拠点フェイズ6.白蓮
「……ええっ!?」
聞いて間をおいてから白蓮が目を見開いた。
「……なんでそんなに驚くの?」
首を傾げながら訊いた。
仕事をする俺の部屋でのことだ。
まだ昼終わりくらいで書簡の山が卓に積み上がって手がついていないものが大半。
そこに白蓮が警邏の報告書を届けに来たところだ。
「い、いや。雛斗からそういうことに誘うのが珍しくて」
たじたじになりながら白蓮は言った。
そういうことというのは休みの日に一緒に出掛けないか、と聞いたことだ。
白蓮の気持ちを確かめたくて誘おうと思ったのだ。
まあ、確かに俺から誘うことはあまりなかったけど。
「そう。それで行く? 行く宛とか決まってないんだけど」
「あ、ああ。……なら誘われようか、な」
なおも戸惑った様子で言う。
デート、て気付いてるのかな。
でもこの時代にデートなるものがあるのかな。
「じゃあ今度の休み、朝にこっちから迎えに行くから」
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コンコンッ
「白蓮? 雛斗だけど、仕度大丈夫?」
朝、日が既に明るく熱線を降り注いでいる時間。
白蓮の部屋の前に来た。
昨夜、どこに行こうかとちょっと悩んで──あまり思い付かなかった。
こういうことは俺は苦手だ。
デートにする場所はどこが良いか、その娘はどこに行きたいのかを考えることだ。
陣地の場所決めの方がよっぽど楽に思える。
だから白蓮の行きたい場所に行く、ということで考えるのを止めた。
「あっ、ああ! 今出る!」
かなりテンパった声が返ってきた。
別に急がなくていいのに。
白蓮らしいと言えば白蓮らしいけど。
「ま、待たせた!」
白蓮が慌てた様子で扉を開いた。
「待ってないよ。じゃあ行こうか」
白蓮の手を引いた。
白蓮がピクッと震えたけど白蓮も握り返してくれた。
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「ここって……」
「うん。前、白蓮が連れてきてくれた茶屋」
オープンなカフェテリアのような茶屋にやってきた。
昼前にも関わらず人がいるところを見ると、人気があるらしい。
「その時白蓮、ここが好きって言ってたから」
「覚えているのか?」
「そこまで頭はボケてるつもりはないよ」
街を歩いている時に思い出したんだけど。
苦笑いしながら席に座った。
白蓮も遠慮がちに俺の正面に座る。
「白蓮、今日誘ったのは白蓮に訊きたいことがあったからなんだけど」
「な、なんだ?」
白蓮は俺の真剣な雰囲気にちょっと戸惑いながらも返事した。
「白蓮はさ……」
と、俺は言葉を区切った。
すっ、と席から立ち上がる。
「雛斗?」
白蓮が怪訝そうに俺を呼ぶけど構わず茶屋脇の影に向かう。
「……蒲公英」
「ありゃ、見つかっちゃった」
蒲公英がてへっ、と舌をちろりと出した。
「俺が見つけられないとでも思った?」
「主人様と違ってあまり隙がないよね、雛斗さんって。そういうところもたんぽぽ、大好きだけど」
「……冷やかしか覗きに来たのならやめてよね。一応、私事なんだから」
ため息をつきながら言った。
最近は蒲公英のこういう爆弾発言に慣れてしまった。
後ろから白蓮の視線を感じたけど、今は無視。
「むう。雛斗さんがそういうなら。今度埋め合わせしてよね」
「……今度ね」
ここで肯定しないと後で痛い目見るだろう。
またため息をついて素直に了解した。
蒲公英相手だと何するか分からない。
「ありがと雛斗さん♪ じゃ、ごゆっくり~♪」
と、蒲公英が鼻歌でも歌いそうな笑顔で駆け去った。
……純粋なのか小悪魔なのか分からなくなってくる。
まあ小悪魔なんだろう。
「……ゴメン、白蓮」
「……雛斗なら仕方ないだろ」
白蓮もため息をつきたそうだ。
俺なら、てどういうこと。
まあそれは良いとして、仕切り直し仕切り直し。
「改めて言うけど、白蓮は……」
「あ、ああ……」
「…………」
タイミング良く見慣れた姿が俺の目に入った。
慌てて店の中に隠れるけど、もう遅い。
白蓮もそれに気付いた。
「……亞莎、もう白蓮も気付いてるから隠れなくても良いよ」
苦笑いしながら店から顔を覗かせる亞莎に言った。
「も、申し訳ありません。私的なことに首を突っ込むような不粋な真似を……」
色々亞莎も考えてるんだね、と思ったけど苦笑いだけで言わないでおいた。
「不粋って……」
白蓮も苦笑している。
亞莎の純粋さは蜀の誰もが知っているところだ。
こんなことで怒ったりなんかはもちろんしない。
「ほ、本当に申し訳ありません。すぐに去りますので」
俺は呼び止めようとしたけど、亞莎はそそくさと去ってしまった。
……気を使わせちゃったな。
今度埋め合わせしないと。
……なんか一刀に似てきたかな、俺。
「亞莎が気遣ってくれたし。改めて言うけど」
「あ、ああ……」
三度目の正直──そんな言葉、誰が作ったのだろう。
「…………」
「……桃香、バレバレだから」
店の影から覗き見る桃香にため息をついた。
「ふえっ? いつの間に!?」
「今さっき。俺が気付かないとでも思った?」
さっき蒲公英にも言った言葉──女の子って、なんでこんなに男と女で二人きりの時を覗き見たがるんだろう。
まあ、俺も気になると言われれば気になるけど。
「と、桃香まで何してるんだよ。たんぽぽみたいだぞ」
白蓮がやっぱりため息をついて言った。
「あ、あはは。だって気になっちゃうんだもん。白蓮ちゃん、雛斗さんに全然想いを言えずにいるから」
「……は?」
桃香の口から出た言葉に思わず府抜けた声が出た。
「と、ととと桃香! なに言って……!?」
白蓮が顔を真っ赤にして、噛み噛みに言った。
「知ってた? 白蓮ちゃんは雛斗さんのことが好きなんだよ」
「と、桃香!」
本人から言わせてやろうよ、それ。
まあ、白蓮の言葉待ってたら一年は軽く待たなきゃいけないかもしれないけど。
「……まあ、薄々感付いてはいたよ」
「……え?」
白蓮が真っ赤なまま間抜けな声を出した。
白蓮の頭を軽く叩く。
「前に俺を誘ってくれた時、あれって俺が今しようとしてることと同じことしようとしてたんだよね?」
「今しようと?」
「……俺は白蓮のことが好きだよ。て告白すること」
「……ふえ?」
「うわぁ、やるねぇ雛斗さん」
何が、と訊きたかったけど今は無視した。
「……冗談か?」
「冗談なんかじゃないよ。どこが良いとか、そういうのじゃなくて。今の白蓮が好きだって言うのはホントだよ」
「……え、えええっと! わ、私も……雛斗のことが好き、だ……」
かなり動揺しながらだけど、俺に言ってくれた。
その顔はやっぱり真っ赤だ。
「んふふ~♪ よかったね白蓮ちゃん♪」
桃香がニコニコしながら言った。
桃香が引き金になっちゃったけど、白蓮の想いは聞けた。
俺も言えた。
白蓮は色々──苦労人だけど、そんな白蓮も俺は好きだった。
前から苦労しながらも、一生懸命に頑張る白蓮が。
白蓮は俺のどこが良かったんだろう。
今度訊いてみるかな。
今は白蓮、気持ちが落ち着いてなさそうだから。




