スレイとハイセの個人レッスン①
39話です。
「ところでハイセってさ、この学園に図書室的な場所があるかどうか知ってる?」
意気込みを新たにした俺は授業中で誰も見舞いに来なくて暇なのをいいことにこの世界の一般常識や諸々の知識を習得してしまおうと考えたのだ。ハイセが場所を知ってたら案内してもらおう。
「うむ。それなりにネーシャとこの校舎を歩いておるからな。どこに何があるのかは大抵頭に入っておるぞ。しかしお主、図書室なんぞに何の用があるのじゃ」
「いや、俺ってば記憶喪失でわかんないことだらけなんだよ。昨日までどの硬貨がいくらくらいの価値があるか、とかも忘れてたんだぜ。だから一つここは先人の知恵の結晶にお力を貸していただこうと思ってな?」
「ああ、そういうことじゃったか。お主も難儀しておるようじゃのう。じゃがそれは知識を得るには少々回りくどいと思うぞ?」
「どうしてだ?わからないことは本で調べるのが普通なんじゃないのか?」
ネットがない以上この世界の人間の常識の範疇だと思ったのだが当てが外れたか?
「いやいやスレイよ。お前の言う先人が目の前におるというのにわざわざ図書室まで足を運ぶこともなかろうに。書は人に教えを乞えない、自分で学ぶときに頼るものじゃ。頼る相手を間違えてはならんぞ」
あー、そっか。ハイセは俺と同い年くらいの美人な見た目をしてるけど俺よりずっと長く生きてる精霊だったか。一般常識を仕入れる分には全く不足ない相手だった。そっかそっか。精霊と会話すればよかったのか。盲点だったわ。
「そう?じゃあお言葉に甘えて色々、それこそ基本的な魔術についての知識とかこの国の歴史とか聞いちゃうけど大丈夫?」
「うむ。妾はこの辺りの土地で軽く1000年は営みを続けておったからな。その辺の教科書よりは詳しい自信があるぞ。比較的新しい技術じゃし魔術についても問題なしじゃ」
ハイセが頼もしすぎるんですけど。どこかの得体のしれない情報屋とは違って恐怖感もないし。俺の身辺情報や一般常識はジャックに聞く前にハイセを頼った方が絶対いいな。
「えーと、待ってくれよ?ちょっと知りたいこと整理するから」
知りたいことはたくさんあるが、とりあえず列挙してみるか。
・精霊について
・魔獣について
・魔力循環と魔力纏衣について
・この世界の技術力について
・貴族について
・この国の歴史について
こんなところか。ほかに思いついたらまた教えてもらおう。
「じゃあまず、基本中の基本なんだけど、そもそも精霊って何なの?」
「うむ。実は精霊である妾にも詳しいことはわからん。一説では神羅万象すべての概念に宿る魂のようなもの、意志を持つ超自然的エネルギーだと言われておるな。もともと我々精霊は不可視状態でその辺を漂って、周囲に霧散している魔力を糧に生きておるのじゃ。じゃが長い期間そればかりを食しておるといい加減味に飽きるのじゃよ。そこで精霊は人や動物に姿を現し、これと思った者と契約する。この時の契約の判断材料が魂から漂う匂いと魔力の味、そして契約者の人柄じゃな。それらすべてを精霊が納得して初めて契約成立となるのじゃ」
「なるほどなぁ。そういえば俺、消臭の精霊と契約した時はなんかサクサク契約できたけどあんな簡単な感じなの?」
「それは精霊によるとしか言えんな。少なくとも妾は一週間は契約を望んできた者と過ごしてから考えるかの。まぁネーシャは例外じゃったが」
「ねーちゃんとの契約は妹ちゃんが魔獣に呪われたのがきっかけだったっけ」
「うむ。幼子にあそこまで懇願されては妾も是非はなかったしの。それに覚えていないじゃろうがお主のその時の必死な表情は今でも覚えておるぞ?ネーシャと契約せねば殺すと妾に脅しをかけてきたのじゃからな」
「なんだその黒歴史」
いや、スレイもその時は必死だったんだろうけど今から助けてもらおうって相手にそれはいかんでしょ。でも人間身内が倒れたってなったら気が気じゃないか。うん。仕方ない仕方ない。
ハイセもそのことにネガティブな感情を抱いている様子はなくからからと思い出し笑いをしていた。その姿も神々しい。……何しても絵になるなぁ。
「ふふっ。じゃからそのお主と契約した消臭の精霊とやらはよっぽど契約日照りだったんじゃろう。気の毒にな。まぁ確かに臭いを消すだけの精霊に用途はちょっと見出せぬな。たまにそういう精霊もおるぞ。人間もつがいをうまく見つけられんことがあるじゃろ?大体一緒じゃ。お主も価値のある人間にならねばならんぞ?」
「肝に銘じておくよ」
ハイセは保護者目線でそんなことを言ってくるが外見年齢がネーシャと同じくらいなので背伸びしたお姉さんみたいな印象がぬぐえない。しかしリッキー、お前やっぱりチョロかったんだな。
「精霊については大体わかった。次は魔獣についてなんだが、えっと精霊術を行使する生物は、その身に精霊へと供給できる魔力量がないにも関わらず精霊を行使し続けると、魂が壊れて大抵死ぬ。それでも生き残った場合は精霊と混じり合って自我の壊れた魔物になる。それが魔物化、あるいは精霊融合と呼ばれている。その現象は獣はもちろん、人にも起こり、人がそうなった物が魔人。魔人や魔物は正常な周囲の人や動物を無差別に襲う理性なき災害生物。人類の敵。そういう認識で合ってるんだったか?」
一昨日の会長のセリフの要約をばっちり諳んじてみせるとハイセは感心したようにうなずいていた。まぁ、あの日の出来事は一切合切そうは忘れられないわ。思えば濃い一日を過ごしたもんだぜ。
「うむ、そのとおりじゃ。補足をすれば精霊契約は精霊と術者が魂で結びつく。魔力を過多に供給しすぎれば人は魔力切れで死ぬ。それを防ごうと精霊が魔力をフィードバックさせようとして自身まで魂に入り込んでしまうことで精霊融合は起こるのじゃ。そうして精霊融合を果たした魔物どもは精霊術が使える。火の精霊と融合したものは火を操るぞ。精度は自我がないのでお察しじゃが。そういうわけでお主ら精霊術師は普段から適切な精霊術の行使を心掛けねばならん。まぁ限界より手前までの行使なら魂の容量と魔力の底上げ訓練として推奨されておるが。基本的に精霊は出しっぱなしにしてはダメじゃぞ」
ハイセが丁寧な補足説明をしてくれる。ん?ということはネーシャがハイセを出しっぱなしにしている現状は危険な行為なんじゃないの?
「じゃあ今ねーちゃんは」
「ああ、ネーシャは問題ない。お主の姉なだけあって奴も規格外の女じゃ。妾を顕現させるだけなら一日くらい問題ないぞ。能力を複数回行使するとなれば話は別じゃが今日はお主に一回だけ。全く問題にはならぬのじゃ!」
我が事のように胸を張るハイセ。ネーシャが相応の実力者であることがその態度から垣間見える。そうか。うちのネーシャはやっぱりすごい奴だったか。
…しかしハイセは結構胸があるな。大体一緒にいるネーシャ、フィーネ、ニアの三人の中では一番サイズがある。彼女自身の神々しさも手伝って、いや、これはなんともよろしいものですな!
「…お主、どこを見ておるのじゃ」
「いや、とても良いものをお持ちだなぁ、と思いましてですね?」
「お主、本当に性格変わったのう。褒められて悪い気はせぬがな」
ハイセは俺の不躾な視線に対して罵倒するどころか少し得意気になっていた。何この娘可愛い!これが年上属性の余裕か!?…ちょっといいじゃない!
ようやく説明回にたどり着きましたwちょっと長くなるので中途半端な終わりになってしまいました(-_-;)
明日10月6日も0時投稿予定です。