入院系妹キャラとの邂逅
34話です。
「もういいよー」
マイシャの服装が整った旨を気の抜けるようなネーシャの声で告げられたニアと俺は改めて病室に入った。
病室の中は質素な花瓶が置かれているくらいでそれ以外に目立った調度品はない。ただ、マイシャの両脇に居座っている犬のぬいぐるみ二体が異様な存在感を放っているのが気になった。
それらが四隅を囲うようなベッドの柵の横幅のおおよそ三分の二を占めていることもあり、存在感が拍車をかけている。両方ともどこか小憎らしい顔をしているのもなんか腹立つな。
「どうかしました?お兄様」
「ん、いやなんでもないけど?」
マイシャの声で我に返った俺は改めて彼女に向き直る。そこにはやはりネーシャを思わせる亜麻色の髪と空色の瞳を持つ美少女がいた。病院生活を送っているにしては肌の血色もよく、髪もつややかで美しい。マジでどうなってんだ。これが主人公の妹補正か。
「そうですか。それにしてもお久しぶりですね、お兄様。もう随分と長いこと顔を見てなかったように思います」
「もう一年くらいこれてなかったっぽいしな。いやぁ、悪い悪い」
そう言った俺の様子をぽかんとした表情で見ているマイシャ。ああ、多分もう以前の兄とは違うってことに勘付き始めたところなんだろう。俺もそうなるような口調にしたし。
「お兄様、少し雰囲気変わりました?」
「実はね、マイシャちゃん。今日は弟君が病院に用事があって、そのついでにマイシャちゃんに顔を見せようってことになったの。…弟君ってば昨日から記憶喪失なの」
「えっ!?」
驚くマイシャの疑問にネーシャが昨日からの俺が記憶喪失になっていることを掻い摘んで説明してくれる。時折マイシャの感嘆詞が口の端から漏れるが、とくに誰も口を挟むことなく説明は淡々とされて終わった。
「えーと、つまり何ですか?魂の香りが変わって精霊の行使ができなくなったのに生徒会長に喧嘩を売った上に魔人審問にかけられて、挙げ句に記憶喪失、ってことですか」
マイシャの中で一応まとまったらしく、昨日のニアのようなことを言い出す。思案顔がまたプリティでチャーミングである。
「まぁそんなとこだな。だから色々違和感やら会話に齟齬が出るかもしれないがよろしく頼むぜ?妹ちゃん!」
「妹ちゃん!?ま、前のお兄様とのギャップが凄すぎるんですが…」
「私はこの弟君はこの弟君で好きだけどね」
「俺も好きだぜねーちゃん!」
「弟君!」
俺とネーシャは妹の見舞いの最中だというのにまたしてもお互いをハグしあう。ニアの「またか……」というため息が聞こえるが気にしない。
そんな俺たちをマイシャがギョッとした表情で見ているが気にしない。
「その、本当に私の知っているお兄様は遠くに行ってしまったのですね。以前は恥ずかしがりやで奥手な印象だと思っていたのですが」
「男は少し見ない内に変わるもんさ。妹ちゃんも混ざるかい?」
「変わりすぎです!混ざりません!…記憶喪失ってすごいんですね。完全に別人じゃないですか」
「俺のことをお兄ちゃんって呼んでくれてもいいんだぜ?」
「今更!?昔あれほどお兄ちゃんって呼ばれ方がむずかゆいと言って嫌がっておいて!?」
スレイってばほんと細かいところで損してんなー。俺としてはお兄様呼びもドンと来いなんだが。
「マイシャちゃんは恥ずかしがり屋さんだなぁ」
「違います!お姉ちゃんが無遠慮なだけです!いい加減ノックくらい覚えてください!」
「ノックなんてしなくても誰も困らないよ」
「困りますって!みんな口に出さないだけで気にしてますよ!」
「そんなことないよー」
「ありますって!」
俺が言うのもなんだがネーシャはマイペースだしな。マイシャの指摘も効果なさそうだ。
というかあれだな、入院してる割には元気だね。少なくともニアのツッコミかキャラとしてのお株を奪うくらいには元気である。
ニアは隅の方でたたずんで俺たちを見守っている。色々とタイミングを失っている感が凄いな。
「なぁ、妹ちゃんはどこが悪いんだ?魔獣から呪いをかけられたとは聞いてたけどかなり元気だよな」
「本当に記憶喪失なのですね、お兄様。私は呪いを受けて足が不自由になったのですよ」
俺の不躾ともいえる発言にマイシャは特に気にした様子もなく応えてくれる。なるほど足か。
「そうなのか。でもそれって大変じゃないのか?足が動かないってのは俺には想像つかないが色々不便だろ。介護人みたいな人は見当たらないし。あ、……出かけてるだけか?」
「最初に比べると大分よくなりましたけどね。多少なら杖があれば歩けるんですよ?私」
多少歩けるレベルで大分よくなったとか最初はどんなだったんだ…とはさすがに聞けないか。魔獣ってのはどうやらかなり恐ろしい存在らしいな。主人公の立場的に最悪だけど全然戦いたくないわ。平穏に面白おかしく暮らしてぇ。
「それに私も一人じゃないですし。『きたれ。我が同胞。呼び出しに応えよ』」
マイシャはいうが早いか首から下げていたペンダントを取り出すとお馴染みとなりつつある中二病ワードをつぶやいた。
するとやはりペンダントから光の筋が伸び、その先端が膨らみ、やがて人の形を象った。
「どーもー。あれ、だれかと思ったらスレイじゃないの。全く魂の匂いがしないから誰かと思っちゃったー」
マイシャから呼び出された精霊はこちらに来て初めて見る褐色の肌で砂漠の踊り子衣装のようなきわどい格好をした女性の精霊だった。
「えーっと、俺からしてみれば初対面なんだけど君は誰なんだ?」
「えー?忘れちゃったのスレイ。あたしはビュース。マイシャの風の精霊よ。…あなた雰囲気変わったねー?」
自分をビュースと名乗った風の精霊は俺の全身をしげしげと眺めながら小首をかしげる。
「ビュース。お兄様は記憶喪失らしいですよ」
「へー?ちょっと見ない間に面白そうな男になったんだねー」
興味があるのかないのか微妙にわからないそぶりを見せるビュース。しかし褐色でこう、肌面積が多い格好ってのはなかなか良いものですな!眼福眼福。
「ビュースは風を起こして物を移動させるのも得意ですし、人型ですので色々入院生活ではお世話になってます」
「そーよー。私えらいのよー」
なるほど。それで介護者は必要ないわけか。
「でもマイシャちゃんが元気そうでよかったよ。今年中には退院できるんでしょ?」
「そうですね。このまま何事もなければ来年にはゼルヴィアス学園の高等部に入学できる見込みです。お姉ちゃんをはじめとした皆さんのおかげですね」
「そんなことないよ。マイシャちゃんが今日まで頑張ってきた成果だよ」
「そーそー。マイシャは頑張ったよー」
マイシャにビュースがしなだれかかる。マイシャは「恥ずかしいからやめて」と言いながらビュースの整った顔を両手でぐいぐい押すがビュースは意に介さずしなだれ続ける。
仲良しだなぁ。俺ってば未だに熱の精霊とはまともに会話できてないからなぁ……。俺も精霊とあのくらい仲良くなれるといいんだが。
「そかそか。ところで妹ちゃんは退院したら何かしたいこととかあるの?」
「やりたいことですか?そうですね…」
何の気なしにそう聞いてみるとマイシャは少しの間首をひねっていたが、やがて得心を得たとばかりに目を輝かせた。
「おいしいものが食べたいですね。病院食は食べなれてこんなもの、と思っていますが外にはもっと濃い味付けでもっとおいしいものがあるというではありませんか。だからおいしいものが食べたいっていうのが退院したら真っ先にやりたいことですね」
「なるほどね。じゃあ妹ちゃんが退院したときのためにおいしい店を探しておかなきゃな!」
週末の休みにはみんなで出かけるしその時にリサーチすればいいだろう。夢がひろがりますな!
「本当ですかお兄様!私、とっても楽しみです!」
「って言っても俺も昨日から今日まで見聞きしてきたものが世界のすべてだからなぁ。お店探し手伝ってくれる?ねーちゃん」
「もちろんだよ!近いうちに食べ歩きに行こう!」
「あ、お兄様、お姉ちゃんずるい!」
大人びた丁寧口調から年相応なセリフをマイシャが吐く。いけませんねぇ。それは俺の悪戯心を呼び覚ますってやつですよ!
「妹ちゃんは退院してからのお楽しみだな。せいぜいお腹を空かせておくがいいぜ」
「もー!お兄様、なんだかちょっと意地悪になりました!」
「それはおかしいな。俺ってば身内には超激甘なんだけど。なぁねーちゃん」
「そうなんだよ!聞いてよマイシャちゃん、昨日から弟君激甘なんだよ!」
「あーもう、お姉ちゃんにスイッチが入っちゃった。お姉ちゃんのテンションの管理はお兄様の担当だったじゃありませんか。ちゃんと手綱を握ってくれないと困りますよ」
「その話俺、初耳なんだけど」
会話に熱が入って少し騒がしくなる病室内。ネーシャの喋りに熱が入り始めると処置なしといった具合にビュースがお手上げのポーズをとるとそのままマイシャのペンダントに還っていった。
「あのー、そろそろ僕のことを紹介してもらってもいいかな…?」
病室の隅で影のようにたたずんでいたニアが呟いた。
ごめん、すっかり忘れてた!
小説内時間がまだ二日目という事実…テンポ上げた方がいいんですかね?
明日も0時投稿いけると思います!