああんたいきなり何言ってんの!?そんなパンツはいてないけど!?」
「パンツとは言ってないんだが?」
「あああもう知らないっ!」
俺の唐突な質問に盛大な爆死を遂げたフィーネは顔を真っ赤にしながら、そのまま女子寮へ去っていった。少なくとも近しい人間の情報は本物みたいだ。
「なんの話だったの?」
事情をいまいち把握できてないニアがそんなことを言う。これでニアが本当に男なら馬鹿話になるんだがな。そうもいかない。
「うーん、乙女の秘密がピンチって感じだったな」
「それはダメだね!スレイ、えっちなのはダメだよ?」
「あーそうね」
ニアの指摘に生返事で返して手の中にある紙片を再度見る。うん、やっぱり情報屋との好感度が一番重要だな!あいつ怖すぎ!
今日中にあと一話投稿したいですね。次の投稿は20時を目標に書きたいと思います。