テンプレ主人公・・・ですか?
3話目です
気がつくと突然雑踏に放り出されたかのような騒がしさを感じた。目が覚めたとかそういう感じではない。暗所から急に明るい所に出た時のようなまばゆさを感じながら目を見開くと、俺はどうやら校門をくぐった所だったらしい。
「……えっ?」
いや、まて。おかしい。俺には立ったまま寝る、みたいな特技は未習得だったはずだ。ましてや寝ながら歩くとか一体どこの繰り返す物語の初代ヒロインの内の一人だ?
「どうしたの弟君?」
「なんか変なことでもあった?スレイ」
まて。やばい。この二人の美少女見覚えある。ついでにこの校門とか、目の前のやったらでっかい施設もよく見れば見覚えある。もちろん来たことはないけどすっごい最近見た。
片方はたなびく長い亜麻色の髪、空色の綺麗な瞳。清楚にして可憐をそのまま体現したかのようなお姉さん然とした美少女。
もう片方は肩にかかるくらいであろう赤みがかったセミロングを束ねてポニーテールにした勝ち気な印象を与えるつり気味の目が印象的な美少女。
俺はこの二人を知っている。だってさっきまで液晶に映っていたのだから。
俺は寝起きにしては覚醒している頭を抱えてその場にうずくまった。
「お、弟君!?」
「何!?大丈夫!?」
「い、いや、ちょっと立ちくらみしただけだ、よ。すぐに良くなる」
整理しよう。まだ目覚めてから数アクションしかしてないが事態はがっつり動いている。というか動いていた。
まず、俺に兄弟姉妹はいない。俺を「弟君」と呼んで甘やかすお姉さんキャラは周囲にはいない。そして俺のことを「スレイ」なんて痛い名前で呼ぶ女性も周囲にいない。
そして俺は立ったまま寝る特技はない。もちろん寝ながら歩くことも未習得だ。しかしこの二人の反応を見るに今まで一緒に歩いていた可能性まである。
あと俺の声が全然違う。俺はもっと低めの声だったはずだ。こんなハスキーで小気味よい声は出せない。
さて、以上の事柄からこの事態を推察するに、これが無茶苦茶出来のいい明晰夢であるという可能性を除けば自ずととある可能性にたどり着く。
「くはー……。もしかして『サブカル作品転移もの』かぁー…?」
二人にも聞こえないような蚊の鳴くような声でそう呟く。
そう。ある程度修練を積んだオタクならまず間違いなく一度は妄想したことのある展開である。 自分の好きなゲームやら漫画作品のキャラにに自分が入り込んで無双するって妄想がマストポピュラーだ。
それが実現しちゃうとかいう夢いっぱいの題材が『サブカル作品転移もの』である。創作ファンタジー小説でよく見かけるアレだ。
しかも今回は俺のことを「スレイ」と女の片割れが呼んでいた。もう片方の姉キャラも俺を「弟君」と呼んでいた。
つまり「主人公憑依タイプ」だ。状況的にどうやら外殻が主人公の「スレイ」で人格がこの俺、「鈴木康太郎」なのである。どうしてこうなった。
いや、本当にどうして俺なんだ。こういうのって原作とか設定とか読み込んで作品に特別な思い入れのあるやつに起こる現象なんじゃないの?創作小説の展開的には。
原作も知らないアニメも一話しか見てないにわかもいい所、っていうかこの作品に関してはにわか以前の問題の俺がなんで喚ばれちゃうの?なんなら祐司の方が可能性あるだろ…。なぜに俺が導かれたし。
ともかく、今後この世界で生活していく可能性がある以上主人公「スレイ」のふりをしなければなるまい。
と、冷静な部分の俺はそう結論を出したが実際俺の胸中は不安やら疑問でいっぱいだ。夢なら冷めてくれマジで……。
「スレイ、具合悪いならネーシャさんに治してもらいなよ」
「そうだよ。お姉ちゃんに遠慮しちゃだめなんだよ」
「い、いや、大丈夫。もう治ったよ。姉さん、とフィーネ?」
「なんで疑問系なのよ!?」
「いやちょっと自信なくて」
「なんでよ!合ってるわよ!そこは自信持ちなさいよ!」
反応を見るに間違えずに名前を言えたらしい。…予備知識一話一回分のみってきっついな。幼なじみのフルネームわかんない。なんなら今の自分のファミリーネームもわかんない。後の祭りだがエンドロールしっかり見とくんだったな……。
あとアニメではわからなかったが、ネーシャの口ぶりから彼女の精霊の力は回復系らしいことがわかった。アニメ一話の情報限界早すぎぃ……。
そう。精霊である。この世界を題材とした原作小説の『摂理破壊の精霊使い』という名前のとおりこの世界では精霊が闊歩している。
下級~上級に振り分けられた精霊達がこの世界の現象を司っているとかそういう感じだったと記憶している。
精霊はその辺を漂っているらしいが魔力を通さないと視認できない&物理的顕現が出来ない。中級以上とは意思疎通可能で、スレイ含め学生達は中級以上の精霊との契約を義務づけられている、らしい。うろ覚えでも結構覚えてるもんだな。
この国をぐるっと囲む立派な城壁の外、外界で活動が活発化している魔物達に対抗する人員を育成するための施設がこの学園である。
スレイ(俺)は外界で戦うための力をつけるためにこの学園に入学した。その入学式が今日である、みたいだ。
一話を一度しか観ていないのでバッチリ正解かはわからないが多分大体こんな感じだ。
とりあえずわかることは、今は余計ないざこざが起こらないように「スレイ」を頑張って演じることだ。これからの方針やらの考え事は一人きりになったときまで我慢ですよ。
「なんか今日の弟君いつもとちょっと違うね。入学式で緊張してるの?」
「そうよ。いつもはからかわれる側なのに調子狂っちゃうわ」
「そ、そうかもね……。俺はきっと緊張してるんだ」
「「俺?」」
二人の美少女が声を揃えて疑問符を浮かべる。……早速まずった。スレイの一人称は「僕」だった。
「変…かな?校門をくぐったら心機一転、これからは自分のことは俺と呼ぶことにしたんだ」
一応理由としては通る……だろうか?感覚的には高校デビューに近いアレだが。
いきなり見知った人間の態度がおかしくなるのはこれからの生活を考えると避けたい所だ。
ここは精霊とかいう超常の存在がいるわけだし、怪しまれて研究機関なりなんなりでネズミさん役をさせられる可能性もきっとゼロではない。とにかくなんとか取り繕わなくては。
「そうなの?ちょっとは男らしくなったのかしら」
「お姉ちゃん的にはいつまでもかわいい弟君でいてくれたらうれしいなぁ」
なんだこの姉のダメ男製造器感。めっちゃ養われたい。
「まぁいいわ。はやく行きましょ。入学式に遅れちゃうわ」
「じゃあ私は1年生の会場への誘導があるから……弟君、本当にお姉ちゃんの治療いらない?」
「だ、大丈夫だから。ほら、子ども扱いしないでくれよ」
「そう?じゃあお姉ちゃん行くけど、もし病気かも?大怪我かも?って思ったらおねーちゃん助けてーって叫ぶんだよ!」
そう言って俺の姉らしき人、ネーシャは去って行った。
というかそんな風に叫ぶような恥ずかしい事態はそうそう起こらないだろ。起こらないよね?
「ネーシャさんは相変わらずね。弟としてはどう思ってるの?」
「スレイ君はそろそろ自立しないと姉に養われるだけのダメ人間になりそうです」
「あっはっは!自分のこと名前で呼んじゃうとかかわいい。そんな風にかわいい内はネーシャさんが離してくれないわよ。きっとね」
あ、じゃあもう姉ルートでいいです。恋愛なぞいらんのです。姉から注がれる家族愛があればそれでいいのです。偉い人にはそれがわからんのです。
冗談はさておき、どうやら切り抜けたっぽい?「スレイ」をやれている自信はないが貴重なサンプルとして捕獲されないためにもなるべく違和感のない行動を心がけたい所である。
「ほら、もう行きましょ。本当に入学式に遅れちゃう」
俺はフィーネに腕を抱え込むようにとられて引っ張られる。
あ!?すごい!これアニメで見た構図そのままじゃねーか!バッチリ腕がおバストに当たってる当たってる!これがあててんのよってやつですか!これはいいものだ!うっひょーい!
そのままぐいぐい引っ張られて俺は鼻の下を伸ばしたまま会場に連れて行かれ、備え付けられた椅子に幼なじみっぽい人、フィーネと隣り合って座ったのだった。
遅刻寸前に入場したので最後列の席だった。