学園都市探索⑥
51話です。
俺への報酬は現物で構わないという旨をグラスさんに伝えると彼は感極まったように天を仰いだ。
「スレイ様!…かしこまりました。上層部にはそのように申し上げておきます。つきましては手続きのための契約書を作成いたしますので少々お時間を頂きたく存じます」
「わかった。待ってるぜ」
そう言うとグラスは店の奥へと引っ込んでいった。
「えっと、何がどうなったの?弟君」
「俺の構想したメガネの案がウケてこのメガネ屋の上層部に企画書が提出されることになった。うまく商品化したら俺も利益の一部がもらえる、そういう話になった」
ネーシャの質問に答えると一同がポカンとした表情になる。
「それは、すごい…んだよね?僕たちがこの店に来てまだ十数分の出来事なんだけど。口を挟む間もなく、そういう話になったってこと?」
「そのとおりだニア。人は利益と情熱と愛で動く。俺たちはこのメガネ業界に、ファッションの世界に新たな風を入れる、その一歩を刻みだした歴史的特異点にいるのさ」
「ごめん。今日は輪をかけて君の言ってることがわからないよ」
「つまり、メガネは世界を変えるってことだ!」
「もっとわからなくなった…」
残念だ。ニアもメガネの魅力を語れるようになれば完成されたヒロインになるのだが…。まぁそれは追々だな。今はここにいる全員にメガネがファッションアイテムたりえることを認識させるが先決!
早い話がドキドキ!胸キュン☆美少女メガネ試着会だ!
「よし、それじゃあニア、とりあえず君からだ。ラウンド型かオーバル型が君には似合いそうだけど、奇をてらってバレル型も悪くない。どれにする?」
「いきなりそんな専門用語で問われても僕にはわからないよ!?」
ニアが本当にわからないという顔をして困っていたのでショーケースに収まっているメガネを指さして教える。
「あの丸いメガネがラウンド型。店長もつけてたやつな。隣の楕円形、卵型のメガネがオーバル型。メガネ使いの間では男女問わずに人気がある。そしてさらにその二つ右隣がバレル型だ。文字通り樽に似た形状をしている。かけると柔らかい印象を与えてくれるからねーちゃんに一番似合いそうだけどニアも結構アリだと思う。こういうのは本人のフィーリングがものを言う。この三種でビビっと来たのを伊達メガネとして発注をかけるとしよう」
「えっと、あんまりよくわからなかったけど今示された三つから選べばいいんだね?」
もはや文末を読み取って質問を推理するという国語のテストの攻略テクニックのようなことをし始めるニア。うん、ごめんな?これでも結構初心者にわかりやすい説明を心掛けたつもりだけど、きっと勢いに押されて頭が俺のセリフを理解するのを拒絶してるね?
いいさいいさ。前の世界でも同じことあったから慣れっこ慣れっこ。この程度でへこんでいるようではメガネ好きはやっていられないのよ!
「うーん、じゃあこの形にしようかな?」
ニアが選んだのはオーバル型だった。中性的な顔立ちのニアらしいチョイスとも言える。
「よし、次はねーちゃんだな。さっきも言ったようにねーちゃんはバレル型が似合いそう。他にはそうだな、オーバル型もいいけどボストン型もいいかもしれないな。オーバル型の隣のメガネな。どれにする?」
「うーん、弟君が選んでくれるならそれが一番いいと思うけど。そうだね、強いて言えば弟君が最初から推してくれているバレル型かな?」
「お目が高い!」
ネーシャはどうやらニアと違って俺の話についてきてくれているらしかった。しっかりメガネの形状名を覚えてくれている。さすがスレイのこと大好きなだけあるぜ!
「じゃあ最後はフィーネだな。フィーネはさっきグラスさんが見立てた通りフォックス型が最高に似合うはずだ。次点で、そうだな。スクエア型も悪くないかもしれん」
「…よくわかんないけど、その、フォックス型?っていうのがよさそうらしいしそれにしとくわ」
「よし、決まりだ!早速グラスさんに言って発注をかけておくとしますよ!」
全員のメガネのフレームが決まったところで契約書を完成させたのか、グラスさんが店の奥から顔を出した。
「何やら盛り上がっていますねスレイ様。契約書の準備ができましたので必要事項を明記して頂きたいのですが」
「お、了解です」
グラスさんから差し出されたペンと二枚の契約書を受け取り、不明瞭な点、不審な点がないかチェックする。内一枚の契約書は最後の名前記入欄にグラスさんの名前が記載されており、こっちが俺への契約書の控えとなる旨が書かれていた。
もう片方の契約書には俺が提案した新デザインのメガネの開発を企画会議に上げる旨、話が通って商品化する試作品ができ次第俺に見分してもらう旨、そして販売段階になった商品を俺が望むときに望んだ物を無料で発注してくれる旨が明記されていた。
不審な点は一切ない。当然だ。メガネ人口を増やすという一点で俺たちの目的は一致しているのだから騙す騙されるとかそういう次元ではないのだ。真なるメガネ使いとはそういうものなのだ。
契約書は実によくできており、最後に俺の名前を書けば契約成立という親切なつくりになっていた。俺は記入欄に『スレイ・ラクス・ベルフォード』と記載してその契約書一枚だけをグラスさんに返す。
「はい。確かに契約は成立いたしました。私、10年ほどこのサイシィというメガネ屋で勤務させていただいておりますがここまで清々しい気分で契約書を受け取ったのは初めてです」
「それはよかった。今後とも是非、仲良くしてくれると嬉しいぜ」
「こちらこそ、でございます」
グラスさんともう一度握手する。お互いにいい笑顔がその表情には浮かんでいたと後にドジャーは語る。
「あ、そうだ。グラスさん、慎重に扱うからショーケースのメガネ、試着させてくれない?というかもともとそのつもりでここには寄らせてもらったんだよ」
「試着ですか。もちろんよろしいですよ。どちらにいたしましょうか?」
快諾してくれたグラスに先ほど決まった三種のメガネを取り出してもらう。
「よし、ではこれからみんなには実際にメガネをかけてもらうよ!新しい自分を見つけに行こう!まずはニアに選んだメガネをかけてもらおう」
「え、僕!?」
「そう君だ。ほれ、早う早う」
俺に急かされてニアは選んだオーバル型のメガネをかける。
「うわわ、度が強い!世界がゆがむ!気持ち悪い!」
「ニア、目を閉じててもいいぞ。しかし、うむ。似合うな!俺の見立てに狂いはなかった!」
オーバル型のメガネをかけたニアはもともとあった中性的なイメージにアクセントがつき、少し知的な感じが出ている印象だ。いい感じにマッチしている。
ただ、今は男装をしているため全体的なコーディネートを見るにあまり印象的でない。これは部屋で女子用の服を着せて個人的に研究する必要が出てきましたね!やだ、わくわくする。
「よし、次はねーちゃんだ!さ、かけてみてくれ!」
「わかった、かけるよー」
ニアの様子を見て学んだのか目を閉じてバレル型のメガネをネーシャはかける。柔らかい印象を与えるバレル型のフレームがネーシャの優しげに少し下がった目尻に非常に似合う。
ただ、試着用に適当に借り受けたメガネなのでフレームのカラーが合っていない。ネーシャには髪色に会った亜麻色に近いものがベストとなるだろう。
「よし、ねーちゃんの試着結果も上々!最後はフィーネ、君の番だ!」
「はいはい。もう、メガネくらいでそんなに盛り上がらないでよね」
メガネくらい、というセリフに反応しそうになるがそれを指摘してフィーネがメガネをつけるのを渋りだしたら面白くない。俺は努めて平静にさぁさぁと促す。
「はい、着けたわよ」
最後にフォックス型のメガネを着用するフィーネ。そこにはフォックス型フレームの申し子というべき美少女が降臨していた。いや、最初の印象から絶対に会うと思ってたがここまでマッチするとは…。
あとはネーシャと同じようにフレームのカラーリングを最適なものに、フィーネなら赤系に変えればバッチリだろう。いいじゃない!
「えぇやん!」
「た、確かにいいな。に、に、似合ってる」
「これは、お似合いにございますね」
「フィーネさん、メガネかけるとなんかちょっと、雰囲気出るね!」
「メガネ一つでこれだけ印象変わるんだね。弟君はすごいなぁ」
あまりの完成度に全員がフィーネを称賛する。というかマジで完成度高い。鈴木康太郎のメガネ女学生部門にノミネートしてしまう勢いだった。こいつは思わぬダークホースがいたもんだぜ!
「えぇ!?ちょ、そんなこと言われてもレンズのせいでまともに視界が確保できなくて自分の顔も鏡で見れないんだけど!?なんか手放しで喜べない!」
「似合ってるぞフィーネ!今までの君の中で一番好きだ!いい感じ!グッド!」
「はぁ!?すすす好き!?いや、いきなりそんなこと言われても…その」
「あとは伊達メガネが完成したら自分でもそれが把握できるようになるな。いや、楽しみですねぇ!」
伊達メガネが市場に出回って道行く人々がメガネをかけるところを想像すると気持ちが昂るのを感じる。そんな俺に同調してかグラスさんとドジャーもうんうんと頷いてくる。
「よし、せっかくだから他のメガネも試していくか!もっといい感じの組み合わせがあるかもしれないしな!」
俺の気合の入った一声にニアとフィーネは「えー?」と難色を示す声を上げたが気にせず俺たちは時間の経つのも忘れてメガネの試着会を続行した。
そしてこの日、俺は休日に女子を眼鏡屋に誘い込んで3時間も拘束し続けたという伝説を作った。
ようやく学園都市探索終了ですw
明日10月18日も0時投稿予定です!