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真・恋姫†無双 ~緑に染まる黒の傭兵~  作者: forbidden
拠点フェイズ6.益州にて其の四
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拠点フェイズ6.亞莎

「転ばないでね~」


間延びした声で言った。


「こ、転ばないです!」


亞莎は慌てながらもちょっと憤然として言った。

天気の良い朝の庭だ。

鈴々や翠なんかがよく鍛練で使う広場にいて、亞莎が駆けてくるのを待っていた。


「お、遅れました!」


「俺が先に待ってただけで亞莎は遅刻なんてしてないよ」


恐縮したように謝る亞莎に苦笑いした。

昨日の昼頃、亞莎に休みの今日にお出掛けを誘われた。

亞莎からそんなこと言うのは珍しいことだ。

亞莎、恥ずかしがり屋だし。


「いえ! 本来なら私が先に雛斗さまを待たなければならないというのに」


「俺は気にしないよ。それより今日はどこに連れていってくれるのかな?」


亞莎が縮こまるのを止めるように手を掴んだ。

亞莎は驚いたけどおずおずと握り返してきた。


「で、では行きましょう」


ちょっと頬を赤らめて言った。


───────────────────────


「何か買いたい本でもあったの?」


亞莎が書棚を眺めているのを見ながら訊いた。

亞莎の手に引かれるままに来たのは本屋だった。


「あ、はい。ちょっと浅学なものがありまして」


「ふうん」


亞莎は勉強家だから学の浅いものなんてないと思うんだけど。

俺も書棚をどことなく眺めているうちに亞莎は本を一冊抜き取った。

『子供の育て方序論』──漢字だけのタイトルでそんな風な意味が書かれていた。

字は廬植先生から教わってほとんどの字を読めるようになった──それはどうでもよくて。


「亞莎、その知識はまだ後でいいんじゃない?」


「あ、あぅ。見ないでください」


じゃあ一人で本屋来ようよ。


「亞莎もそんなこと考えるんだね」


その本から目をそらして書棚に戻す。

というか、このコーナーはそういう系ばかりが並んでいて目のやり場に困る。


「考えるに決まっているではありませんか。私にだって好きな人はいるのですから」


そんなことを小さく言うのが聞こえたけど、聞こえないふりをした。

亞莎がそう言うのがちょっと意外だったのと、亞莎に好きな人がいることへの衝撃とがそうさせた。

亞莎の好きな人って誰なんだろう?

俺をこうやってこんなところに誘うってことは。

いや、違うかもしれない。

俺が人畜無害な人、という考えからきたものかもしれない。

人畜無害かは分からないけど。


「ひ、雛斗さま。来てください」


「え、本は?」


本を戻していきなり手を引いてきた亞莎に訊いた。


「ま、また今度にします」


亞莎は頬を赤らめたまま言って、本屋を出た。

いつかは買うつもりなんだね。


───────────────────────


「なんでこんなところに?」


拍子抜けしたのと、まさかという思いにそう訊いた。

来たのは街外れの林の中の川だ。

街からの声は聞こえず、川のせせらぎや草木の揺れる音ばかりが耳に入る。


「……雛斗さまは大事な御方です。蜀にとっても、皆様にとってもです」


隣で川を見つめる亞莎が訥々(とつとつ)と言った。


「雛斗さまをお慕いしている方はたくさんいらっしゃいます。かくいう私もその一人です」


「…………」


「雛斗さまも皆様を大事に想ってくれています。私も、その一人に加えていただけないのでしょうか?」


川から目を離して亞莎を見た。

いつの間にか亞莎はこちらを見つめていた。

鋭い、けど今は力弱い目で。

不安な目だ。


「俺はいつもみんなを大切に想ってるつもりだよ。もちろん、亞莎もね」


手を離していたのをもう一度掴んだ。

今度は亞莎は驚かない。


「そういう目で、見てくれますか? 私も皆さんと同じように」


亞莎が俺に寄り掛かってくる。

同じように、というのは多分そういう意味なんだろう。

さっきの本屋が物語っている。


亞莎の腰に遠慮がちに手を回した。

流石に亞莎もちょっと震えた。


「亞莎は亞莎として俺は見るよ。俺は亞莎が好きだから」


「皆様にも同じようなことを言っているのでは?」


頬を赤く染めたまま訊いてきた。


「──否定はできないね」


「ふふっ。でも、いいです。ようやく雛斗さまの言葉を聞けましたから」


苦笑しながら言うのを亞莎は小さく笑って、俺の肩に頭をのせた。

まだ亞莎とは会って恋や霞ほど長く付き合ってはいない。

けど、亞莎は真っ直ぐ俺を見てくれた。

付き合った時間は短くても。


「遅くなってゴメンね」


そう言うと亞莎は肩にのせたまま小さく頭を振った。

鋭いはずの目はやっぱり優しかった。

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