拠点フェイズ6.星
「ねえ、猫殿」
自分の膝に頬杖をつきながら言った。
芝生にどっしりと座る黒猫がなんだい、と言うような気怠い目でこちらを見上げてくる。
昼ちょっと過ぎの庭だ。
快晴の今日は外に出るだけで気分転換になる。
すっ、と爽やかな風が身体を透き通って抜けていくようだ。
「お前はいつもここにいるけど、何を見てるの?」
この黒猫はこの時間になるといつも庭の芝にいて、いつも同じ方を見ている。
首を傾げてみせると、黒猫はそっぽを向いた。
と、思ったけどその向いた先、城壁の上の方を見上げると見慣れた姿が見えた。
「星ー!」
声を張り上げて呼んだ。
星はぴたっと立ち止まって辺りを見回す。
「庭ー」
短くそう言うと星は城壁に身を乗り出して庭を見下ろし、すぐに俺を見つけた。
「雛斗。休憩か?」
「そんなとこ」
「ちょっと待ってくれ」
どうやらこちらに来るようだ。
飛び降りるか、とも思ったけどそんなことはせずに階段を使って降りて、回り道で庭に来た。
その間に、黒猫はさっさと消えてしまった。
「待たせた」
「ううん、大丈夫。星も休憩?」
「いや、私は非番だ」
「そっか、最近一緒にいられないね。ゴメン」
俺自身の休みが少ないせいで、あまりみんなと仕事以外の私事で会うことが少なくなってきていた。
まあ、俺が仕事のは仕方ないんだけど。
「謝られても困るのだが」
星が苦笑いして俺に手を差し出す。
その手に触れると不思議と頬がゆるみ、でも頼もしい力で持ち上げてくれた。
「まあ、折角こうして二人きりだ。たまには茶でもどうだ?」
「お酒でなければ良いよ。あそこで良い?」
庭に設けられた東屋を指差す。
「では侍女に頼もうか」
星は早速通りかかった侍女にお茶と茶菓子を頼み、俺と東屋に入った。
俺の隣に星が座ってきたけど、いつものことなので気にしなかった。
星が傍にいてくれた方が俺もホッとする。
すぐに侍女たちがお茶と菓子を運んできた。
「ほら、雛斗。あーん」
「やると思ったよ」
団子を摘まんで俺に突き出してきた。
「だが、雛斗はそれを嫌とは言わないと分かってるから私はやる」
「……あ、あーん」
そうニコニコしながら言われたら否定できない。
「どうだ?」
「美味しいけど」
「……私にもしてくれ」
ちょっと考えてから星が言った。
「男にしてもらう、て嬉しいの?」
「雛斗にしてもらうのなら嬉しいな」
なんでそう嬉しいこと言うかな。
耳が熱くなってくる。
それを指摘される前に団子を摘まんで星に突き付けた。
「ほ、ほら!」
「あーん、て言ってもらわないと嫌だ」
「子供か!」
「乙女だ」
ツッコミを返された!?
その返しは初めてだよ!
「わかったよ。あ、あーん」
「あー、はむ」
「指舐めるな!」
「汗のしょっぱさか?」
「味の感想を言うな!」
恥ずかしくて敵わない。
というか、指どうすればいいのさ。
星の……そ、その、唾液が……うわっ!
恥ずかしっ!
「ふふっ、やはり雛斗のこの表情がたまらないな」
「イジメないでよ」
「なんと言うかな。雛斗を見ているとかまってあげたい母性本能というか」
「少なくとも、さっき星がしたことは母性的ではないからね」
ようやく頬の赤みがひいてきて、ため息をついた。
「雛斗の色々な表情が私は好きだからな。だからこんなことをして表情を間近で見てみたくなる」
星が俺の腕に抱き付いて俺を見上げてきた。
それはもう慣れた。
会う度にそうしてくるから。
「……ホッとした表情をするのだな」
「わかる?」
「長い付き合いだ。それに私の好きな人だからな。なら、休憩の間はこうしていよう。雛斗に安らいだ表情でいてもらいたい」
「さっきまでのあれは、どう考えても星の私欲しかなかったような」
「気のせいだ」
おどけて星が言ったのに俺は頬を緩めて、抱き付かれている方の手で星の腰に回して俺の身体に寄せた。
星はちょっと驚いたけど、すぐに優しい表情になって腕を解いて俺の身体に体重をかける。
「主に似てきたぞ。雛斗」
「嫌?」
「嫌なものか」
星もホッとした表情のまま、目を閉じて俺の胸に頬擦りする。
星の甘える姿はそう見られるものじゃない。
こうして二人きりでなければ無理だろう。
それも、俺と二人きりじゃなきゃ。
──自惚れじゃないよね。
確かめるように星の頭に鼻をつけた。
嫌がる様子はまったくない。
星も俺の胸に鼻を押し付ける。
仕事のことを忘れてしまいたいけどそうもいかない。
けど、今はそれを忘れて星とくっついていたい。
時間の許す限り。
それくらいの時間はいいよね、一応仕事は頑張ってるんだから。




