初登校
ゲリラ投稿です。
22話です。
食堂で朝食をニアととって、支度を済ませて外に出ると既にネーシャとフィーネが待っていた。これでも結構急いだつもりだったが彼女らの熱意が勝っていたようだ。
「もう、弟君ったら。女性を待たせるなんてどこでそんな駆け引き覚えてきたの?」
「そうよ。あたしたちを待たせるなんて随分偉くなったものじゃない」
のっけから随分な物言いである。表情は二人ともいたずら好きそうな可愛げのある笑みだ。スレイってばいつもこんな調子でいじられてんの?ひょっとしてドMだったんだろうか。ちょっと気が合いそうね。
いや美少女にからかってもらえるとかいたずらしてもらえるとか凄い役得だぜ。今朝のニアのいたずらと合わせて三人分。朝だけでこれだけの役得感とか、俺の未来はバラ色かも知らんね!
「いや、普通に支度してたら既に二人がもう待っていたんだよ。そんなに早く俺と会いたかったの?」
お返しとばかりにそうからかってやるとフィーネは面白いくらい取り乱す。
「は、ハァ!?何言っちゃってんのあんた!べ、別にあたしそんなつもりはな、くはいんだけど!?」
フィーネがツンだかデレだかわからん対応をしてくる。顔は言わずもがな赤い。
「フィーネちゃんって心の葛藤が口に出ちゃって逆ギレ気味になるときあるよね。お姉ちゃんは会いたかったよ弟君!」
「俺もだぜねーちゃん!」
ネーシャが俺を抱きしめる。俺も彼女の背中に手を回す。相変わらず胸は餅つきしてるような音みたいだが包容力は聖母級だ。あーめっちゃいい匂いするわー。やわこいわー。役得だわー。
「えっとお姉さんと仲がいいんだね、スレイ」
少し遠巻きで俺の様子を見守っていたニアがそう言う。何?うらやましいの?あげないよ?この姉は非売品です!
「あなたはひょっとして、弟君のルームメイト?」
ネーシャは俺を解放してニアに向き合う。あぁ、もうちょっと味わっていたかった。なんか常習化する甘い毒めいた魅力があのハグにはあるぜ…。
「はい。僕はニア・セルリアンといいます。あなたはネーシャ・ベルフォードさんですね?お噂はかねがねお聞きしております」
「これはどうもご丁寧に。私がネーシャです。弟君がお世話になります。どんな噂が流れてるのかは気になるけど先に紹介を済ませちゃいましょうか。こっちが私たちの幼なじみのフィーネちゃんです」
「フィーネ・ルナマルソーよ。ネーシャさんの説明どおりこの濃い二人の幼なじみ。よろしくね!」
「よろしく。フィーネさん」
和気藹々と自己紹介が行われるがどちらも知ってる俺としては微妙に入りづらい話題ではある。てかフィーネってそんな家名だったのね。ん?家名?
「なぁニア、お前家名とか伏せなくて大丈夫なの?どこぞの貴族から隠れるために学園に来てるんだろ?家名が漏れると面倒くさいんじゃね?」
俺はニアに小声で訪ねる。これで実は未対策でした、とかだったら今のうちになんぞ対策を考えねば彼女は安寧から一歩遠のく。昨日知り合ったばかりだが俺はニアが気に入っている。だから彼女が痛手を被るなら力になってやりたいとは思う。
それはネーシャでもフィーネでも会長でもドジャーでも、あとほんの心の片隅で馬鈴薯でも同じことが言える。やっぱちょっとは主人公らしいことをしないことには導かれた甲斐がないってもんだしな。うん。
「あぁ、大丈夫大丈夫。セルリアンは偽名だよ。元々僕は五女で末っ子だったし社交会にも滅多に出なかったし家名を伏せるだけで効果は抜群なのさ」
俺に習ってニアも小声で耳打ちしてくる。どうやら俺の心配は杞憂で済んだらしい?いや、俺が言うのも何だがニアはちょっと世間知らずのきらいがあるように思う。
貴族社会のことはいまいちわからないが彼女の言うことを鵜呑みにするだけで何もしないって選択肢は悠長か。そもそもこの国の貴族がどんなものなのかちょっと見当がつかない。この世界の貴族についても勉強した方がいいかもなぁ。
「ネーシャさんネーシャさん、ニア君ってすっごい美少年ですね。女の子かと思いましたよ」
「そうだねフィーネちゃん。弟君を越える線の細さの美形だね。総合的な美少年度は同じくらいだけど」
「なんか内緒話してますよ。かわいいですね。美少年同士の耳打ちって凄く絵になりますねネーシャさん!」
「そうだねフィーネちゃん。私今とってもキュンキュンしてるよ!」
俺の心配を余所になにやら二人が盛り上がってる。あれか。ホモが嫌いな女子はいませんってやつか。だが残念。いたって健全な性別ですよ我々は!あ、でもニアの顔が近いのは確かにドキドキするわ。
「だから心配いらないよ-…ってスレイ、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
彼女の可愛さは性別を問わないということはよくわかった。守りたい、この笑顔!
☆☆☆
学園への並木道を美少女三人と連れ立って歩く。それなんてラノベ?って聞かれたら俺は迷わずタイトルコールしちゃうところだね。
ここは昨日学園から寮へ帰っている時にも通った道だが。まだまだ自信のない道なので美少女達から一歩引いて俺は歩く。前を歩くフィーネとネーシャは早速ニアと打ち解けたようで好きなデザートの話とか他愛のない話をしている。
「…-じゃあネーシャさん、今日のお昼は学食にしますか?」
話題が切り替わって今日の昼に食堂でお昼の話になったらしい。
「そうだね。弟君、お昼誰かと食べる約束してる?してないならお姉ちゃんと学食でお昼一緒しない?」
「特に予定はないしご一緒させてもらうよ」
「えっと、僕もごいっしょしていいですか?」
「もちろんだよニア君」
学食か。寮の食堂もうまかったが学園の方はどうだろう?胸が躍るな!
ん?そういや学食の方はタダなんだろうか。というかその前に。
「なぁ、すっごい恥ずかしいこと聞きたいんだけどいいかな」
「スレイ、あんたいきなり何言い出すのよ」
「すっごい恥ずかしいこと!?スレイのえっち!」
「え?お姉ちゃんの恥ずかしいことが聞きたいの?…ちょっとだけだよ?」
切り出し方を間違えたらしい。というかネーシャは教えてくれるのか。すっごい気になるがそれは邪魔の入らない時に楽しみにとっておくとして、
「いや、そうじゃなくてな。その、お金…貨幣価値について教えて欲しい」
3人ともあぁ、なるほどという表情をする。次いでネーシャがポケットからかわいらしいピンクの皮財布を取り出し、その中からそれぞれ金、銀、銅色の硬貨を取り出した。
「この銅貨一枚が1ゼル。一枚でリンゴ一個買えるよ。銀貨は10ゼル。銅貨十枚分の価値があるよ。金貨は100ゼルで銀貨十枚分ね」
わかりやすくて良かった。これで作者が勘定に12進数なんぞを採用していようものなら自宅まで押しかけて平手をくらわせてやるところだったぜ。住所知らんし帰れるかもわからんが心に誓うところだった。
あと説明はなかったことから紙幣はないことが窺える。
「なるほど良くわかった。ちょっとだけ人類社会に溶け込めた気がするよ」
「弟君は大げさだねぇ」
いや、大げさでも何でもないんだよな。早くなんとかこの世界の一般常識を身につけたいところである。
そんなことを考えているうちに校門の前にたどり着いてしまった。
「ん?あれは…」
校門の前には風に揺れる立派な金髪建てロールの美少女、生徒会長キャサリン・リリアーノが立っていた。馬鈴薯女ことエイジャもいる。こいつのファミリーネーム知らねーな。
「ごきげんよう。お待ちしてましたわスレイ君」
「あれ、会長とはなんか約束してましたっけ?いやいや、待たせてしまったみたいで申し訳ない。どういったご用件だったんですかね?」
「いえ、そう気に病まずに。わたくしが勝手に待っていましたの。エイジャ」
「はい」
会長が優雅な仕草で扇で口元を隠してポテトに何事か指示を出すと妖怪身体穴開け女は俺に二枚の書状らしきものを差し出してきた。
「これは?」
「貴様の身を案じて会長がご用意してくださった精霊学実験室と王国病院への紹介状だ」
「魂の臭いについてはこの学園の精霊学実験室で、記憶の件は王国病院で相談をするとよろしいですわ。金銭面はベルフォード辺境伯が負担してくださるみたいですので心配はいらない、とのことですわ」
ああ、そうだよな。周囲から神童扱いされてたスレイだもんな。そりゃ手厚くサポートしてくれるか。それに辺境伯家か。スレイの実家って凄そうだよな。豪邸でも建ってるんだろうか。俺にとっては他人の家みたいなもんだが。
「辺境伯もさぞご心配なさっているでしょう。一度実家の方に顔を出してはいかがかしら」
「そのうちそうするよ。ありがとう会長。すげぇ嬉しいよ」
「それは良かったですわ。それでは私は始業までの間に執務がありますので。またお会いしましょうスレイ君」
そう言って会長は学園に入っていった。終始扇で口元隠していたがあれは悪癖に見えなくもないな。今度ちょっと注意ついでにからかってやろう。そうしよう。
「あれ?グスタフさんは一緒に行かないの?」
ことの成り行きを見守っていたネーシャがそう言う。誰、グスタフさんって。
「あぁ。ネーシャ先輩。私は風紀委員もやっていますから。会長のご指示もあってここで風紀を乱す生徒がいないか見張っているのですよ」
ネーシャの問いに答えたのはジャガイモガールことエイジャだった。こいつのファミリーネームか!エイジャ・グスタフってなんか厳つい響きだな。
てかこいつも役職兼任者かよ!確かに規律規律と何かとやかましい脳筋だし風紀委員には適任ではあるかも知れないが。
「特にスレイ・ベルフォード。貴様は昨日狼藉を働いた身。既に我が心のぶっ殺手帳に名前入りだ。どんなときも私が監視していると思って規律正しい学園生活を送ることだな」
ぶっ殺手帳て。こいつ人生楽しんでいるな。
「特に我々と同じ新入生のジャック・ジェラードという男子生徒、こいつは要注意人物で私のぶっ殺手帳ランキングで貴様を押さえて首位の地位に輝いている男だ。一緒になって悪巧みなどするなよ」
入学早々風紀委員に目をつけられるとかロックしてるやつがいるな。(棚上げ)
「なるほど。ジャックね。ちなみに俺ってその手帳の中で何位なの?」
「二位だ」
「高っ!」
好感度皆無だな!こいつはハーレム要員じゃないんだろうか。
「当たり前だろう!私だけでなく会長まで辱めた件、昨日の今日で忘れると思ったか!」
「やだなぁ。あれは事故ですって」
「通るかそんな言い訳!」
こいつ全然カルシウム足りてないわ。しかしそんな俺を越えて危険視されているジャック・ジェラードとはどんな人物なんだろう。あの決闘の件を越えて要注意人物とか激しく好奇心が揺さぶられるんだが。機会があれば訪ねてみるのも面白いかも知れない。
と、そこまで考えたところで聞き慣れ始めたリンゴーンという鐘の音が鳴る。もうすぐ始業である。
「む、鐘が鳴ったか。初講義に遅れるわけにも行くまい。私はもう行く。貴様もクラス分けを確認したら遅れぬように行くのだぞ」
「お前は俺のオカンか」
とりあえずこいつが意外に面倒見がいいやつだということはわかった。好きか嫌いで言えば面倒くさいって感じの微妙なポジションだが。
「誰が貴様のオカンか!記憶喪失の影響で勘違いでもしたか?悪いが貴様のために腹を痛めた記憶はない」
「そいつは残念だ。機会があったら俺を子どもにしてくれ」
「…貴様は変な奴ではあるが、時折私の想像を超えて変な発言をするな。ぶっ殺手帳に注意ポイントを加算しておくか…」
そんな言葉を残して背筋をぴんと伸ばして颯爽と歩き去るエイジャ。軍人然としていてかっこよく見える。頭は色々ジャガイモで困ったもんだが。
「あれがジャガイモさんなの?スレイ」
「頭堅そうだっただろ?」
「あはは…」
ニアが同意するような渇いた笑いを返す。ネーシャもフィーネも同じような表情だ。
「それじゃあお姉ちゃんも行こうかな。お昼、学食で待ち合わせね、弟君!」
「わかった。またお昼に」
エイジャに続いてネーシャも鼻歌交じりに去って行った。うちの姉は今日もご機嫌である。
次は本日の晩に投稿したいところですねぇ…