伝説の背中にふにょんふにょん当たるやつ
44話です。
「ところでコーデリア先輩はいつもこの時間に修練場に来てるんですよね?倉庫の鍵、開いてないんですけどいつもは何をなさってるんです?筋トレとか?」
挨拶もひと段落したところで俺は気になったことをコーデリア先輩に聞いてみた。
「ふふ、継続は力なり。信は一日にしてならず。ではないが私は実家に帰省している期間以外はいつも最初に修練所を開けるため管理者に倉庫の鍵を渡されているのだ。本来のここの利用開始時間は一日で一番最初に聞く起床の鐘が鳴った後からだからな。その時刻まで私は自己修練に励んでいるというわけだ」
おいおい。それで大丈夫なのか?警備的な意味で少々不用心な気がするが。人柄的にコーデリア先輩はそういうことをするようには見えないが心無い生徒が彼女の持っている鍵を無断で拝借することもないとは言えないだろうに。
「む、さてはベルフォード君。君は本来の鍵の管理者の管理の甘さに疑念を抱いているな?」
「ん、まぁぶっちゃけあんまりいい手段ではないかな、とは思いますね。万が一って割とよくありますし」
「ふふ、ということはその万が一がないと信頼されているからこそ私に鍵の管理を任せているということになるな」
自信満々に、あるいは破天荒にコーデリア先輩はそう宣って不敵に笑う。やっぱり強キャラっぽいなぁ。というか主人公であるスレイに関りが発生するキャラは全員が重要人物であると疑ってかかった方がいいな。
テンプレラノベだとフェードアウトしてたキャラが実は黒幕とかそれに近しい敵だったこともあるし。少なくともコーデリア先輩はかなりのユニークキャラと見たぜ。仲良くしといて損はない。よし。媚び売っとこう。
「なるほど、口ぶりから察するに先輩はやはり実力者でしたか。いや、この部屋に入ってくるときにお姿を拝見した時からその足運び、その姿勢。只者ではないと感じておりました」
こんな感じの美辞麗句は俺TUEEE系テンプレラノベ的にはむしろ自然に出てくるよな。もちろん俺は強者の佇まいとやらをどれほども経験しているわけでもない。今のセリフは口から出まかせである。10割好感度目当てである。男の子だもん。そりゃ欲しいさ。
そんな俺のセリフにコーデリア先輩はピクっと眉根を一瞬上げ、怜悧な顔に見合った切れ長の瞳を細める。
「…ベルフォード君。記憶喪失であってもその目利きまでは衰えていないか。あそこまで気を抜いていた私を見て実力を推し量るとはな。いや、天晴。やはり早起きはしてみるものだな。たまに得をする」
あ、上手に誤解してくれた。この辺はスレイの主人公補正だよなぁ。創作もののアンジャッシュあるあるというかなんというか。とりあえず俺も意味ありげに不敵な笑みで返しておこう。ついでに流し目だ。隙あらば好感度上げていこう。あとこの時間は早起き過ぎ。
なにも含まれていない俺の視線になにかを感じ取ったのかコーデリア先輩は目を閉じ逡巡するようなそぶりをする。やがて得心を得たとばかりにその目を開き後ろを向いた。そしてそこにある倉庫の鍵を開け始めた。
「しかし、だとすれば惜しいものだ。君はそんな目利きを持っているにもかかわらず、戦うすべを失っている。これはセルヴィアス学園にとって大きな損失だろう。だから…」
そこで言葉を切ってコーデリア先輩は倉庫の戸を開け、長い棒状のものとそれより短い何かを取り出した。それから彼女は俺の方に向き直ると短い方を俺に差し出した。それは木剣であった。その反対側の手には木槍が握られている。毎日槍振ってるって言ってたもんな。
「ひとつ、私に稽古をつけさせては貰えないか?先達の者として悩める後輩の面倒を見たいという私的な欲求なのだが。良ければ剣を取ってほしい」
よし!そういう流れになればいいなー、と思って若干言葉を選んでおいたのが功を奏したようだ。これで俺も多少はマシになるかもしれない。俺ってばテンプレ主人公の身体を使わせてもらっているにも関わらず負けっぱなしだからな。次辺りで汚名は払拭したい。
俺は差し出された木剣を掴みコーデリア先輩に笑みを返す。
「是非、よろしくお願いします!」
「よく言った!では早速構えどりから始めるとしよう。私は槍を主に使うが剣の心得もある。微力ながら君の力になれるだろう。ふふ、私は結構鍛錬に関しては厳しいぞ?妥協しないタイプだからな」
そう言ったコーデリア先輩の笑みは凄絶なものを含んでいた。…これは、ちょっと功を焦りすぎちゃったかな?
そしてコーデリア先輩との稽古が始まった。
「よし、構えてみせてくれ」
「了解です」
俺は剣道部の仮入部期間に培った知識を動員して精一杯それっぽい構えをとる。
「なんというか、独特な構えだな。確かに隙だらけなのだが、洗練すれば見違えそうな構えというかなんというか」
もともと人を殺すための技術をスポーツに型嵌めして落ち着いたスタイルだからなぁ。その指摘は正鵠を射ている。というか俺みたいなずぶの素人の構えを見てそんなところまで見通せるものなのか。この先輩、師事するにはかなり当たりキャラだったかもしれない。
「まぁしかし、今は基本を仕込み直すが先だな。独自のスタイルを確立させるのはその後でも遅くはない。変に癖がついてもあまり良いものではないしな。良いか?」
「もちろんです。直した方がいいところはガンガンおっしゃってくださいね!」
「良し!では一つずつ構えを修正していくぞ。まずは剣の握り方からだ」
言うが早いかコーデリア先輩は木剣を握った俺の手を握って正しい握り方に修正する。
「次は全体の姿勢だな。こう、もう少し腰を落とすんだ」
続けてコーデリア先輩が俺の背後に回り、腰を掴んでゆっくりと力を加えて最適な位置に正す。
「あとは…腕の構えも良くないな。もう少し浅く曲げる感じだ」
「こうですか?」
「違う。逆だ。それでは肘が不必要に伸びてしまう」
俺なりの修正を加えてみたもののそれはすぐにコーデリア先輩にダメ出しを受けてしまう。コーデリア先輩は先ほどと同じように背後から、しかし抱き着くような感じに密着して体全体で俺の姿勢を正す。
…もう気づいたけどこの人あんまり異性との接触に頓着しないタイプか。さっきから俺の姿勢を直すために身長に比例したいい感じのサイズのおバストがふにょん、ふにょん、と俺の背中に悪戯していらっしゃる!
これ、前の世界ではかなり貴重な体験だよな!?普通、背中に合法的に乳が当てられる状況ないよな!いやぁ…いいっすわ。テンプレ主人公のこういうところ好き。
「うむ。良くなったな。まずは素振りも何もせずしばらくその姿勢でいることだ。体にその感覚を染み込ませるのが第一歩だな」
この背中の感覚も染み込んでくれると色々捗っちゃうんだけどなぁ!?
「しかし君は他人と鍛錬すると雑念が混じるタイプか?微妙に集中力を欠いでいるように見えるが」
あんたの乳のせいだとは言えないし言うつもりもないな。役得は頂けるだけ頂くタイプだから、俺。
「いえ、大丈夫です。男ですからね。泣き言は吐いてられませんよ!」
嘘です。結構吐きます。特にニアとかネーシャとか包容力強いタイプの相手に愚痴が多くなるタイプの主人公です。
「その意気やよし!そら、また少し構えが乱れているぞ。根性をみせろ」
こうして俺と先輩のいろんな意味で熱の入った修練が幕を開けたのだった。
明日は所用で投稿できないかもしれません。できればまた0時投稿します。
できなければ次の日の10月11日の0時に投稿します。