学園都市探索⑤
50話です。
ドジャーとフィーネのお友達作戦が始動してからいくばくか経った頃、その店はあった。
【メガネ屋・サイシィ‐ゼルヴィアス学園都市支店‐】
「メガネ女子の時間だぁぁぁぁ!!」
「ちょ、スレイ!お店の前で叫びだしちゃダメだよ!?」
ニアにたしなめられたが気にしない。この日をどれほど待ちわびたことか!ふふふ、俺のハイセンスなコーデに恐れおののけよな!
「来たな、兄弟。ここが俺たちの旅の終点か!」
眼前にそびえる圧倒的存在感を放つ建物(鍛冶屋より狭くて小さい)にドジャーも興奮気味である。そういえば入学式でこいつは俺の中でメガネ萌えキャラ認定してるんだった。ふふ、今日は先駆者としての実力をこいつに存分に見せつけてやるとしよう。
「そうさドジャー。今日はここからが本番。ここまでの道中はおまけみたいなもんだ。お前にはこのスレイ、いや康太郎の本気を見せてやろう」
「コウタロウって誰!?」
おっと、高ぶりすぎてついいらんことが漏れ出てしまった。いや、そんな些末事などどうでもいい!今は一分一秒を惜しんでこの店に入るべきだ!
「たのもう!」
俺は気合を入れて扉を開いた。そこには小さな店内ながらも大量のメガネがショーケースに並ぶ圧倒的な風景だった。看板には支店と書かれていたからな!この品ぞろえは期待どおりと言える。
「いらっしゃいませ」
俺たちを迎え入れてくれたのは燕尾服に身を包んだ30代くらいの店員だった。輪郭は怜悧で、細い目と眉、そして口元に浮かぶ微笑、そして何よりその表情全体にアクセントをかける丸メガネが仕事人オーラを醸し出している。これは、当たりかもしれませんね!
「店員さん、早速で悪いんだけどこの店は伊達メガネは置いているか?ないならオーダーメイドしたいんだけど」
「え、オーダーメイド?」
「なかったら作るつもりだったの弟君?」
「当然です」
「スレイって本当に変わったわ…。どうしてこんなにメガネ好きなの?」
俺のセリフにいつものお三方がそれぞれに反応してくださるが今はそんなこと気にしている場合ではない。伊達メガネを、早う早う!
しかし、店員さんから帰ってきたセリフは予想外のものであった。
「伊達メガネ、でございますか?申し訳ございませんお客様。それはどういったメガネなのでしょうか?」
なん……だと……!?伊達メガネを……知らない!?
「あ、僕も気になってた。伊達メガネ?そういうメガネがあるの?」
「え、伊達メガネ知らない?こう、度の入ってないレンズで作られたメガネなんだけど」
「いえ、私では存じ上げないメガネですね。しかし度の入っていないメガネ…それはどういった用途で用いるのですか?」
つまり何か?この国、券売機や汽車、大型モニターにマイクを作る技術力、そして服飾技術などファッション関係の商業がありながらいまだに伊達メガネの開発に着手していない。それどころか概念すらないのか?これは予想外だ。
予想外に、燃える展開だ…!つまりこの世界で最初に伊達メガネを考案した人物に俺がなれるということか!?何そのこれ以上ないご褒美!これ、うまくやればメガネ業界に新たな風を入れることもできる。
見れば店員さんも首を捻って伊達メガネの商品性を見出そうとしている様子だ。これは売り込んでずぶずぶな関係を狙うが吉と見ましたよ!
「店員さん、座って話しないか?伊達メガネの商品性について説明したい」
「ほう、商品性ですか?」
店員さんのメガネがきらりと光る。これはかなりのメガネ力の持ち主だ!他人にメガネを光らせてみせるのはメガネ使いの基礎中の基礎だが、それ故に奥深い。この店員、それを高いレベルで修めている。おそらく俺がこの世界に来てから一番の実力者だ!
「わかりました。こちらへどうぞ」
そう言って店員さんは備え付けのテーブルに俺を勧めてくれると店の奥へと引っ込む。そしてどれほども経たずにこちらの人数分の丸椅子を持ってきてくれた。ずらずらしてすまんね。
「私はグラス・ペンバーと申します。若輩の身ではありますがこの支店の店長を務めさせていただいております」
只者ではないと思っていたが店長だったか。確かに普通の店員のオーラじゃなかったしな。やはりかなりの実力者!
「俺はスレイ・ベルフォード。メガネをこよなく愛する学生だ」
「なるほど。はて、ベルフォード様とおっしゃると辺境伯家のご子息様でしょうか?」
「今はただのメガネ好きとしてこの席についている。俺を取り巻く一切は今この場では関係ない。俺個人を見て話をしてくれペンバーさん」
「かしこまりました。それと私のことはグラスと呼んでいただいてもよろしいでしょうか?大変失礼ながら私、ベルフォード様をお名前で呼びたく存じ上げます」
「いいぜ、グラスさん。いい名前だな。俺のことはスレイと呼んでくれ」
「ありがとうございます、スレイ様。いや、昨今あなた様のような情熱溢れるお方は大変珍しい。一目見てメガネに対する造詣の深さがうかがえるとても良い目をしておられました。これは是非、お近づきになりたいと思った次第にございます」
「メガネ好き同士は魅かれあう運命に導かれてるからな」
俺とグラスさんが熱い自己紹介と賛辞を掛け合って硬く握手をする。俺たちの口元にはまるで好敵手同士が浮かべ合うかのような笑みがあった。
「何言ってんの、この人たち」
「わかんないけど、スレイと店長さんがメガネ好きってことだけは伝わってくるよ」
「弟君、楽しそう」
「やべぇ、俺も一応メガネ好きなのに二人の次元が違いすぎて話に入る機会がねぇ……」
丸椅子に腰かけたモブと化したみんなをよそに、俺は本題に入ることにした。
「で、伊達メガネの話なんだけど」
「はい。レンズに度の入っていないメガネですか」
「そう。視力を最適なものに調節するというメガネの一番の長所が透明なのがこの伊達メガネの特徴だな。時にグラスさん、メガネ美人は国の宝だと思いませんか?」
「然り。この私、道行く女性がもっとメガネをかける人口が増えれば、と常々思っておりました」
俺の突然の質問にグラスさんは淀みなく答える。彼の言葉は整頓されてきれいな印象を受けるがその中にメガネ使いとしての熱い想いがにじみ出ている。
「例えばそこのあなた、にじみ出る勝気な印象から見立てるにとてもフォックス型のフレームがよくお似合いになりそうです」
「え、あたし?」
突然水を向けられたフィーネはどう応えるのが正解か狼狽えているようだ。
そしてグラスさんの見立てはとてもグッドだ。目じりが上がっているかのようなデザインのフレームが特徴的なフォックス型は勝気な雰囲気で目元がつり気味のフィーネにとてもマッチするといえる。髪色に合わせてフレームを赤系にすれば完璧と言えるだろう。
「グラスさん。あんたの見立てには感服したぜ。だが、彼女は裸眼。視力は悪くない。だからメガネは必要ないんだ」
「はい……。非常に残念です。これだけの素質がありながら…」
「……ひょっとして私、馬鹿にされてるのかしら?」
本当に残念でならないという表情をするグラスさんにフィーネは何やら良からぬ感情を抱いたようだがネーシャとニアにどうどう、といさめられる。ナイスフォロー。
「そこで伊達メガネだ。レンズに度が入っていないメガネの利点、そして商品価値はそこにある」
「そうか!視力健常者も着用できる、ファッションの一つになると、スレイ様はそうおっしゃりたいのですね!?」
「そうとも!俺の見立てだと自分にメガネ属性を付与したい、ためしにかけてみたいという層は一定数存在する。今までは視力の悪い人間のみを対象としていた商品が、ファッションアイテムという海原に進出することでこれまでにない客層を取り込んで売り上げを上げられる!メガネ人口を増やせるというわけだ!」
「素晴らしい!これは早晩、上層部の耳に入れてすぐにでも商品開発を行わねば!」
伊達メガネに強い商品価値を見出したグラスはいまにも小躍りしそうな雰囲気である。わかるぞ、同志よ!いっしょにメガネ人口を増やしていこう!
「しかしスレイ様、このようなお話をタダで持ち込んでこられては私の、ひいてはサイシィ本店の沽券にかかわります。いずれ売り上げが出た際には何割かをアイディア料としてお納めして頂く形でこれに報いたく存じ上げます」
「それには及ばない。金よりもメガネをくれ。俺が望んだ時、望んだデザインのメガネをくれ。それで俺は満足だ。金は、要らない」
俺はグラスにそう言い放ってにやりと笑った。
⑤で終わる予定が長くなってもう一話使う羽目にw