第壱話:始まる前の始まり
風通しよのよい、冬ではまるで役に立たない蒲団が夜風を取り込んで、乾いた心をさらに乾燥させていく……決闘前には少々辛い夜だ。
文久2年(1862年)、まだ年のころ十九になったばかりの事だった。
実家は京都で道場を開いている。
こう言っておけば大概の群衆は私のことを強くて立派で頼れる人間だと勘違いしてくれる。
しかし、実際の私はというと、剣術の腕前は平平凡凡、お世辞にも立派とは言えないみなりと顔立ち、自分以外の為に剣を振いたいとも思わない頼れない性格、とこんな感じである。
そんな私がどこをどう間違えたのか、さるお武家に決闘を申し込まれてしまった。
場所は鴨川のほとりということらしい。
そして、使う得物は真剣。
そんな何の変哲もない私が何故試合わなければならないのか、経緯はいたって簡単。
どれだけ才能がなかろうが、私は一応武士の生まれで、そして何より道場の師範の息子なのだ。
ゆえにそれなりの物を腰に下げていたいという、なんともちんけな欲望があった。
そこで一体どうしたらいいのかと考えた結果が、賭け。
なるべく弱そうな奴に片っ端から声をかけ、下げている刀を賭けて戦う。
弱そうな奴は大抵弱く、どうにか自分でも倒せる程度のものだった。
そうして何人も斬っていけば、いつか業物にたどり着くのではと思っていた、あの頃の私は。
しかし、弱い奴が立派な業物をのうのうと腰にぶら下げておけるわけがない、なぜなら私のような輩がごまんといていつ盗まれるとも限らないからだ。
そんな当たり前のことに気がついた時は、すでに町の御武家に睨まれて、あまつさえ因縁をつけられた後だった。
これが、そんなに強くもない私がきっちり鍛錬を行っている御武家と試合う理由。
この経緯を思い返すだけで、はらわたが煮えくりかえって自分自身をのしてやりたい気分になるが、そんなことをしたところで後の祭り、状況は何も変わりはしない。
もう私はこの短かった生に別れを告げて死ななければならないのだ。
短かった……終りがこんなにも早く、あっけない形で訪れるなんて夢にも思わなかった。
こんな状況に立たされて初めて、父の言うことを聞いて剣術にしっかり取り組んでいれば、と後悔の念を抱いた。
ちっぽけな反抗心一つで、あの時の父の言葉をはねつけていなければ。
そう思うと悔やんでも悔やみきれない。
冷たい風が少し気になるが、もう寝ないと明日の戦いに響いてしまう。
覚悟はまだできていない。
だけど、今はもう寝よう。