テンプレ主人公はメシマズだった!?
42話です。
鐘が鳴ってから数分もしない内にネーシャ、フィーネ、ニアのいつもの面子が医務室の戸を開けて入ってきた。
「なんじゃ。お主ら早かったの」
「お昼休みになったからすっ飛んできたんだよ」
今は昼休みか。一限目から気を失ってたってことは割と寝てたんだな、俺。
「それよりもハイセ!どうして弟君が目を覚ましたことを真っ先に伝えてくれないの!」
「そんなこと頼まれてなかったしの。いや、久々にスレイと長話ができて愉快じゃったわ」
「ずるいよハイセ!」
ネーシャをからかいながら笑うハイセにネーシャは駄々っ子のようにごねる。ネーシャってどこか幼さが抜けない感じがあるよね。それがいいんですがね!
「まさか実技の前段階の授業で躓くとは思わなかったわ。あんたそんなに深刻なの?スレイ」
そんな二人をよそに微妙に心配顔のフィーネが俺に声をかけてくる。
「いやぁ、剣の振り方も持ち方も忘れちまったみたいですわ」
「……剣聖クラウドがこの話を知ったら卒倒するかもしれないわね。『次代の剣聖はこの子だ!』とか言われてたし」
だから剣聖クラウドって誰だよ。
「まあまあ。無事でよかったじゃない。ギジー教官にぶたれた後のスレイったら、その、ちょっと口にできないくらいひどい有様だったから…。あ、ギジー教官はすっごい謝ってたよ。セレナ先生にどこかに連れていかれたけど」
上顎が折れてたんだっけか?気を失ってる間に回復させてもらったからあんまり実感ないけど見てくれはすっごいグロそうだな…。ちょっと想像するだけでおぞけが走るぜ。
しかしセレナ先生もちょっとは担任らしいことしてくれてるみたいだなぁ。面倒くさがり屋だけどなんだかんだで仕事に信念を持っているタイプか。いいキャラだな。しかし実技訓練の教官に呼び出しくれてやる医務教官って図は結構違和感あるな。
ああ、そういえばギジー教官は老けが…もといミドルフェイスだけど20台半ばなんだっけ?セレナ先生は間違いなく若いしひょっとしたらいっしょに学園生活か従軍生活を送ったことがあるのかもしれないな。
「うむ。この妾が能力を行使したのじゃ。傷跡一つ残さず治したぞ。スレイの顔面は数多の子女の財産じゃからな。罪づくりな男じゃよまったく」
「そうだよなぁ。いや、なんともなくてよかった。このイケメンが損なわれるようなら俺は俺に顔向けできないところだったぜ」
「あんたいつからそんなに自分のこと大好きになったのよ」
「最近、かな」
ハイセの茶化しに乗っておどけて見せるとフィーネがあきれ顔をした。
でもやっぱり俺の不注意で「スレイ」から人格以外の財産が損なわれるのはなるべく避けたいところだ。仮住まいは綺麗に使うのが礼儀ってもんだしな。早いところスレイの一割でも強くなりたいもんだぜ。
「おお、そういえば今度日頃の礼にスレイが菓子を作ってくれるそうじゃぞ?これは喜ばしい。皆で相伴にあずかるのが良いぞ?」
ハイセのセリフに団欒とし始めていた場がピシリと音を立てて凍る。
「えっと、その、弟君がお菓子作り?あははは…聞き違い、だよね?」
「やだなぁ!ネーシャさん、そんなのハイセの冗談に決まってるじゃない!…冗談よね?冗談だと言って!」
「スレイがお菓子作り…お菓子ってつまり料理ですよね?スレイが料理…。うーん、僕、ちょっとお腹が痛くナッテキタナー」
スレイ、お前どんだけ料理駄目だったんだ!?姉であるネーシャや幼馴染のフィーネならともかく他領でほんの数日前まで面識もなかったニアにまで知れ渡るレベルのメシマズってのはちょっと想像できないぞ。
「いや、事実じゃぞ。さっき妾や皆のために作ってくれると宣っておったわ。ふふ、漢の真心のこもった贈り物、袖にしては女がすたるというものじゃ。皆でありがたく頂くとしようぞ」
「ハイセ!あんたさては自分だけが不幸をおっ被らないように私たちを巻き込んだでしょう!?リスク分散なんて小癪なことを…!」
「あはは、まあまあフィーネちゃん。ハイセもきっと悪気があってやったことじゃないんだよきっと。でも、そっか。リスク分散…。あ、そうだ!せっかくだからマイシャちゃんにもおすそ分けしてあげようよ!」
「病弱な妹を巻き込むくらいの厄介事なの!?ということはスレイは噂以上ってわけか。…僕も腹を括る時が来たってことなのかな」
これは酷い。昨日まであれだけ妹に慈しみをもって接していたネーシャがあんなセリフを吐いてるんですが。スレイのメシマズ力はテンプレメシマズヒロインの平均値を大きく上回るのかもしれない。
「うーん、そこまで言うなら作るのやめるよ。なんだか気の毒だし」
「そら見たことか!スレイが寂しげな笑みで拗ねてしもうたじゃろう!お主らは毎回覚悟が足りぬのじゃ!それでよく姉だの幼馴染と言えたもんじゃな!そっちの新しいスレイの友人の方がまだ見どころあるわい!」
「誰だって毒よりまずいけど食べてって言われて納得しないわよ!幼馴染の許容量にも限度があるわ!」
「そうだよ!ニア君に見どころがあるように見えるのは実食したことがないという事実からくる無意識の油断だよ!戦場ではそういうのが一番怖いっのてお父さん言ってた!」
「これが噂の麒麟児唯一にして最大の欠陥と言わしめられているスレイ・ベルフォードの料理の腕…!一度作ると宣言されれば家族の絆すら崩壊させる悪魔の料理、その恐怖の一端…。父様、母様、僕は無事に帰れるのでしょうか」
良かれと思ってこぼした俺の一言にさらに騒然とする医務室。ヤバい。収拾つくのかこれ?
そんなことを考えている間にも俺が口をはさむ間もなく四人のはたから見れば醜い言い争いは加速し、やがて一つの結論に達した。
「つまりお主らは可能性に蓋をしておるのじゃ。次に作るスレイの料理がどうしてマズいと言い切れる?万に一つ普通の料理が出てきたとすれば食すことを拒んだお主らはそれを食すことは妾が許さんぞ。そのとき『スレイが初めて作ったおいしい料理を食した』栄誉は妾だけのものじゃ。後からしゃしゃり出て分け前を欲しても一切取り合わぬぞ」
「結局いつも通り食べる方向で落ち着くのよね…。いいわよ。私は最初から食べるのが嫌なだけで食べないとは一言も言ってないからね」
「うんうん!きっとみんなで食べればきっとおいしいよ。あ、そうだ!お父さんとお母さんにも届けてあげよう!手渡しで!きっと喜んでくれるね!」
「うーん、僕って絶対最近ついてないよなぁ…。貴族に言い寄られるし、逃げた学園には何故か男子寮に入れられるし、お着替え見られるし…シメはスレイのお菓子かぁ…短い人生だったなぁ」
ハイセとフィーネとネーシャが姦しく言い争う。その輪から外れてニアがぼそりと辛辣なことを言う。
その、スレイは泣いてもいいんじゃないかな?
「というわけでスレイ、お主が丹精込めて作ってくれるお菓子を『妾』はたのしみにしておるぞ!」
「そうよスレイ!私だって今回も応援してるんだからね!あれよ、コツはレシピどおりに作ることよ!頑張って!本当に頑張って!」
「あ、そうだ!家臣団の皆様にもおすそ分けしなくちゃだよね!すっかり失念してたなぁ。ふふ、そしたら一人分は一かけらくらいかな?うん、お腹にも優しくていい感じ。それがいいよ!よし、弟君!ゆっくり作ってね!完成は来年でも再来年でもいいよ!本当に!」
「僕も応援してるよスレイ!あ、でも完成する前には一言もらえるかな?もしかしたら実家に帰る用事と被っちゃうかもしれないからね。もし運悪くそうなったら僕の分は他の人に渡してあげて?ああでもそうなったら残念だなー。本当に残念だなー」
「大丈夫!ニア君の分は私が確保しておいてあげるからね!」
「ネーシャさん!?」
「スレイ、ニア君多めに欲しいらしいから覚えておいて」
「フィーネさん!?」
「見どころがあると思ったらこれか。話を聞いているうちに決意が鈍ったのじゃな」
逃げに走ろうとしたニアが生贄にされてこの話は幕を閉じた。…いっそ皆が忘れた頃に作ってあげると面白いかもしれないな?よし、それでいこう。
今日もギリギり…明日10月9日も0時投稿を目指しますが、ちょっと遅れても許してくださいね…?(笑)