魔法使いに呪いを掛けられた私が幼馴染みのパートナーになってみた
私はミーナ。
ごくごく平凡な村娘……だった。
魔法使いの呪いさえ掛けられていなければ今頃は適当にお見合い結婚でもして子どもの二、三人産んでいたかもしれない。
あの野良魔法使いは次会ったら半殺しにする。
いきなり私の家に訪ねてきて、呪いを掛けて去っていった黒衣の魔法使いだけは許さない。
グルル、と鳴った喉──魔法使いが私に掛けた呪い、それは私を魔獣に変えた。
まだ駆除対象の魔物に変えられるよりはマシだけど、魔獣だ。簡単に言えば魔法が使えるそれなりに強い獣なのだ。
魔獣には手を出したらいけないことになっているので村にいても殺されはしなかったことが不幸中の幸いだった。
ちなみに、天涯孤独だった人間の私は魔獣に喰われて死んだことになっている。
「ミーナ」
「……ガルルァ?(なぁに?)」
絶望していっそ死にたいと帰らずの森に入ったが、私は死ねなかった。
魔物どころか住み着いているはずの魔獣すら姿を見せなかったことは今も忘れられない。
そんな私は修行の旅に出ていた幼馴染みのラルツに餌付けされて血の契約を結び、パートナーになったのであった。
ちなみに名前は、ラルツが付けた。呪いを掛けられる前と同じ名前だ。
きっと、彼なりに私を弔ってくれているんだと思う。
「だめだよミーナ。ミーナは下がって、これくらいの雑魚は僕が倒すから、ね?」
ラルツに雑魚、と言われて怒り狂うのは竜だ。
空も飛べて炎も吐ける、村に現れたらもう終わりだというくらい強いやつ。
しかも目の前にいるのは永く生きて人語を操ることが出来るようになった古竜だった。
「オノレェェェ! ニンゲンゴトキガ、ワレヲ、ザコダトォォオ!? グガッ!」
はい、戦闘終了。
魔獣の私には言われたくないだろうが、ラルツは最早人外だと思う。
古竜を素手で殴って気絶させるっておかしいでしょ。
「雑魚だよ。古竜なんてたかが数百年生きただけの蜥蜴なんだから、ね、ミーナ」
そう言ったラルツは、魅了の魔法でも使ってるんじゃないかと疑いたくなるくらいキラキラした笑顔だった。
最初に遭遇した山賊を首から下だけ氷漬けにして騒いだら足から少しずつ砕いていくと言ったラルツを見た時から絶対逆らわないと決めていた私には、頷く以外の選択肢はない。
「ガウルゥ(そうだね)」
「さ、こっちにおいで」
嫌な予感がした。
何故ならラルツの傍らには気絶した古竜、片手にはゴーレムもバターのようによく切れると評判のナイフが握られていたから。
「ガルル(何する気なの)」
「大丈夫、怖くないよ。それに痛くもない」
いや怖いです。
本能的に従いそうになるその笑顔も恐ろしい。
「ミーナ」
「キャウン!(ギャー!)」
それでも抵抗しようとしたけど──無理だった。
ラルツはナイフで古竜に傷を付けて、そこから出た血を私に飲ませた。
しかも、魔獣の私に口移しで!
「口ノ中、ガ、血ノ味……」
「まだちゃんとは喋れないみたいだね。でも、これでやっと……」
いつものように口から出る言葉が『ガルル』とか『グルル』じゃないことは嬉しい、けど、古竜の血を飲まされたからだと思うと気分が……。
「……呪ワレソウ」
あ、既に呪われてるんだっけ。
古竜の血のあまりの衝撃に忘れそうになってたわ。
「呪われないよ。むしろ、古竜の血には解呪の効果があるくらいだからミーナもじきに人間の姿に戻るからね」
私の顎の下をくすぐるように撫でながらラルツは言った。
「ハ?」
ちょっと待って──ラルツは今、なんて言った?
古竜の血には解呪の効果がある……?
「まぁ、呪いの根っこまで断つには少し時間が掛かるから今の内に宿に行こうか」
「ヤ、宿?」
頭の中がぐちゃぐちゃになって、ラルツが何を言っているのか理解出来なかった。
宿?だって魔獣は人間からはよく思われていないから宿には泊まれないはず。
あれ、でも呪いが解けるんだっけ?
元々人間な私は呪いが解ければ人間に戻るわけで。
「初夜は、野外じゃなくて寝台の上がいいだろう? 僕は気にしないけれどミーナは嫌だろうからちゃんとお風呂があるところがいいよね。隅々まで洗ってあげるよ」
この際、初夜だとか野外だとかは聞かなかったことにする。
きっと私の聞き間違いに違いない。
「私ガ、ミーナ、ダッテ知ッテタノ?」
「うん? 当たり前だよ、僕はミーナが例え微生物になっていても見つける自信があるよ」
「微生物ッ!?」
「でも、良かった。血の契約のおかげで僕とミーナの仲は誰にも裂けないからね」
ラルツの瞳からは光が消え去っていた。
ひょい、と抱き上げられてからやっと、私は気付いた。
そういえば餌付けされてたときに与えられてたのは人間用の食事で私の大好物だった、とか。
修行の旅に出ていたラルツが私が魔獣に食べられたらしいという話を知っているわけがないのに何の躊躇もなく私の名前を呼んだ、とか。
手掛かりは散りばめられていたのに、どうして気付けなかったの私!
「離シテ離シテ!」
「だぁーめ、もしもミーナが僕から逃げて人前で人間の姿に戻ったりしたら、僕はミーナを見た人間を皆殺しにしなきゃいけなくなるんだよ?」
「ヤメテェェエ」
さもそれが当たり前であるかのような態度に、背筋がゾワッとした。
あ、れ、ラルツってこんな性格だった?
「折角──……んで、……──して、──……したのに、離すわけないだろう」
不意に脳裏に駆け巡るラルツとの思い出。
『修行して、一番強くなったら僕と結婚してくれるよね?』
『でも、修行っていつ終わるの? っていうか嫁き遅れたら困る』
『僕以外の男と結婚するなんて許さない!』
『でもそういえばラルツの家は魔獣使いの家系で、長男長女は結婚しちゃいけないんじゃなかったっけ? 魔獣がお嫁さんとか旦那さんに嫉妬するから』
『そんなの、リルツが結婚しなきゃいいだけだよ』
『無理だよラルツ、もう魔獣使いの刺青が出てるんでしょ』
『じゃあミーナが魔獣になって!』
『無理だよ』
『無理じゃないよ、血の契約しちゃえばずっと一緒なんだよ?』
『無理。だってあれって、お互いの魔力を繋げてするものでしょ。私、平凡な村娘だから魔力ないもん』
『魔力……そっか、魔力……』
今思えばなんて不審な別れだったんだろう。
思い出って美化されるものなんだね。
「ッテ、ソンナコト言ッテル場合ジャナカッタ!」
「さ、宿に着いたよ」
「イツノ間ニ!?」
「転移魔法くらい使えるよ。今までも、ミーナが眠った後に宿に転移してたんだけど気付いてなかったんだね。まあ、今まで出来なかった分イチャイチャしようね」
──そして私は次の日から、慢性的な腰の痛みに悩まされることとなった。




