ガンジー作戦
11話です。
そして現在に至る。少しばかり長い前置きだったがそういうことなのだ。
「覚悟はよろしくて?」
「ま、まぁあきらめにも似た覚悟は出来たかな」
「戯れ言を。ベルフォード家の、入学実技試験一位の力、見せていただきますわよ!」
舞台の端の方にそれぞれはめ込まれた白い木板、その2対のラインを踏むようにして俺と会長は向き合っていた。
げっそりと言葉の応酬のようなものをすると周りの空気がいよいよ始まるとばかりに震える。
台形に突起した決闘の舞台。隆起した舞台と地面との差は丁度大人一人分くらい。そこそこ高さがある。
それを囲むように観客席が設置されている。そこからは割れんばかりの大歓声が鳴り響く。どこからそんなに集めたのか満員とはいかないが結構な人数が見物に来ていた。
四方に設置された大型モニターが俺と会長のいる舞台を映している。どの席にいても観覧できる計らいのようだ。
入試トップと次席が試合うってのは確かに目立つだろうがさっき決まった対戦カードにしてはちょっと人が集まりすぎのようにも感じる。
その中心にいる俺はというと緊張で胃の辺りが痛い。割と憂鬱な気分だ。
そんな俺を金髪を縦にロールした巨乳のお嬢様然とした美少女、生徒会長キャサリン・リリアーノがこちらをにらんでいる。
まるでアニメから出てきたように整った美しい容姿を凜とした佇まいがより一層際立たせて芸術品のようである。
「がんばれー!弟君!怪我しても私が治してあげるからねー!」
「そうよスレイ!会長なんかに負けないで!」
俺の姉らしき人と、幼なじみらしき人が周囲の野次にまじってセコンド席から激励の言葉を投げてくる。怪我は、なるべく少なめがいいなぁ…。
「会長!そんなやつ一ひねりです!ぶっ殺せー!」
エイジャもこちら側の二人に負けずに激励する。周囲のボルテージは最高潮に達している。
『両者の位置が白線の外側にあることを確認。時間・場外及び精霊の行使は無制限。ただし殺生に関わる攻撃には介入させて貰う!どちらかが気絶するまで戦いは終わらぬ!それでは、これよりキャサリン・リリアーノ対スレイ・ベルフォードの決闘を開始する!』
決闘科筆頭教師兼学園決闘指南役教師、ダルムール・エヴェンギッサがマイクを片手に決闘の開始を告げるとブザーが甲高い音で鳴り響いた。それがゴングとなった。
会長の手に持った鎖が一度、宙で脈打つように踊って地を打つ。その光景は見覚えがある。アニメ一話で見た光景だ。
振るわれた鎖、その先端にあしらわれた宝石から彼女と同じ瞳の色に燃えた紅蓮の獅子が現れる。ライオンさんである。しかも普通のライオンさんよりも二回りほど大きい。
遠巻きながらもその巨躯からにじみ出る威圧感に足が竦みそうになる。その口の端からちろちろと炎が漏れ出て踊っている。こんな状況だがそれは神秘的に見えた。
俺は慣れてない足を叱咤激励して落ち着かせる。ついでにこころも落ち着かせる。深呼吸だ。シンコキュー。
さて、無理矢理落ち着いたところで俺の作戦を説明しよう。
前述されたように決闘は致死ダメージと降参コマンドを封じられており、両人の内どちらかが気絶することが決着となる。つまり負けるにしても「すみません」の一言では済まないのだ。工夫がいる。ダメージを最小限に俺が気絶できる工夫が。
そこで考えました。名付けてガンジー作戦である。
内容は単純。このまま会長に向けて華麗にジャンピング土下座をかまして乳揉みの件を謝罪、そして間髪入れずに仰向けに腹をさらして五体投地でされるがままになる。非暴力を貫いたらしい彼の御仁に習った戦法である。会長が戦闘時に某拳王のようなバーサークな人格に目覚める、なんていうことがない限りきっと有効的な戦法だと思う。
これだけの生徒の前で大胆な謝罪をして無抵抗になるのだ。攻撃をされるとしてもきっと普通に戦うより総ダメージは減るだろう。無抵抗の人間を何度も攻撃してギャラリーの生徒達からいらぬ悪評を受けるかもしれない。
そんなリスクに会長はきっと気づいてくれるだろう。胸を揉まれた恨みに無抵抗の相手を滅多打ちにする生徒会長と無礼を謝罪した生徒に寛大な処置を与えてその場で勝利宣言をして威厳を見せつける生徒会長、どっちが支持されるかな?
式のときはエイジャの独断専行からの若干の不祥事があった負い目からかフィーネから妥協案が出される前は強権で有耶無耶に事を終わらせようとしていたが、今回は完全に私怨な上、俺が全面的に悪い。
会長が決闘に乗り出して個人的な決闘を臨むのは違和感のないことだ。まぁそもそも乳を揉まれたぐらいで決闘とか軍学校の会長として沸点低すぎるのも悪いと言えば悪いが。
この作戦は俺は肉体的ダメージが少なく済み、会長はポジティブなアピールができるという素晴らしいメリットがあるのだ。デメリットは俺の負けが確定で明日からどんな目で見られるかわかったもんじゃないってところかな…。
ダメージ軽減の代わりにヒロインズのフラグがポッキリ逝くけど背に腹は代えられないよなぁ!?それに「嫌いは」育てると「好きに」なるって神兄様もいってたしな。挽回の可能性はある。でも誠心誠意謝る姿勢を貫き通すのだ。潔さが認められる可能性もある。ないか!
ただし軍学校的に見せしめにされる可能性はなくはない。会長の性格的にその確率は低いと思いたいが。…要するにこの作戦、結構ガバガバなのである。
とはいえ何の方針もなく試合に臨むのとそうでないのとではやはり結果は大きく異なるだろう。土壇場でそれを思いついたのは僥倖と言える。無策よりマシなはずだ。
ともかく火蓋は切って落とされた。あのライオンさんは怖すぎだが、会長が指示を出す前に綺麗な土下座を華麗に決めてやる!
社会に出たときのために予習しておいた謝罪スキルの数々が火を噴くぜ!とりあえず初手謝罪は基本。そのあとは臨機応変である。(ガバガバ)
まぁでも一番の問題は会長の折檻にどこまでスレイの体が保つかってところだが。…ライオンの攻撃だけはガンジー中でも避けさせていただこう。
「いくぜ会長!」
「迎え討ちなさい、ガウル!」
「グォォォォォォォ!」
自分を鼓舞すべく緊張と共にそう吐き出すと俺は地を蹴った。蹴ったと同時に会長のガウルと呼ばれたライオンも俺に向かって突進してきた。
不味い。正面から飛びかかられる位置関係的に空中に飛び上がる予備動作が必要な謝罪奥義:ジャンピング土下座は中空でライオンにぶつかるため繰り出せない。く、ちょっと苦手だが謝罪奥義:スライディング土下座に切り替えるぜ!
俺は飛びかかってくるガウルの足下をくぐり抜けるようにスライディングで避ける。
「甘いですわ!ガウル、反転して襲いかかりなさい!」
マジか!?避けたと思ったら後ろから来る!?そんな俊敏さは想定外だぞ!このままでは俺の脅威の謝罪力を発揮する前に無様に負けてしまう!
そんな焦燥に駆られて俺はスライディングの体制のまま思わず振り返る!
「ゥグゥォォォッォォォォォォォ…!?」
しかし紅蓮の獅子はこちらを向いてはいるものの、体を支える四肢がガクガクと震えていた。今にもダウンしそうなボクサーのようである。
「ガウル?どうしましたの。早く追撃を」
動きを止めてしまったガウルに会長が再度指示を出すが、なぜかその場から動かない。動かないばかりかその場に膝を折って伏せ込んでしまう。
「ググ…ゲェェェッェェッェッェ…」
そしてガウルはおもむろになんか、こう、名状しがたいものを吐き始めた。彼のご自慢の灼熱の炎ではない。キラキラした何かだ。もちろん異世界とはいえ現実だ。映像表現で光っているわけではないだろう。
「ひゃああああ!?ガウル!?どうしましたのガウル!!」
「オッゲェェッッェッェエェ!」
会長がかわいい悲鳴を上げてガウルに駆け寄る。彼女のキャパシティを越える事態を前にパニックに陥っているのだろう。決闘相手の俺の横を素通りして駆けていった。
俺はスライディングの勢いが消えてしまって横たわった体制から腕で頭を支えて見物することにした。涅槃仏の姿勢である。
会長はちょっと涙目になりながらガウルの背中をさする。それを受けてガウルは景気よくキラキラしたものを吐き出す。
つーかこれってひょっとしてひょっとするのだろうか。
「ああ、ガウル…大丈夫なの?そんなに魔力を吐き出してしまって。一体どうしてしまったの?何か悪いものでも食べてしまったんですの?」
若干既視感のある光景を目の当たりにして俺は控え室での出来事を思い出す。もちろん契約を無理矢理破棄してくれた精霊と試合中の今も絶賛気絶中の精霊のことである。
つまりあれだ。この猫、俺のくっさい魂の臭いに炙られて悶えてるのでは。獣型だから人型より嗅覚いいんだろうか。室内で吐かなかったうちの子達に比べて外で開けているのに嘔吐までしちゃっているこの猫さんを見るにそういう仮定が立つ。
てかこのキラキラしてるこれが魔力なのか。じゃあひょっとして精霊相手なら俺ってば無双できるんだろうか。悪臭で戦う主人公ってどうなんだ。何にせよガウル君は本当にご愁傷様です。
「ちょ、ちょっと!スレイ・ベルフォード!貴方一体何をなさったんですの!?」
飛び火してきた。当然といえば当然か。一番近くで敵対していた人間だしな。
あれ?というかこれガンジー作戦やらなくてよくね?たしか我が親友の祐司は会長の持ってる精霊は一体だと言っていたはずだ。俺はもちろん精霊を使えないが、会長も精霊を使えないわけだし。スレイの膂力ならいけるのでは。
フィーネの件を思い出すが会長の精霊は一体。この前提を鑑みるに会長の身体スペックはあの重たそうな鎖の鞭を振るう程度の膂力しかないということだ。…うん心配になってきたな。正面戦闘はまずい。
ここはあれだ。精神攻撃フェイズ。揺さぶって自発的に気絶してもらうとしよう。ふふ、中学時代に恐ろしく早い意識を刈り取る首への手刀を取得していた俺に死角はない。賞品(メガネ券)が賭かってるんだ。容赦なくいかせて貰うぜ!
「女性を無闇に傷つけるのは忍びないからね。精霊だけ無力化させて貰った」
「なんですって!そんな、一体どうやって?貴方はまだ精霊を顕現させてすらいないのに」
この状況、俺の魂の臭いで精霊をダウンさせているという悲しい前提以外で再現出来てたらクソかっこいいんではないだろうか…。何なの?魂の悪臭で精霊を蹂躙する系俺TUEEE主人公って何?むしろ主人公って何なの?俺にはもうわけがわからないよ…。
「それを教える義理はないが、これ以上続けるなら次は君がこうなるかもな」
「なんですって!?」
ふふふ、どーよこのハッタリ!精霊も出していないのに相手の精霊を無力化するという得体の知れない力。そしてそれを今度はお前に食らわすぞ、という脅し。
会長の顔が目に見えて青ざめる。全校生徒の前で膝を屈してゲロゲロ吐くのは生徒会長的には心証最悪ですなぁ!実際はそんなことは絶対起こらないが会長はそれを知るよしもない。いける!いけちゃうぜ俺!
「さぁ、それが嫌なら降参してくれ。これ以上は冗談じゃ済まなくなるぜ」
この状況が冗談みたいだがな!信じられるか?この世界の作品タイトルって『摂理破壊の精霊使い』なんだぜ?俺、主人公なのに精霊出せないんだぜ?俺ってば導かれてるわ。
ちなみにこの決闘という状況下で勧める降参とはダメージ少なめで気絶させるから無抵抗でいてね、という意味であるらしい。
「ううう…」
会長は悔しそうに鎖の鞭の柄を握りしめる。それにともなって鎖部分がチャリチャリと小気味よい金属音がする。…アレ怖いな。あんなので42回も打たれるとかマジで正気の沙汰じゃないわ。
「………ですわ」
会長が絞り出すように何かを言った。かすれていて聞こえづらい。降参かな?ギブアップかな?
「え、なんだって?」
俺は聞き返した。会長は小刻みに震えて可憐な瞳でこちらを悔しそうににらみつけてまた口を開く。これは勝ちましたわぁ…。
「上ッ等ですわッ!自分の精霊にこんなことをされて怒らないわたくしではありませんことよッ!」
「あれー!!?」
生徒会長様は大層ご立腹でした。
本日はここまでです。次話は明日、14日の11時くらいに投下します♪