やはりテンプレ情報屋キャラは危険人物だった!?
54話です
あの決闘の時の、コロッセオでの控室で初めて熱の精霊と対峙した時、確かあの時俺は彼女に押しに弱そうという印象を抱いたはずだ。
「淑女のお着替えを覗いた、というのはどういうことなのです……?」
怒りという感情はある一点を通り過ぎると表情からは読み取れなくなるらしい。それを体現するように熱の精霊は感情の抜け落ちた顔で、それにしては覇気がこもりすぎ感のある声で俺を責めるように問うてくる。気のせいか赤いオーラまで見える。
あの時抱いたイメージを撤回しよう。全然押しに弱くなさそう。むしろ強そう。あとこいつ怖いわ。
超野菜人の親戚と言われても納得できる威圧感を部屋いっぱいに振りまきながら熱の精霊は俺に歩み寄ってくる。冷や汗なのか、脂汗なのか定かではないが俺の体からだらだらと妙に汗が噴き出てくる。
隣を見るとニアも俺と同じようにびっしょりと汗をかいている。
「つーかほんとに暑いんだけど!?」
威圧感とかそういうのじゃなくて物理的な熱気にあてられているらしく、俺とニアの体は正常な動作として汗を次々と生み出す。……もしかしなくてもこれって熱の精霊の能力ですよね!?
「ちょ、ちょっと待った!熱の精霊、さん!暑い!その熱気をやめてくれないとうまく説明できない!ちゃんとやんごとない理由があるから!決して能動的に覗いたわけではないから!」
半分嘘です。バッチリ生着替えを見物させてもらいました。
そんな内心はバレずに済んだらしく、俺の必死の弁明に熱の精霊さんから発せられる熱気が終息を見せる。
「……ちょっと頭に血が上ったです。よく考えれば記憶喪失になったとはいえスレイ様ですし。このくらいのことは日常茶飯事だった気もするです」
あぶねー……。過去の主人公の度重なるラッキースケベという実績に救われる形になったな。これは導かれてますわ。でもそれで納得されるってのは人としてはどうなの……?
ともあれ、またあの熱気を浴びせられてはたまったものではないので、ニアと一緒に都合の悪い部分だけ端折って、なぜ男子寮で生活することになったのかという基本的な説明と、初対面時は不幸な事故であることを懇切丁寧に説明した。
「なるほど。そういうわけだったですか。そう聞くとニアさんはとても不自由な思いをされているですね?それなのにさっきは失礼しましたです」
「あ、ううん。いいんだ。誤解がとけて良かったよ」
熱の精霊のさっきまでの覇気が嘘のように霧散し、ニアに友好的なまなざしを向けている。ニアの境遇って割ときついからな。ルームメイトが俺以上の鬼畜ならバレた瞬間に手籠めにされてもおかしくないし。
うおお、考えてて鳥肌立っちゃったわ……。ろくな想像するもんじゃないぜ。しかし結構細い綱わたってんなニア。
それにしてもこれでニアの生着替えを見物した件については熱の精霊がいる以上、墓場まで持っていかざるを得なくなった。あれ、これひょっとしてニアに弱みを握られた形になったのでは?
……いや、ニアはそんなことするタイプのヒロインじゃない、ハズだ。大丈夫、だいじょーぶ。
「もう他に隠していることはないですか?この際だから全部吐くといいですよ」
ニアに向けるまなざしとは打って変わって未だに怒りをはらんだ視線を俺に向けてくる熱の精霊。その視線は「さぁ喋れ、早よ喋れ」と催促されているようで浴びせられる方にとっては非常に落ち着かない。
「ええ?そう言われてもな。俺は記憶喪失になってまだ数日だし、これ以上の秘密はないぜ?あ…」
「何かあったですね?さ、きりきり吐くですよ。今ならやけどで済むです」
「やけどもやめてほしいんですけど!?いや、そうじゃなくてな?俺が5歳の時から契約してるってんなら熱の精霊もネーシャとフィーネとは当然面識あるよな?」
「もちろんです。他にもハイセ様やパリパッキーとは一緒にお茶する仲ですよ」
パリパッキーって誰だろう?ハイセと一緒に出てくる名前ってことは察するに消去法でフィーネの契約精霊だと思うけど。ゼルヴィアス学園は契約精霊がいないと入学できないらしいしな。ってなるとドジャーやジャックの精霊も気になる。おっと、思考が逸れたな。
「実はニアが本当は女だってことはネーシャにもフィーネにも、その契約精霊たちにも内緒なんだ。ここにいるみんなだけの秘密ってことになってる。だから熱の精霊もそれで納得してもらえないかな」
「ああ、そういうことですか。私としてはやぶさかではないですよ。乙女の秘密は守られるべきなのです」
熱の精霊は胸を張りながら俺の提案に快諾の意を示してくれる。これで一応一件落着かな。他に隠し事は俺にはないし。そもそもこっち来て数日でそんな大それた秘密なんて抱えるわけないんだよなぁ。
……俺という意思が異世界から来た異物だということ以外はな。
「それにしてもスレイ様、いい加減に私のこと名前で呼んでほしいですよ。熱の精霊だなんて他人行儀な呼び方じゃなくて」
「……えっ、何だって?」
「だから、私のことを名前で呼んでほしいのですよ!」
くそっ!伝家の宝刀、『主人公の難聴スキル』を抜いたってのに全く効果がない!当たり前か!あれはヒロインの告白を都合よくさえぎるための技だからな。
というかこれ、ピンチなのでは?いやまごうことなきピンチだ!感情の起伏で周囲を焦がすこの熱の精霊に、敬愛していたであろう『スレイ』の口から「ははは、えーっと君は何て名前だったかな?」なんて聞けるか!間違いなくこの部屋はオーブントースターになるよ!?
熱の精霊は期待するようなまなざしで俺を見ている。くそ、無邪気な顔でなんて質問してきやがる……!?この表情が数秒後に般若のようになるのかと思うと背筋が凍る思いだ。でもさすがに今回は回答を用意できないぞ!?本当にどうすればいいんだ!?
永遠にも思える数秒後、不意に部屋の扉がノックされる。
「ベルフォードはいるか?吾輩だ。所用があるのだが入っても良いか?」
ジャック!?この奇跡のようなタイミングで訪問だと!どんな用事かはしらんが間違いなく今、お前は俺の救世主だよ!
「いるぞ!入ってくれ!あ、ニア、鍵開けてあげて!」
一も二もなく入室を許可する。これでこの件が有耶無耶になってくれればネーシャなりフィーネに聞いて事なきを得られる!そうでなくても今は少しでも施行する時間が増えてくれるだけでも御の字だ!
「邪魔をするぞ。おっと精霊と対話中だったか。間が悪かったな」
「いや、大丈夫さ。それで?何の用だ。さぁ聞かせてくれ」
「妙に急かすな同志ベルフォード。なに、すぐに済む話だ」
すぐと言わず、しばらく駄弁ってくれると嬉しいです!熱の精霊は来客中だからか若干そわそわしているものの大人しい。ジャックがいる限りは名前を呼んで、とは言い出せないだろう。
「吾輩が察するに貴様、魔術に関する記憶も失っているな?でなければ今日の魔術学の授業中、あのような何言ってるのかチンプンカンプンですという表情はできぬだろう。そこで吾輩、貴様のために魔術学の基礎をまとめた帳面をこしらえた。ありがたく受け取るがいい」
そう言うとジャックはぱっと見なんの変哲もないノートを俺に渡してくれる。今日の授業中、そんな顔を俺はしてたんだろうか?なんにせよこれはありがたい。近々魔術の訓練も始めようと思ってたからな。足がかりにするとしよう。
「すまんな。ジャック」
「ふ、同志には稼がせてもらってるからな。用が済んだから吾輩は帰るぞ」
稼がせてもらっている?ああ、そういえばこいつ情報屋ポジで対価を払えばいろんな情報を集めるキャラだったな。ということは俺のことを探っている誰かがいるってことか?それはちょっとぞっとしない話だな……。
じゃなくて、早いよ!帰るのが早い!せめてもう5分は粘ってほしい、けどこの部屋に菓子とかあったっけ?えーっと、引き留める材料は他には……。
「ああそうだ、ベルフォードよ。契約精霊との不和が発生した時は迅速に解決することをお勧めするぞ。なにせ戦場では背中を預ける存在であるからな。貴様が戦闘時によく使う熱の精霊、イアレットとの諍いの声が扉の外まで響いていたぞ。おかげでノックのタイミングに難儀した」
……解決したっ!?なんか自然な流れで熱の精霊の名前が知れたよ!?イアレットか!覚えたぞ!ジャックってばマジ救世主!危険人物とか思っててごめん!
そんな俺の救世主はニヒルに笑い、突然俺の手をとり、握手してきた。ん?手に紙のような感触がする?
「それでは同志ベルフォードよ。吾輩はまだ用事があるので失礼する」
握手を解くとそう言ってジャックは振り返らずに去っていった。俺の手には紙片らしきものが残っている。
「さっきの方は誰ですか?」
「ああ、クラスメイトだよイアレット」
「別れ際に握手するようないいお友達を持ったですか!というかやっとちゃんと名前で呼んでくれたですね!怒られて拗ねてたのはわかるですが、ああいう意趣返しは勘弁してほしいのですよ」
ぶーたれる割には機嫌が良さそうなイアレットは満足したのかアニに捕らえられていたリッキーをまたモフりに行った。リッキーの悲鳴がまた聞こえるが今はもっと気になることがある。
俺はジャックと握手した時に手渡された紙きれを見る。
『熱の精霊の名前の件は別途料金となっている。これは貸しにしておくのでそのうち支払ってもらう故、忘れぬように』
……早速だが前言を撤回させてもらうとしよう。ジャック・ジェラード、お前はやっぱり危険人物だ!!
明日10月22日は所用でもしかすると投稿できないかもしれません。申し訳ありません(; ・`д・´)