主人公補正についての考察
28話です。
食堂では既にネーシャが待っていた。ミッシェルと話し込んでいたのでそれなりに待たせてしまったかも知れない。
「ねーちゃん。待った?」
「あ、弟君今朝ぶりだね。私は今来たところだよ」
どちらからともなく俺はネーシャと抱き合う。うん。やっぱり抱き心地最高だな!
「ふふ。ついこの間までは弟君ってば人前でハグはやめてぇー、って嫌がってたのに。私的には大歓迎だけどね」
「そのちょっと前の俺は人生をかなり損してたみたいだな。俺はねーちゃんのぬくもりを感じられてすげー安心するぜ」
「私も一緒だよ。弟君の側は安心するなぁ」
公衆の面前で抱き合う俺たちを食堂にいる連中がぎょっとした顔で見ている。次いでその大半は嫉妬と怨嗟の籠もった目に変わって俺を見てくる。
なんという優越感!なるほど。テンプレ主人公が周囲から嫉妬を買ってまで美少女を囲う理由がわかる。これは気持ちいい。今俺はお前らより幸せなんだぜ?っていう全能感。これ味わってたらテンプレから無理に外れようとは思わねぇな。いやー役得役得。
「いつまでそうしてんのよ!ご飯食べる時間なくなっちゃうじゃない!」
「あ、そうだね。ごめんごめん」
フィーネの言葉で我に返ったネーシャが名残惜しそうに俺から離れた。俺も名残惜しいわぁ…。まぁ次の機会があるさね。
合流した俺たちは連れ立って金属の立方体、一言で言うと券売機の前へと移動する。…券売機普通にあるな。この世界の技術力に関しては街に出てから考察するとしよう。文字はこっちの世界の物で違和感割とあるが。とにかく購入しないとな。後ろがつっかえるし。
透明なケースの内側に並ぶ商品サンプルを見ながらうんうん唸る。
うーむ、この日替わり丼のマグロ丼が良さげだな。他の商品の価格を見比べても銅貨五枚は安い部類だし何より俺の口がもうマグロ丼の口になっている。昨日も思ったが異世界に来た気がしない。米が食えないかもしれないという心配がないのはありがたいが。
俺は硬貨投入口にしか見えない隙間に銅貨を五枚流し込む。5ゼルである。するとやはり5ゼル以下の表記となっている商品のランプが点灯する。これ完全に券売機だ。
「スレイとネーシャさんって本当に仲良しだよね」
迷わず日替わり丼の食券を買ったところでニアが話しかけてきた。
「俺の感覚的には昨日会ったばっかりなんだがね。でもそれ言うなら俺とニアも一日でかなり打ち解けてない?どうする?ハグしとく?」
「ハグしとく?じゃないでしょ!えっち!」
「いや、今のお前は男子生徒だし。ただ友達同士でじゃれ合ってるようにしか見えないよ。だから、さ。ほら」
「ほらじゃないよ!人前でそんなことできないよ!」
「なら部屋でならいいのか」
「部屋でならいいかな」
「えっ」
「えっ。あっ!違うの!違うくて!あーうー…」
リンゴみたいに顔を赤くするニア。
…イケメン主人公最強だな。やっぱりテンプレ主人公は偉大だった。
というかなんだこの好感度イージーモード。出会って一日で見せる態度じゃないよ?割とセクハラ紛いな発言もしているのに。今まであんまり気にしてなかったけどこれは「スレイ」の特殊能力か何かなのか?それとも単に魅力が振り切れてて出会う女子を片っ端から魅了しているのか?
いや、それはソラニン女の低好感度が否定している。なんにせよニアと俺との好感度はちょっと異常すぎる気がする。まだ魔獣から襲われるところを颯爽と助ける、みたいな定番イベントも踏んでいないのにこの有様だ。相性がいいのか?
それともニアが異常にチョロいだけか?男性に免疫がないのか?いやそれならドジャーにもっと興味を持っても良さそうなもんだが。俺が女ならドジャーは放っておけないレベルでいい男だと思うし。あ、でもニアはドジャーがチンピラ撃退したこととか入学式の話は知らないのか。
あれ、でも俺もドジャーとも会って一日なのにかなり仲がいいな。やっぱりスレイの魅力なんだろうか。主人公補正なのだろうか。うーん。考えてもわからんな。とりあえずスレイの外見は魅了効果絶大で高感度に大きく補正がかかる。そう認識しておこう。
「ネーシャさん、ネーシャさん。あの二人怪しくないですか?昨日が初対面なのにちょっと仲良すぎですよ」
「そうだねフィーネちゃん。昨日の夜に何があったのか気になっちゃうね」
「よ、夜!?夜に一体何が…。私気になりますネーシャさん」
「私も一度でいいからそういう場面に出くわしてみたいなぁ」
ゲスの勘ぐりと妙な妄想はやめてくれよ。
さておき昼飯である。もう全員食券は購入したらしく後は列に並んで商品を交換していくだけである。特に滞ることなく俺たちは商品を受け取るとテーブルの一つを囲んだ。
この食堂、結構広くテーブルの数も多い。しかも二階建てなので学生で満席、となることもなさそうだ。昼時で出遅れたというのにそこかしこに空席があり、おかげで特に問題なく4人とも座れた。まだ追加で座るスペースさえある。
「広い食堂だな」
「この学園の施設はなんでも大きくて広いからねぇ。私も入学したての頃は弟君みたいな感想を持ったものだよ」
そう言ってネーシャがコーンポタージュを優雅に音も立てずに口に運ぶ。
そういやコロッセオも学生寮もかなり大きな造りだったな。ドーム状のコロッセオはでっかいコンサートホールにさらに高さがあるようなもんだったし学生寮はちょっとした高層マンションだし。
「さすがは中央だよね。僕も昨日はお上りさんみたいに目を丸くしちゃったよ」
「領内のミドルスクールとは比べものにならないものね。ニア君はどこの領から来たの?」
フィーネが何気なしにそんな言葉を投げかけるとスコーンをモグモグ食べていたニアがピクッと反応する。おっと、これはフォローすべきか?
「僕はセンチュリー領出身だよ。こっちと比べるとやっぱり田舎だなって思っちゃったね」
俺の心配は杞憂だったらしい。そっか。何も考えてないわけないよな。どうやらニアはセンチュリー領という所の出身という設定らしい。
「スレイや先輩は確定として、フィーネさんもやっぱりベルフォード領から?」
「そうね。ルナマルソー家はベルフォード家と懇意でね。元々はルナマルソー領にいたけど私が教えを請いたかった家庭教師がベルフォード領から離れられない人だったからベルフォード家で居候させてもらってたわ。それでスレイと知り合って幼なじみやってるわ。まぁ腐れ縁ってやつよ」
なるほど。俺とフィーネはそういう馴れ初めだったわけか。で、幼い頃からスレイの魅力に当てられ続けてファンクラブを設立しちゃった、と。愛されてるねぇ。
「あ、僕も家庭教師派でした。ミドルスクールでもよかったけどやっぱり一回の勉強の質が違いますよねぇ」
「それもあるけど私は魔力循環に適性があったから。だからそれを伸ばせる師に教えを請いたかったのよ」
「なるほど。それは郊外実習が楽しみだね」
「郊外実習?」
俺は知識のない単語に反応して疑問符を投げる。それに応えたのはフィーネだった。
「あぁ、忘れてるのねスレイ。郊外実習っていうのは将来魔獣対策部隊『シールド』に入隊するために必須の実戦を体験するための実習よ。教員の監視下の元、郊外の最も浅瀬の弱い魔獣を討伐することを目的としているわ」
知ってて当然です、という教師然とした態度でフィーネは説明すると、音も立てずにスパゲティを口に運ぶ。さすがみんな貴族だな。なんだかみんな上品に食事してる。俺も見習うべきか?でもマグロ丼はどんなマナーで食べればいいんだ?どう食べれば上品に見えるんだ…?
さておき新しい疑問が生まれたな。聞ける時に聞いておこう。不都合はないはずだしな。
「郊外の浅瀬は弱い魔獣だけなのか?なんで?」
「郊外の浅瀬とされているのは城壁をぐるっと囲む森林地帯なんだけど、その木々の配列を調整して形成した魔法陣が結界を形成して中位精霊以上と精霊融合した魔獣を寄せ付けないの。詳しい原理や理屈は私にはわからないけど」
なるほどそういう設定か。風水を用いた平安京みたいなもんだと認識しとこう。しかし異世界でも結構似たようなこと考えるやつがいるもんだな。いや、これは作者が考えた設定なのかも知れないな。俺には判断つかないが。
「その結界はなんでも稀代の天才精霊学者が作ったらしくてね、噂では今年の筆記主席入学生が考案したんじゃないかって話だよ。たしかヘルムント家のご息女だったんじゃないかな」
あぁ筆記主席と言えば、スレイと一緒に会長に劣等感を与えた片割れか。そんな凄いやつなのか。しかしあれだな!筆記試験主席ってことは、勉強できる=メガネキャラという古来から続く神が創りたもうた様式美を遺憾なく発揮できるキャラの存在を仄めかしてきましたな!これでメガネキャラじゃなかったらぶっ飛ばすぞ原作者ァ!!
「そういえば弟君、会長さんに精霊学実験室への紹介状もらってたよね?ヘルムントさんは授業を免除されてそこで精霊学の研究を任されたみたいだよ」
マジか!早速新キャラとの遭遇フラグが立ったな。これは期待せずにはいられない。
「そうだったな。じゃあ飯食ったら行ってみるかな。次の授業までまだ時間あるみたいだし」
「私もヒマだしスレイについていくわ」
「じゃあ私も」
「じゃあ僕も」
フィーネに乗っかってネーシャもニアもついてくることになった。ぞろぞろ連れ立って迷惑かもな。注意されたら次回から気をつければいいか。
本日から0時投稿予定です。