拠点フェイズ6.翠、蒲公英
雛斗さんはやっぱり格好いい。
「にゃっ!」
ビュンッ
ガキンッ
「くっ。はっ!」
ヒュンッヒュンッ
ガキンッガキンッ
掛け声と共に繰り出される二つの武器が交じり合い、重々しい音が昼の庭に響く。
対峙しているのは黒槍を持つ雛斗さんと身体の大きさに明らかに合わない長大な蛇矛を構える鈴々だ。
雛斗さんはあの鈴々の重い攻撃を上手く受け流してそれに繋げて流れるように槍を振るう。
昼過ぎのよく鍛練に使われる庭だ。
雛斗さんと鈴々は腹ごなしに鍛練をしている。
たんぽぽもさっき氷さんと打ち合った。
一応、負けることはなかった。
けど氷さんの腕は悪くない。
流石に雛斗さんに鍛えられただけはある。
「鈴々! 押されているぞ!」
観戦している愛紗が激励する。
氷さんは仕事があるらしく雛斗さんに申し訳なさそうに頭を下げ、最後にみんなに頭を下げてから庭を後にした。
ホントは雛斗さんの鍛練を見守っていたいのだろう。
「にゃっ! 調子が出ないだけなのだ!」
ブンッ
バサッ
「さっさと本気出そうよ!」
シュッ
「わっ!?」
雛斗さんは鈴々の薙ぎ払いを黒く長い上着をはためかせながらしゃがんで避け、素早く手甲をはめた腕を払った。
鈴々は恐るべき反応の速さでなんとかそれを避けた。
雛斗さんは武器を使いつつ素早い格闘技も繰り出す珍しい戦い方をする。
槍のみでも星姉さまや霞姉さまと互角に戦えるのにそんな不意を突くような戦い方をするものだから、こうして鈴々や愛紗にも遅れを取らない。
ホントに格好いいと思う。
「ご主人様も見ているのだぞ」
と、愛紗が言うのに見回すとご主人様が愛紗の隣に立った。
「鈴々も雛斗も頑張れ~」
のんびりした声でご主人様は観戦に加わった。
「にゃっ! お兄ちゃん、見ててなのだ!」
ブンッブンッ
ガキンッ
「くぅ。それは酷いって」
雛斗さんは縦に振り下ろされる蛇矛をなんとか避け、続けて横の薙ぎ払いを黒槍を縦にして防いだ。
まともに受けたために氣を身体に受けたようだ。
「にゃー!」
ブンッブンッ
ガキンッヒュッ
再び振り回される蛇矛。
押し出すように振り下ろされる蛇矛を雛斗さんは突き上げて弾いて軌道をそらし、構わず続く薙ぎを辛うじて避けた。
ご主人様が来たことで調子が出始めた鈴々にこうまで打ち合える人はそうそういないと思う。
「くっそ。やられてばっかじゃ立つ瀬がない、ね!」
シャッ
その瞬間、雛斗さんが消えたように見えた。
「にゃっ!?」
次に鈴々が消えた、いや転んだ。
雛斗さんが素早くしゃがんで足を払ったようだ。
「流石雛斗だ。あのような攻撃を繰り出すとは」
愛紗が感心して言った。
こういう予想できない攻撃が不意打ちでくるから雛斗さんは強い。
雛斗さんは払った足で回転しながら立ち上がり、黒槍を振るう。
ヒュンッ
しかし、鈴々は野生さながらにそれを転がりながら避け、立ち上がった。
「今のズルいと思うのだ!」
「戦じゃそんなこと言ってられないでしょ」
雛斗さんが呆れながらも黒槍を構え直す。
鈴々も蛇矛に力を込める。
再び黒槍と蛇矛が舞い、弾き合う。
「雛斗さーん! 頑張れー!」
そんな均衡した様子に思わず私も声をあげた。
「っ!?」
「隙ありなのだ!」
ブンッ
ガギンッ
「っあ!?」
ズザザァ
「雛斗さん!?」
はっとして走り出した。
雛斗さんが一瞬反応が遅れて鈴々の振り下ろした蛇矛をまともに受けた。
なんとか咄嗟の反応で黒槍を横にして防いだけど、氣を受けて突き飛ばされた雛斗さんは背中を地面に引きずられた。
「いったた……」
「大丈夫、雛斗さん!?」
仰向けに倒れた雛斗さんの側にしゃがむ。
顔は痛みに歪んでいる。
「雛斗お兄ちゃん!」
「大丈夫か、雛斗!」
鈴々や愛紗も側に駆け寄る。
「大丈夫。平気だよ」
雛斗さんは頭を横に振りつつ起き上がる。
「どこか怪我してない?」
私は槍を下ろす雛斗さんの背中や腕を慌てて見る。
「大丈夫だよ蒲公英。背中打っただけだから」
「戦がいつ起こるかわからん。一応、誰かに診てもらった方が良い」
愛紗が背中を擦る。
背中を引きずったけど、背中に傷は見られなかった。
「でも仕事途中だし」
「私がやろう。午前の警備で私は今日の仕事は終わったからな」
「けど」
雛斗さんの謙遜癖が出た。
「じゃ、蒲公英が怪我を診てあげるね♪」
雛斗さんに断る暇を与えないようにことさら明るく言った。
急くように雛斗さんを立たせる。
「え、でも」
「大丈夫! 蒲公英、今日非番だから♪」
「では蒲公英、雛斗を任せた」
合わせて愛紗も早口で言った。
「いや、まっ」
雛斗さんが蒲公英たちの思惑に気付いたように断ろうとする。
「雛斗お兄ちゃん、ゴメンなのだ……」
「あ──いや、大丈夫だよ鈴々。俺が油断したんだから気にしないで」
思惑を組み取ってか鈴々が謝るのを雛斗さんが気遣って頭をポンポン、と優しく叩いた。
「じゃあ、鍛練はこれでお開きかな」
ご主人様がその場を仕切るように言った。
ご主人様の方を見ると小さく頷いた。
「じゃ、たんぽぽの部屋にいこ♪」
「あっ」
雛斗さんが声を漏らすのも構わず雛斗さんの腕を引く。
「槍は私が部屋に持っていくからな」
後ろで愛紗がそう言うのが聞こえた。
───────────────────────
「お姉さま、ただいま!」
ガチャッ
「おかえり、たんぽぽ……へ? 雛斗?」
蒲公英に引かれながら部屋に入った俺にお茶を飲んでいた翠がきょとん、とした。
「じゃ、雛斗さん。寝台に座って♪」
「いや、大丈夫だから。怪我なんてしてないからさ」
「怪我? なんかやったのか?」
翠が反応して加わる。
「雛斗さん、鈴々と鍛練して怪我したかもしれないの」
「え、大丈夫か? 戦がいつ起こるかわからないんだから、ちゃんと診てもらえよ」
愛紗とおんなじこと言うね、翠。
「だからたんぽぽが診てあげるの。雛斗さん、もう逃げられないからね」
「部屋まで来ちゃったから諦めるけど」
「じゃあ、雛斗さん。服脱いじゃって♪」
「……へ?」
蒲公英がそう言ったのに俺じゃなくて翠が声を漏らした。
「ちょっ。たんぽぽ、なに言って!」
「だって服の中怪我してないか診ないといけないじゃん」
蒲公英は良くても、翠はこういうことには慣れないよね。
「翠、嫌なら出た方が」
「大丈夫だよ、雛斗さん。お姉さまだってホントは雛斗さんの鍛えられた身体を見たいんだから」
「そそそ、そんなこと……」
強がろうとする翠が小さくなった。
え、この反応を俺はどう返せばいいの。
「ほ~ら、雛斗さん。服脱いで寝台に座って」
とはいえ折角の蒲公英の好意を無下にするのも悪いし。
翠を気にしつつ、仕方なく手甲を外して上着を脱いだ。
翠は慌てて手で目を覆う──隙間から覗いてるのまるわかりだけど。
「うわぁ、雛斗さんの筋肉すごいね」
蒲公英がちょっと赤くなりながら感嘆した。
「一応、鍛えてるからね」
なんかじろじろ見られると恥ずかしいんだけど。
「あっ、背中ちょっと血が出てるよ」
「え、ホント?」
「傷薬塗るから寝台に寝ちゃって」
蒲公英に言われるままに寝台にうつ伏せになる。
翠か蒲公英の匂いか、布団から甘い匂いがする──なに考えてるのさ、俺。
蒲公英が俺の尻辺りに座る。
「冷たいかもしれないけど我慢してね」
まあ、傷薬塗るのは慣れてる。
霞にも恋にも塗ってもらったことあるし。
流石に俺から霞と恋に塗るのはやめといたけど。
と、背中にぬるっとした生温かい感触を感じた。
「なんか温かいんだけど」
「た、たたたたんぽぽ! なにやって」
翠が慌てて噛む。
まさかとは思うけど。
首をひねって後ろを見る。
「れろっ」
「ちょっ。蒲公英!?」
蒲公英が俺の傷を舐めているのが見えた。
「ひはふはひ、ひはほさん?」
たぶん、痛くない、雛斗さん? て言ったんだと思うけど。
「ちょっと染みる……って、その前に! 汚いからそんなことしなくて良いから!」
慌てて蒲公英をのけようとする。
けど蒲公英に背中の中心を押さえられていて起き上がれない。
「いいの♪ たんぽぽは雛斗さんが好きだからしたいの」
「……蒲公英?」
今、爆弾発言が。
「たんぽぽ、雛斗さんのことが大好き。だからこんなことしたくなっちゃうんだよ」
蒲公英が頬を赤くしながらはにかむ。
その表情に息が詰まった。
どぎまぎしてしまう。
「お姉さまも手当て、手伝ってよ」
「……へ?」
きょとん、としていた翠がまたぽかんと口を開けた。
「お姉さまも手当て、してあげたいでしょ?」
「た、蒲公英。だからそんなことしなくても」
「…………」
翠が恐る恐る寝台に近づいて座った。
「あ、あの。翠さん?」
思わず敬語で翠を呼んでしまった。
ぴちゃっ
湿った音が後ろから聞こえた。
見ると翠も俺の傷を舐めている。
「す、翠!? だからそんなことしなくていいから!」
なに蒲公英に乗せられてるの。
「だ、大丈夫だ。あ、あたしも雛斗のこと、好きだから」
「へ?」
今度は俺が間抜けな声を漏らした。
「だ、だから。あたしは雛斗のことが好きだ」
たじたじになりながら翠がぼそぼそと言った。
「雛斗さん、たんぽぽとお姉さまは雛斗さんに助けられてからずっと好きだったんだよ?」
いきなりの発言に俺は後ろを振り返ったまま固まった。
そこに蒲公英が俺の背中にのし掛かる。
「んむっ!?」
蒲公英がいきなり唇を俺の唇に押し付けてきた。
あまりの出来事に口が緩むところを蒲公英が舌を差し込んできて、俺の歯をなぞる。
「ちゅ……れる……んむ……ぷはっ」
舌先が俺の舌に触れたところで蒲公英が唇を離した。
「あ」
声を漏らしたところでしまった、と思った。
蒲公英がニヤリと笑う。
「あれ? 雛斗さん、もの足りなかった?」
「…………」
なんか悔しくて黙ったけど、それは肯定にしかならない。
「大丈夫。続きはお姉さまがするから♪ ほら、お姉さま」
蒲公英が翠の手を引いて、今度は翠が俺の背中に乗り掛かった。
「ちょっ、たんぽぽ、あっ」
蒲公英に反抗するけど、俺の顔に近づくと黙ってしまった。
「翠、嫌だったら」
「お姉さま、しないんだったらたんぽぽがもらっちゃうよ?」
俺の言葉を遮って蒲公英が言った。
翠は黙り込んで、でも俺にゆっくりと顔を近づけた。
「す、翠……」
「ん……んむ」
ゆっくりと俺の唇に翠の柔らかな唇が密着した。
蒲公英みたいに激しくはないけど、求めるように必死に俺の唇に吸い付いてくる。
「翠、蒲公英。ホントに俺なんかでいいの?」
翠の唇が離れて、ようやく二人に訊いた。
「いいんじゃなくて、雛斗さんじゃなきゃ嫌なの。ね、お姉さま?」
「……(コクッ)」
蒲公英が訊くのを翠は顔を真っ赤にしながら頷く。
「雛斗さんは? たんぽぽたちのこと、嫌い?」
「……そんな訳ないでしょ」
ようやく起き上がって、蒲公英と翠を抱き寄せる。
二人が息を漏らすのが間近に聞こえた。
「俺も翠も蒲公英も好きだよ///」
すっかり怪我のことを忘れて温かく、柔らかい二人を抱き締めた。
翠も蒲公英も俺に腕を回してくる。
───────────────────────
「ねえ、雛斗さん」
布団で裸体を隠しながら蒲公英が俺を呼んだ。
蒲公英の隣では翠が可愛く寝息をたてて寝ている。
外はまだ明るい。
あれから少し時間が経った。
俺は部屋に戻るために着替えていた。
仕事を愛紗に押し付けてしまったから、早く行ってあげないと。
「なに?」
「なんで鈴々と鍛練してたとき、一瞬反応が遅れたの?」
それに押し黙ってしまった。
黒い上着を腕にかけて扉に向かう。
「……蒲公英の声が聞こえたから」
「え?」
ぼそりとそう言ったのに蒲公英がきょとんとする。
「風邪、ひかないようにね」
早口でそう言って部屋を出た。
また赤くなった顔を蒲公英に指摘される前に。




