精霊契約
30話です。
「なるほど。それはたいへんきょうみぶかい体験をしましたね、スレイお兄ちゃん」
一段落して本題である魂の臭いの変質、そして記憶喪失の件をヴァネッサに相談したところ可愛らしい思案顔を見せてくれました。
「記憶喪失の方はもんがいかんなので何も言えないです。それで魂のにおいの件ですが、過去のじれいが少ないので確実な原因はかいめいされていません。ですが、共通した特徴としてにおいが変質すると魂の容量が増えるみたいですね」
「魂の容量が増える?それは、えーとそれはどういう意味でどうなるんだ?」
「魂は人体が魔力をせいせいする概念器官です。人は魂から溢れる魔力を行使して精霊術や魔術を成立させています」
なるほどこの世界の魔術やら精霊術はそういう感じか。
「ちょっと読めてきたぜ。つまり魂の容量が増えると単純に行使できる魔力の限界値が上昇するということか」
サブカル愛好家的超解釈を披露するとヴァネッサは目をまん丸にして驚いている。やだ可愛い!
「おー!せいかいですスレイお兄ちゃん。飲み込みがはやいです」
そう言うとヴァネッサは赤いマジックペンを白衣の懐から取り出す。するとリコラが命じられるでもなくひょいっとヴァネッサを俺の頭の高さまで持ち上げる。持ち上げられたヴァネッサがニコニコ笑いながら俺の左ほっぺに一筆書きで何かを描いた。感触から察するに花丸ではないだろうか。…油性じゃないよね?
「ふっふー!賢いお兄ちゃんには花丸をプレゼントです。さて、話を戻しますですが魂の容量が上がるということは当然契約できる精霊の数も増やすことができるです。そこでこの子の出番なのです!じゃじゃーん!」
ヴァネッサは自前のかけ声と共に白衣のポケットから丸くて明度の高い白い石を取り出した。なんだろう。子ども特有の宝物なのだろうか。綺麗な石とか集めたよな。
「未契約の精霊石!?それも加工前の!?は、初めて見た…」
「かなり珍しいね。僕も加工前は初めて見るよ!」
俺のパッとしない反応から反比例するようにフィーネとニアは大仰に驚く。
「この精霊石の中には消臭の祖精霊が宿っています。これまで誰も用途を見出せなかったので倉庫の隅でほこり被っていましたです。でもスレイお兄ちゃんには無二の相棒になれる能力を持った子ですよ!」
消臭の精霊って…。確かに響きもパッとしないし用途も限られてそうだな。だが今の俺の現状の改善にはうってつけの精霊だってことか!
「その精霊の力で俺の魂の臭いを消してしまおうってことだな?」
「そういうことです!そこで新たに行う精霊契約についてですが、魂の変質が起こっているのでまず間違いなく魔力は上がっているはずですので契約のためのキャパシティには問題ないはずです。ですが万が一、ということもあるのでこちらの魔力測定器で現在の魔力使用量と容量を見てみましょう」
もし足りなくて魔人化しちゃったら目も当てられませんしね、と可愛くウィンクしながらヴァネッサが付け加えるとリコラが備え付けの棚からどう見ても血圧測定器のようなものを取り出した。…あれが魔力測定器なのだろうか。
「というか君は精霊なんだよね?俺の臭いとか大丈夫なの?」
そう言えば忘れてたけど摂理破壊の精霊以外だと今のところこの世界で会話が成立する初めての精霊なんだよね。リコラって。
「はい。先ほども申しましたように光の精霊です。ベルフォード様が本日ご来訪なさるというお話しは伺っておりましたのでこの実験室内はあらゆる悪臭を中和して甘い匂いに変換するお香を焚いておりますので」
にこやかにリコラはそう言う。なるほど。だから俺の前に立っていても平気なんだな。しかしこう、美少女(精霊だけど)に臭いだの悪臭だのと言われると、ちょっと興奮するな!彼女らにそんな意図は当然無いだろうけど。
そんなことを考えている内にリコラが手早く俺の左腕に器具を巻き付けてスイッチを押す。手慣れている。結構魔力測定にくる生徒とかいるんだろうか。それにしてもやっぱりどう見てもこれ血圧測定器だよな。あの圧迫感は好みが分かれるよな。俺は平気だが。
しかし予想された腕への圧迫はなく電子音を響かせるだけだった。こんな簡単にわかるんすね。
「あ、出ましたね…え!?」
「どうかしました……か?」
測定器の表示を見て固まったヴァネッサを追うようにリコラがその手元をのぞき込むと同じように固まった。
「…契約可能精霊数残り4オーバー?確かにもう既に一体契約しているはずなのに同等の精霊をあと4体契約できる上にその全てを全力行使できるだけの容量が、測定されています」
なんとかフリーズから立ち直ったリコラがそう告げると今度はネーシャ達からもざわめきが起こる。
「え、何?俺ってなんか変だった?」
「変よ!絶対おかしいわ!普通の軍人は2体契約が普通だけど全力行使はできないわ!」
「この学園の理事長の全盛期でも3体の全力行使がキャパシティいっぱいだったって話だよ」
「弟君はそこからさらに2体精霊を全力で行使しても問題ない魂の容量があるんだよ!すごいね!」
なんてこった!ということは俺ってば自覚がないだけで異世界渡航者特有のチート持ちだったのか!これは俺TUEEEEEな妄想が捗りますな。
「なるほど。やはり俺は最強じゃったか。マジ導かれてるぜ俺」
「これだけ容量があれば新たに精霊契約を行っても大丈夫そうですね」
「お兄ちゃんなら余裕だね!早速しょうしゅうの精霊と契約して嫌な臭いとはバイバイしちゃいましょう!」
洗濯用洗剤の売り文句を言いながらヴァネッサが白い精霊石を手渡してくれる。
あれ?そう言えば精霊との契約ってどうするんだろう?という今更感のある思考に及んだところで手渡された精霊石が発光してその中から人の輪郭だけをかたどった、不定型な姿の名状しがたい者が出現した。これが、精霊?
『汝、我との契約を欲する者か』
頭の中に直接響くような威厳を感じさせる声。俗に言う念話というやつだろうか。貴重な「こいつ、俺の脳内に直接…!」状態である。状況的にどう考えても目の前のよくわからない存在から発せられているものだろう。ちょっと感動。
『あれ?聞こえてないのかな?なんじー、我…僕との契約を欲する者…でしょうか?のはずですよね?え、あれ?違った?僕ってばぬか喜び?』
途端に威厳かき消えたな!生まれて初めての念話に独りごちている間に消臭の精霊さんは不安になったようだ。
『はぁ。まあそうだよね。臭い消すだけの精霊とか需用ないよね。僕と同じ頃に産まれた精霊なんてもう大精霊とかになっているのに僕なんて未だに中級よりは強いくらいだしなぁ。まぁでも久々に倉庫以外の景色見れてよかったな。埃の臭いやら薬品の臭いやら消すしか能のない精霊だしね。普通いらないよね』
いじけモードに入ったのか床にのの字を書き始める消臭の精霊。契約されなさ過ぎてコンプレックスにでもなっているんだろうか。いや、それよりも契約だよ契約。話が進まない。
「えっと、消臭の精霊さん、だよな?俺はスレイ。スレイ・ベルフォード。君と契約したい」
そういうと途端にがばっと名状しがたい存在は顔を上げて俺へと詰め寄る。
『……マジで?本当に僕でいいの?』
生まれて初めて告白されたオタクみたいな反応やめろ。不安そうに両手をもにょもにょさせるのやめろ。
「あ、あぁ。君じゃなきゃダメだ」
消臭効果に期待を込めているという意味で。いや、もちろん別の用途があるならそれに越したことはないんだけどね。
しかし何を勘違いしたのか芝居がかった態度で天を仰ぎだす名状しがたき者。
『あぁ、なんという僥倖。僕はこの時のために生まれたんだ。ならば僕に名前をつけてくれ。その瞬間から君との契約が結ばれる。僕は君から魔力を、君は僕から能力を。互いに与え合うパートナーとなる』
「名前?」
大げさな態度と枕言葉の後に妙な要求を入れてきたな。名前か。ペットとか飼ったことないからネーミングセンスは自信ないぜ。それに急に言われてもな。うーむ、消臭の精霊だろ?消臭、消臭…。
「………リッキー、なんてのはどうだろうか」
某消臭剤のアレである。元ネタ知られていたら間違いなくキレられるな。
『良い名前をもらった!この瞬間から僕たちの契約は結ばれる!』
え、そんな簡単に決めてもいいの?とツッコむ間もなくテンション高い不定形な消臭の精霊は輝きながらみるみる形を変えて縮む。やがてはっきりとした姿となり輝きが消えた。
「これからよろしく頼むよ、スレイ!」
「あ、あぁ。よろしくな」
そこにはこう、なんというか、どう見ても白いスカンクの姿をした存在がいた。…これ消臭の精霊だよな。消臭の精霊なのにスカンクの姿なのか…。ゆ、ユーモラスですね。
スカンク姿の消臭の精霊はまたしても輝くと俺の手に持った精霊石へと消えていった。精霊ってよく光るんですね。
「契約成功だね、弟君!」
「精霊が形態固定するところ僕、初めて見ちゃったよ!」
「ま、スレイなら当然よね」
ネーシャ、ニア、フィーネから三者三様の感想をもらったがなんか釈然としない。精霊契約ってこんなに簡単な感じなのか?しかもまた知らない単語が出てきてるし。
「おめでとうございますお兄ちゃん!これで問題かいけつですね!」
ヴァネッサがそう一言で締めたところで鐘が鳴った。昼休憩の終わりを告げる前の予鈴である。予想より時間がかかっていたらしい。
「ありがとう。ヴァネッサ。本当に助かった。今度何かお礼をさせてくれ」
「そんなそんな、気にしないでください!私はキャッシーちゃんに頼まれて好きでやっただけですから!」
一丁前に謙遜をしてくるメガネ美幼女。かわいい。しかし世話になっておいてその言葉を鵜呑みにはい、じゃあお終いですとはいかない。礼には礼を。基本である。
「そうはいかないぜ。また今度絶対お礼をするよ。じゃあ、俺らは授業あるから、またな!」
俺はそう締めくくってネーシャ達と精霊学実験室を急ぎ足で出た。眠たい午後の授業の時間である。
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