スレイとハイセの個人レッスン③
41話です
「じゃあ今度は貴族について教えてくれ」
ひとしきりハイセの可愛さを堪能した後に俺はさらに新たな質問を投げかけた。
「うむ。貴族の次男に貴族がなんたるかを指導するというのも滑稽な話じゃが」
苦笑気味に言うハイセ。いや仕方ないじゃん。確かにおかしな話だけどさぁ…。
「さて、貴族は国王から賜った領地を治める由緒正しき役職じゃ。平時は領内の民から年貢をとりたて、一部を王国に上納、一部を領内の発展に、一部を己が富とするのが貴族じゃ。国王に認められているが故、度を越さぬわがままなら大抵は押しとおるの。少なくとも貴族の道を民が阻んではならん。特権階級じゃな。そしてひとたび戦火が起きようものなら武装し、民を守るべく立ち上がる宿命を負っておる。今でこそ一般市民からも志願や推薦で軍に取り立てる政策を取っておるが昔は貴族だけで魔物や諸国との小競り合いをしたもんじゃ」
俺の知ってる貴族像と大体一緒だな。しっかし戦争かぁ。穏やかじゃないよなぁ。もっと平和な感じでまとまらないもんかね?いや、それができたらとっくにやってるか。平穏に過ごしたいなぁ。
「そういえばさっき学園で爵位名が名乗れないって話のあらましは聞いたんだけど、辺境伯家ってどんな爵位名なの?…ついでに爵位名込みで俺のフルネームも教えて?」
そんな俺の質問にハイセは呆れと驚愕がまじりあった顔になった。
「お主の記憶喪失、相当やばいのぉ。……お主のフルネームはスレイ・ラクス・ベルフォードじゃ。ラクスは侯爵・辺境伯家を指す爵位名じゃ」
「ラクス、か。他の爵位はなんていうの?」
「爵位は位の高い順に大公、公爵・辺境伯、侯爵、伯爵、子爵、男爵となっておるな。爵位名はそれぞれヘイブ、ラクス、ジェフ、ノヴィン、セル、アトーとなっておる。これらの爵位名はゼルヴィアス王国の建国時の功労者たちの名前からとっておるぞ。余談じゃが妾はヘイブの契約精霊だった時期があるぞ。毒舌で有名じゃった」
「誰得情報なんだそれ」
歴史家とかがいれば垂涎ものなんだろうが、ハイセのような古い精霊に聞けば事足りることなんだろう?この世界に歴史家の存在は薄そうな予感があるな。
「そうそうスレイよ。一応言うておくが己の地位に酔ってはならんぞ。自らを特別として他の者に振舞えばたちまち自分自身の評価を落とす。それだけにとどまらずお主の家族にもその悪評が触れ回ることになることを努々忘れぬことじゃ。特にお主の家、ベルフォード家はこれまで王国に貢献し続けた功績をたたえられ、4つある辺境伯家で最も早く未だ2家しかいない大公の地位まで手にかけておるのじゃ。やんちゃをするなとは言わんが学生同士の戯れの範疇に収めておくのじゃぞ」
「俺の家ってそんなにすごかったのか…」
…あれ?そういえば俺ってばいかにも身分がやんごとなさそうな生徒会長とそのお付きの女の乳揉んでるんだが。ついでに本人が申告するに貴族であるニアの生着替えとかかぶりつきで見ちゃってるんですが。せ、セーフ…だよな…?
「やんちゃ…やんちゃね。き、気を付けるよ…」
「まぁ学園外で一昨日のような真似はせん事じゃな。……頼むぞ?」
ハイセがジト目で釘を刺してくる。そんな顔も嫌いじゃない。(強がり)
「よし。この話終わり。最後に歴史を教えてくれぃ!」
「しょうがない奴じゃな。全く、どうなったらここまで人が変わるんじゃ」
苦笑交じりにそんなことを言うハイセ。だが表情は柔らかい。楽しそうに俺を見ている。
「ではそろそろ喋るのも疲れたのでざっくりいかせてもらうぞ。さて王国の歴史についてじゃが、もともとこの王国全土は大きな牧草地帯だったのじゃ。その頃は放牧を生業とする遊牧民ばかりが跋扈しておった。しかし突発的に獣の精霊融合によって発生する魔獣の襲撃が起こると近くの民族はいつも壊滅状態に陥っていた。それをどうにかしようと立ち上がった当時の集落の長の一人が建国王その人じゃ。名をゼルという。そしてそやつの弟の名がヴィアスじゃ。二人で建国したからゼルヴィアス王国になったわけじゃな。基本的に仲の良い兄弟じゃったが国の名前を決めるときにどちらの名前を先に冠するかで大いに揉めての。結果的にヴィアスゼル王国では語感が悪いということでゼルヴィアス王国となったわけじゃ」
「くだらないことで揉めたもんだな!」
「兄弟げんかなぞ大体そんなもんじゃろう。むしろお主とネーシャは喧嘩しなさすぎじゃぞ。ついでに最近仲良すぎじゃ」
「いいことじゃないか」
ネーシャと喧嘩とか想像できないな。まずお互いが諍う理由がないし。あ、冷蔵庫のプリンとか勝手に食べられたら怒るかもなぁ。この世界に冷蔵庫もプリンもあるか怪しいが。
「大体こんなところじゃな。喋り通しで喉が渇いてしまったわ」
「精霊も喉が渇くんだな」
「顕現するということは一時的に受肉するのと変わらんからの。当然その間はお主ら人間と同じように喉も乾くし腹も空く」
「そうなんだな。じゃあ今度何か菓子でも作るか。今日のお礼にハイセにあげるよ」
「お主なんで菓子のレシピなんぞというそんな妙なことは覚えておるのじゃ。……いや待て、スレイは料理なぞやったことがあったかの?」
思案顔でハイセが思い出そうと唸り始める。
というか気、抜きすぎだろ俺!今日だけで何回墓穴掘るの!よし、毎度のことながら落ち着け?気持ちの切り替えと状況判断が早いのが俺の強みだ。小学生から高校生にかけての通信簿で伊達に「やればできる子です」と書かれ続けてないぜ!
さて「やだなー、やったことあるじゃんよー」としらばっくれるのは簡単だが建国時のことがスラスラ出てくるくらい記憶力のいいハイセをごまかすのは難しそうだ。ならば!
いざ開け!テンプレラノベものの言い訳集!そのとっさの誤魔化しセリフで道を切り開かん!
「いや、実は俺ってば日頃からいろんな人から支えられてんじゃん?だからその感謝の気持ちを込めてこっそり練習中だったっぽいのよ。その証拠に色々お菓子の材料やらレシピやらが頭に浮かんでインスピレーション働きまくりなんだわ」
「なんと!幼い頃にポナー伯爵主催のハンティングに参加した折に狩った獲物を周囲の制止も聞かず、『よく焼けばおいしくなる。よく焼けばおいしくなるんだ…!』と呪文のように繰り返して炙り続け、炭にしたあのスレイがお菓子作りじゃと!?」
スレイさん……なーにやってるべさ。スレイの幼いころの黒歴史が多い…。というかスレイは15歳くらいだよな?ちょっと武勇伝多くないですかねぇ…。
「『炭の焼き人』なる二つ名までつけられておるというのになんと無謀な…。スレイ、菓子とは甘くて優しい食感なのじゃぞ?じゃりじゃりして苦いのが炭じゃ。知っておるか?」
「知ってるよ!」
メシマズ系主人公って路線はどうなんだ?需要あるのか?
「ま、何にせよ。お主が思ったよりはるかに元気そうで安心したわ。記憶喪失なんぞになればもっと落ち込んでいてもおかしくないと思ったんじゃがなぁ」
「心配してくれてありがとうな、ハイセ。これから色々迷惑かけるかもだけどよろしく」
「うむ。じゃが妾に頼みごとをするときは必ず契約者たるネーシャを通すのじゃぞ。妾はお主の契約精霊ではないからな。その辺履き違えてはならんぞ」
「肝に銘じておくよ」
そうハイセに返事したところで時報を告げる鐘の音が鳴った。
えーと、そういえば今何時なんだ?
今日は書き上げるのギリギりになりましたw
明日10月8日も0時投稿予定です。