男装美少女とかいう漢心をくすぐるジャンル
17話です。
医務室を出て学園の広大な敷地を歩くこと体感で10分余り、二つのそびえ立つマンション造りの建物の前に到着した。
それは高くそびえており、窓の数から目算するに12階建てはくだらないようだ。部屋数もかなり多い。
「着いたよ弟君。向かって右が男子寮で左が女子寮だよ」
「でかい建物だな」
「女子寮に間違えて入ってきたら寮長がどこからともなく躍りかかってくるから近づかないようにするのよ。昨日までのスレイでも不意打ちなら一撃もらうかもしれない練度だから変なことは考えないほうが身のためよ」
「お、おう。寮長がおっそろしい存在だと言うことはわかった」
妙な二つ名を頂くスレイですら初撃はもらうかもしれないとかやばいな!
空間ジャンプでもしてるんですかね?何者なんだ寮長。
「じゃあまた明日ね、スレイ。明日の朝、ここで待ち合わせて教室に行きましょう」
「わかった」
「本当は心配だから一緒にいてあげたいけど、今日はお姉ちゃんも帰るね。あ、ルームメイトと仲良くね」
門限でもあるのか二人は足早に、というか小走り気味に駆けていく。フィーネはそのまま女子寮に入っていった。ネーシャも最後にこちらを振り向いて手を振ってから女子寮に消えていった。
「んぁれ?ルームメイトって?」
あれぇ?なんか大事なことを聞きそびれた気がするぞ!?
詳しく聞こうにも二人とも既に女子寮へと消えた後だった。もしあの建物に足を踏み入れようものなら化け物扱いされる寮長に何をされるかわかったものではない。しょうがないな。
俺はポケットに手を突っ込んで会長からもらった鍵を取り出す。ホテルの鍵のように鍵からチェーンが伸びており、それは透明な立方体に繋がっている。立方体の中には【0306】という数字が入っている。俺の部屋は三階の六号室らしい。
「とりあえず入ってみるか」
二人の注意を思い出すように右側の寮、つまり彼女らが入っていった方とは逆の寮に足を進める。
木製のアンティーク感のある扉を開けて入ると玄関というよりはロビーな印象を受ける光景が飛び込んだ。ホテルよろしく従業員用のカウンターまである。
管理人が座るであろうカウンターの席にはタキシードに禿頭で長く白い髭をワシャワシャ撫でている爺さんが細い目をでこちらを見ている。この人が寮長なのだろうか。
「おきゃえりぃ(お帰り)。おょ、新入生かや?おにゃまえは(お名前は)?」
歯が悪いのかふにゃふにゃと喋る爺さん。聞き取りづらいが頭の中でなんとか翻訳する。
「あ、あぁただいま。はい。新入生のスレイ・ベルフォードです」
「ああ、でょぅも(どうも)。わしはエバンじゃ。寮長と管理人を兼任しちょる(しとる)」
エバンと名乗った寮長と管理人を兼任しているらしい老人はカウンターの下から分厚い帳面を取り出して「えー…」とか唸りながらバラバラとめくる。やがて必要な項目を見付けたのかとあるページで手を止めてペンを走らせる。
というかこの世界の登場人物色々兼任しすぎじゃない?会長とかダルムール決闘顧問とか。作者は登場人物を過労死させたいの?会長の肩書きとか絶対学生の手に負える仕事量じゃないんですが。
「あぁ。確認したよ。がくしぇいりょうへようこしょ。しゅれいくん。(学生寮へようこそ。スレイ君)」
やはり新入生の入寮に関する台帳だったのだろう。エバンはしわくちゃの顔で俺に笑いかける。俺も笑みで返すがそろそろリスニングがストレスだ。早く去りたいところである。
「鍵はもう貰っちぇいるね(貰っているね)?」
「はい。会長から」
「しょうかしょうか(そうかそうか)。部屋はしゃんかい(三階)じゃ。しょこかりゃじぶんにょへやをしゃぎゃす(そこから自分の部屋を探す)がえぇ。ほきゃににゃにか、しつみょんはありゅか(他に何か質問はあるか)や?」
「あー…」
どうしようか。本当はルームメイトについていろいろ聞きたいところではあるが、こうふにゃふにゃ言われても頭に入る気がしない。今でも結構翻訳に頭使ってるのにこれ以上文字数増えるとそろそろオーバーフローしてしまいそう。長文きっつい。
…もう普通にルームメイトと対面して色々聞いた方が早いな。寮長に聞くより早いとはこれいかに。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「しょれならよし(それならよし)。今日はちゅかれちゃ(疲れた)じゃろう。ちゃっぷり(たっぷり)休みなしゃい」
「はい。では失礼します」
最後まで発音の怪しいエバン寮長のいるカウンターを後にして階段を上る。エレベーターもあったがとあるトラウマで極力俺は避けるようにしている。
かなり立派な造りの手すりを眺めながら程なくすると3階のフロアに到着した。一番最初に飛び込んだ部屋の番号は【0301】。少し歩を進めると問題なく自分の部屋は見つかった。
それにしても言語はもちろん、数字も見たことない文字で書かれているな。スレイの補正だか異世界渡航特典だかで問題なく読めるが。実際この補正もわからんもんだ。
なんで歩くこととかにも齟齬が出ている現状で文字言語だけはバッチリなのか、とか。どうしてスレイの記憶はフィードバックされないのか、とか。まぁ喋れない方が都合悪いからこれは不幸中の幸いなんだが。
さておき、隣り合う部屋の間隔から察するに一部屋6、7畳はあるだろうかという感じだ。二人ならそれなりに広そうではあるが、そう言えば一部屋何人とか聞いてない。それ以上の人数なら多少狭苦しいかも。
そんな思考をしながら俺はドアノブに鍵を差し込んで回す。油が効いているのかさして力を入れずともたいした音もせずドアは開いた。
そこには学生服をベッドに脱ぎ散らかしてスポーツブラに女性用下着を着用したあどけない感じの顔をしたショートカットの美少女がそこにいた。
「えっ」
「えっ?」
目の前の光景に理解が及ばず思わず呟いた言葉に部屋の中の少女が反応して俺の方を見る。当然目が合う。
彼女は間の抜けた表情をしている。俺も同じような顔をしてるんだろう。
「…」
俺はそれ以上何もせずに扉を閉じる。カチャン、というオートロックが落ちる音がする。
おちつけ?俺。
そしてもう一度ルームナンバーを見る。【0306】だ。見慣れた文字じゃないが間違いなく【0306】だ。というかここは男子寮だ。女生徒がいるはずはない。
俺は短く深呼吸をしてもう一度鍵を開けて扉を開けた。
「南無三!」
そこには学生服は着ているものの、脱ぎ散らかしていたズボンの足が絡み、穿くのに四苦八苦している焦り顔をした、美少女だった。ワイシャツの下からのぞき見える下腹部にはやはり女性用下着が見受けられた。
胸部装甲はネーシャ並みかそれ以上に乏しいらしくスポブラをして尚平坦であったが、下腹部の下着はといえばいささか男の主張が弱すぎる。というか皆無である。
いやしかし、スポブラとはいえ着用して尚平坦って、それ胸抉れてる計算にならない?やばない?
「あああ、どうして開けるんだい!?もうちょっと待ってくれても良かったじゃないか!」
涙目でこちらを見ながら綺麗なハスキーボイスでなんか言ってるが気にしない。
この状況はもしかしてあれなんでしょうか!気になります!
「いや、なんか、ごめん」
「いいから扉を閉めて!」
なるほど。人が通りかかって見られるかもしれんしな。そりゃそうだ。そりゃダメだ。俺は扉を閉めた。後ろ手に。カチャーン、とオートロックがかかる音がした。
「どうして中に入ってくるの!?」
「え、だって扉閉めろって」
「外から閉めれば良かったじゃないか!」
そいつは盲点だったぜ!なんか無意識レベルで部屋に体が入ってたわ。本能ってすげー。(棒)
「まぁまぁ。そんなことよりズボン穿けって。あー、ズボンの足が蝶結びになってるじゃんよ。ちょっと深呼吸でもして落ち着きなって。どんだけテンパってんの(笑)」
「え、この状況でそんなアドバイスある!?…いいからあっち向いててよー!」
男装シーンを目の前で、いや初対面の女子の生着替えを目撃するとかいうレアケースに俺は遭遇していた。
まぁつまりあれだ。しっかりと「ルームメイトが女生徒。しかも平時は男装」というテンプレキャラの登場イベントを踏んだということだ。アルファベット二文字が略称のあの作品とか有名じゃんね。それそれ。こんなすぐにバレるのはちょっと類を見ないが。
しかも男かも?という先入観を持つ間もなかったのでもうばっちり美少女で認識しちゃったぜ。その属性をアピールする前に性別を見破られる男装女子とかこれもう既にキャラとして成立しなくなっちゃってるのでは。
なんにせよどうやらこの世界は主人公のスレイたる俺に色々おいしいイベントを定期的に供給してくれるらしい。ちょっとスパン短すぎな感じがしなくもないが。
「やっぱ俺ってば導かれてんなぁ!」
「あっち向いててよー!!」
そんな叫びは無視して名も知らぬ男装女子のあられもない姿をこれでもかと目に焼き付ける。
テンプレ食傷気味とか言ってごめん。この展開は大好物でしたわ!
次話は12時に投稿予定です。