月食の夜には
なにかに焦点を合わせることはなく、ただ、虚空を眺めていた。
真っ白な視界の中、移ろうのは点滅する朱い球形だけだった。
四方に展開された夢幻のスクリーンに映り込む朱は、容易に僕の躰を浸食し、無間時間に束縛する。
目を凝らしてみた。
白いスクリーンは、白銀の粒子。
粒子と光子の相互作用で展開された朱いホログラムは、モノクロームに埋もれた僕の意識を覚醒させる。
散乱強度は波長の4乗に反比例する。
濁ったこの世界で、穏やかな朱い光は、冷たい蒼よりも届きづらい。
風を斬って走った。
トンネル内で生ぬるい風を顔面に受けて感じる”シッソウ感”は、腐敗した鯨が打ち上げられた浜辺を想起させる。
ナトリウムランプに照らし出された朱いはずの軀は、ヒトの目には灰色の燃え滓を映し出すだけだ。
"逢魔が時"とはよく言ったものだ。
透過光が散乱光を上回る時間帯は、世界に混沌と狂喜を充満させる。
悲しくも優しいテーゼは、あの月食の夜に感じた彼女の横顔によく似ていた・・・。