幻想の精霊
52話です。
「ところでニア、君の契約精霊はどんなのなんだ?そういえば一度も話題にならなかったけど。良ければ紹介してくれよ」
熱の精霊のご機嫌とりに(リッキーが)成功してひと段落したのでこの際だからニアの精霊も見せてもらおうと提案したのだが。
「えーと、僕の契約精霊?うーん…ややこしいから他の人の前ではあんまり出さないんだけどね」
微妙に困った表情で難色を示して来た。そういえばこんな風にニアが渋い顔をするのは初めて見たかもしれない。ややこしいってどういう意味だろう。わからん。
「あ、でも今後実習のある時は出さないわけにはいかないかぁ。その時の練習だと思えばまぁ、うん。わかった。紹介するよ」
俺がややこしいの意味を考えている間に自己完結したらしいニアは学生服のポケットから紫色の精霊石があしらわれた指輪を取り出した。あの中に彼女の契約精霊が入っているのだろう。
「『きたれ。我が同胞。呼び出しに応えよ』」
どうやら誰が召喚するときもお決まりの文言らしくニアも俺の知識どおりに召喚の詠唱を唱える。指輪にあしらわれた精霊石から半透明なラインが伸び、先端が瞬きする間に形を作る。
すると、ニアが二人になっていた。いや、自分でも何言ってるかわからんが事実として俺の目の前に全く同じ風貌のニアが二人が並んでいるのだ。なにこれ?分身の術?
「んん?」
「「ほら、だから言ったんだ。ややこしくなるって」」
俺の疑問符を多分に含んだ唸りを右のニアと左のニアが同じ言葉で応える。待て。なんだこの状況!?あ、でもニアのハスキーな声をステレオで聞けるのは贅沢かもしれんね?
「「えっと、この子はアニ。僕の契約精霊で幻想を司る精霊だよ。見てのとおり悪戯好きでね、いつもその幻想の力で僕の真似ばかりするんだ」」
「あー、そういう精霊もいるのね?たしかにややこしいわこれは」
困ったように側頭部をぽりぽり掻く二人のニア。そのしぐさは寸分たがわぬもので、もはや真似っこのレベルを通り過ぎている。召喚時の位置的に右のニアが本物のハズだけどだんだんわからなくなるレベルで精度が高い。これが幻想の精霊か!
「知らない内にスレイ様のお友達が二人になってるです!?双子だったですか!?」
「ふふん。君は未熟者だね?右と左で匂いが違うじゃないか。左の方は僕たち精霊と同じ匂いがするよ。あの精霊が術者に化けてると見たね」
熱の精霊にだらしなく抱っこされた我らが白スカンクがどや顔でそんなことを言う。無駄に癒されるわー。小動物の表情ってもう無条件でマイナスイオンめいたものがあるよな。というかそういうのわかるんですね。ちゃんと右が本物のニアで安心したわ。
「リッキー君よ、臭いを消す精霊なのににおいを感じれるもんなの?」
「体構造は僕も動物と変わらないからね。当然普通に嗅覚もあるよ。僕の消臭の力は周囲のにおいを全部さっぱり吸収して無臭状態にする仕組みなのだ。ちなみに僕はそれがどんなにおいなのかを把握できる上に、そのにおいから被るバッドステータスを一切受けないよ!これでも古い精霊だからね、その辺の精霊よりは個性的なのさ!すごいでしょ」
俺の問いにリッキーはスラスラと答える。消臭というより、におい取りの精霊だったか。しかしそれって思ったよりすごい能力なのでは?どんなにおいか把握できるということは言い換えればにおいを分析できるってことだろ?しかもバッドステータスを受けない…。
毒ガスとか吐いてくる敵がいるならめっちゃ有利に立ち回れる予感がするな。これ、今までの先人達が用途が見いだせなかっただけでこの白スカンクはかなり当たり精霊なのでは…?
「すごいです。さすが獣型なのです。人型の私では嗅覚に関してはとてもかなわないのです」
「よし、じゃあ僕の勝ちだな!さっさと離してもらおうか!」
「それとこれとは話が別なのです」
「ぬがあああああ、はなせええええ!」
さっきも見たような光景を再現し始めるリッキーと熱の精霊。仲がいいって素晴らしいなぁ。
「ありゃりャ。ばれちゃったカー」
そんな彼らをしり目に左のニアが初めて右のニアの動作から外れた行動をとってケタケタ笑っている。
「ほら、アニ。もうバレちゃったんだからその姿やめてよね。ややこしいから」
「ンー、わかったヨ。でもこれは幻想の精霊にとって恒例の挨拶みたいなものだからサ。君も寛大な心で許してネ?」
そう言うと左のニア改め、幻想の精霊アニはその全貌を輝かせる。なんの光!?
まぁ、テンプレどおりならこの光が収まる頃にはアニの真の姿が拝めるというわけだろう。そう考えているうちにアニの発光がおさまっていく。
そこには女性の服装、というかゴスロリでフリフリのドレスで着飾ったニアがいた。えーっと、ここは可愛いねって褒めてあげるのが正解なんですっけ?(錯乱)
「えっと、改めて紹介するね?彼が僕の契約精霊、幻想の精霊のアニだよ。今まで見てくれたように他人が認識した風景を見せたいものに変換させる能力があるよ。あと知ってのとおり、僕が手を焼くくらいには悪戯好きさ」
「初めましテ。紹介されたように僕がアニだヨ。驚いたかナ?僕は契約するたびにその契約者の姿を真似るのをポリシーにしててネ。ニアの顔をしてるけどちゃんと僕がアニなのサ。いろいろややこしいから便宜上僕は女性用の衣類を着用して差別化を図ってるってわケ」
余計にややこしい気がするんですが?いや、でも相違点がないよりはわかりやすいか。…というか認識をいじれるならアニ自身がニアの顔から別の顔に入れ替えればいいだけなのでは。
しかし、男装女子の連れている契約精霊が女装男子ってことになるのか。倒錯感が大変なことになってるんだが。なんにせよややこしい。
「それはそうと君、リッキー君だっケ?僕の幻想を看破するなんてすごいなァ!僕はにおいまで欺いていたっていうのに大したものだヨ。…君、ふわっふわしてて撫で心地いいなァ」
「褒められるのは嬉しいけどナチュラルに僕を撫でるのやめろぉ!小動物型はストレスになりやすいんだから過度な接触はやめるんだ!」
え、マジで?よくハムスターとか小動物が撫でられ続けるとストレスで死ぬとかいうあれ、精霊も適用内なの?後で触らせてもらおうと思ったのになー。
「それとっくの昔に否定されてるヨ?」
しかし俺の想像はアニによってすぐに否定された。
「なんだって?」
「やっぱり普通の小動物と小動物型の精霊とでは根本から違うからってお話でしたです。精霊は基本死なないですし、ストレスで死ぬ小動物とは区別されたですよ」
アニの発言に驚愕をあらわにする白スカンクは熱の精霊の補足説明で完全に退路を断たれる形となった。良かった。これで俺も心置きなく撫でさせてもらえるってもんだぜ。あ、リッキー君には拒否権ありませんので。(鬼畜)
「だから安心して私たちに撫でられてくださいです」
「そうサ。減るもんじゃないし、身をゆだねるがいいサ。しかし、この話を知らないなんて結構契約日照りで外の情報を得る機会がなかったんじゃないかナ?例えば倉庫か何かに放っておかれて半強制的に引きこもらされてたりとカ」
「僕の身も心も嬲るのはやめろおおおおおお!」
「図星だったカ。失敬失敬」
若干泣きの入ったリッキーの叫びにバツが悪そうな表情でおどけるアニ。なんか、ニアと同じ顔してるせいで性格がちょっと悪いニアを見ているような錯覚に陥るなコレ。…小悪魔系ニアか、いや、全然アリですね!
「ね、ややこしかったでしょ?」
「現在進行形でややこしいけど、なかなか凄そうな精霊だな」
一言で言えば周囲の視覚的認識を捻じ曲げて任意の情景を見せる能力だろ?普通に主人公が持っていいレベルの能力だぞそれ。この先の魔獣との戦いでも滅茶苦茶重宝しそうな精霊だ。…悪戯好きな性格はともかくとしてね。
それにしても認識を捻じ曲げる、か。これ、男装時にどう見ても男に見える現象に何か関係があるんですかね?というかニアの可愛さはとどまるところを知らないのに外見が男にしか見えなくなるってことは絶対幻想の精霊の影響あるって結論にたどりつくわ。
「ひょっとしてニアの男装にも一役買ってくれてるんじゃない?」
「鋭いね、スレイ。まぁ、ほら。どうしても男女って違いがあるじゃない?その辺の部分部分を幻想の精霊石の恩恵でごまかしてるところはあるかな」
「……男女の違い?というと、女らしさってこと?ニアの女らしさ…」
自然と俺の目線がニアの顔より下に下がる。うーむ、今日もスットン共和国は平和そのものに見えるが……女らしさ?
「どこ見てるのさ!」
「いや、ちょっとニアの女らしさを探しに」
「それはさすがに失礼だよスレイ!それに胸のあたりは精霊石の恩恵で特に認識を曲げてるからね!いつか本来の僕を見て飛び上がるがいいさ!」
「ほほう。つまり俺の今見ているなだらかな大平野は幻想でその先には本来、見晴らしのいい丘がある、と?」
「えっち!変な言い方はやめてよ!」
外見完璧に男のニアが胸をかばうように抱いてそっぽを向く。どう見ても真っ平なあの胸のあたりが実はニアの腕によって押しつぶされる双丘があると思うと、捗りますねぇ!
「え、その方は女性だったですか!?」
きゃいきゃいとじゃれるニアと俺の会話に割って入ってきたのは驚愕のこもった声を上げる熱の精霊であった。今はどう見ても男性だしその疑問はごもっともであるが。
「あれ、言ってなかったっけ」
俺の身辺説明の時に触れたと思ったけどなぁ。あ、でも単なるルームメイトとしか説明してなかったかも?
「言ってないのです!ということは、え?毎日同い年の男女がこの部屋で寝食を共にしてるです!?」
「食事は食堂で食べてるよ」
「そこは問題じゃないです!一緒に同じ部屋で寝てるのが問題なのです!何かあってからは遅いのですよ!?」
いや、俺の鋼の自制心を嘗めてもらっちゃ困りますよ?普通、一般男子的にここまで好感度を勝ち得ている美少女相手ならとうの昔に行けるところまで行ってやれるとこまでやってますからね?
これは偏に俺が『スレイ』から身体を借りているという事実に対して明確な線引きを用意しているという事実だ。彼の意識がないうちに女性関係で一線を越えてしまっては、いざ身体を返したときに多大な迷惑をかけることになるしな。
とりあえず俺のNG行動は『明確な意思を持っての異性への告白』、『衝動的な性的行為(キス含む)』、そして『ヒロインを殺さない、殺させない』だ。せめてこれが守れないようでは主人公の身体を借り受ける資格はないだろう。
ネーシャとのハグ?あれは姉弟のスキンシップだから。家族間の親愛行動だから全然セーフです。異論は認めない。
というわけで熱の精霊が懸念しているであろうニアとそういうことになる、ということはないってことだ!それを熱の精霊にもわかってもらうためにも俺が潔白で、この点に関しては表裏のないことをアピールしなければ!まずは熱の精霊の言う『なにか』に抵触していそうなあの件について謝罪しておこう。
「初対面の時、着替え覗いちゃってごめんね?ニア」
「なんで今のタイミングでそれ、謝罪しちゃうのスレイ!?空気読んで!」
「いや、いい機会かなぁと思って」
「間違いなく最悪のタイミングだと思うけど!?」
やり損ねていた謝罪ができて俺はちょっと胸のつっかえが取れる気分だった。いや、しかしあんなファーストコンタクトでよく俺の友達になってくれたもんだぜ。俺が女なら普通にぶっ飛ばしてるけど。その辺はやはり主人公属性という恩恵が働いているに違いない。
そんなことを考えている俺とは裏腹に熱の精霊は完全に表情の抜け落ちた顔で俺を見ていた。毎度のことだけど俺ってばテンション上がると場の空気に酔うタイプだからなぁ。面白さを優先しちゃうんだよなぁ。さすがに自重しないとなぁ。
じゃないとほら、こんな風に熱の精霊がやたら鋭い双眸で俺を見つめてくる感じになるからね。
やっぱりちょっと、おふざけが過ぎましたかね……?
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