拠点フェイズ6.黒永
仕事って残酷だと思う。
「おはようございます。雛斗様」
こうして氷と会っても二人きりで過ごすことができないから。
朝の会議前。
氷は既に席に着席していて俺の席を確保していた。
他にも愛紗や朱里、雛里などの軍師陣はだいたいいた。
愛紗はまあ早起きしてそうだし。
俺はだいたいその早起き陣の一歩後に来る。
一刀はだいたい遅い。
まあ、いろいろあるんだと思う。
うん、いろいろ。
「おはよ、氷」
会えたのにちょっとホッとして氷の隣、上座から一番遠い端の席に座った。
前も言ったかもしれないけど、左利きだから左の席に人のいないこの席が俺の定位置だ。
「昨夜はよく眠れましたか?」
「まあ、ぼちぼち」
「そのような眠そうな顔で言われましても」
氷が苦笑いして俺の頭に手を伸ばした。
寝癖でもついていたらしい髪をすっ、とすいた。
「朝から見せつけてくれるねえ、雛斗さん」
「と、桃香……様」
「桃香でいいよ♪ 私は気にしないし、愛紗ちゃんも雛斗さんのこと認めてるよ」
今までは主従の関係から、みんながいる前では敬語やさん付けで呼んでいた。
一刀にもそんな感じだ。
「ホントに仲良いよね、雛斗さんと氷さん。まるで夫婦みたい」
ガタッ
「「…………」」
「ど、どうしたの朱里、雛里?」
「「…………!?(フルフルッ)」」
いきなり立ち上がった二人に訊くと、首がとれそうなほどぶんぶんと横に首を振った。
……まあ、だいたい察しはつくけど。
「ふ、夫婦などと桃香殿」
氷も頬を赤く染めて俯いた。
耳まで真っ赤にしていて抱き締めたい衝動にかられるけど、もちろん耐えた。
「洛陽からずっと一緒だったからね。これからもね」
「…………」
氷は俯いたまま無言で俺の袖をきゅっ、と掴んだ。
嬉しい時とか、かまって欲しいときなんかこうして俺の服の袖を引く。
ちょっと胸が満たされたような気がして、袖を引く氷の手にそっと手を重ねた。
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「あ……あの、雛斗様」
氷が顔を真っ赤にしながらボソボソ言った。
既に夜になって外は暗い。
俺の部屋も明かりをつけない。
あまり家具を置いていない、味気ないとも殺風景とも言える部屋が月明かりにのみかすかに照らされている。
仕事も終えてあとは寝るだけなんだけど……。
「なに?」
「な、何故私の手を引いて部屋に……?」
答えは分かっているはずだろうに。
「今朝の氷が可愛くて。最近、二人きりの時間もとれなかったし」
「雛斗様は明日もお仕事が」
とは言いつつ、氷は手を振りほどかない。
氷も俺と一緒にいたいはず。
長い付き合いだった。
蜀の中、いやこの世界に来てから一番濃密に、共に生きてきた。
考えてることは分かる。
氷だって、俺の考えてることが分かる。
「仕事なんかで私事は遮れないよ」
「し、しかし、んむっ!?」
なおも抵抗する口を俺の唇で塞いだ。
一瞬、氷は目を見開いたけど、やがて目を細めて、そして目を閉じて受け入れた。
「ちゅっ……はむ……んっ」
「ん……氷は俺と一緒にいたくない、訳がないよね?」
俺も身体が熱くなってくるのが分かる。
「狡いです。……そのようなことを言われたら、拒めるはずがないではありませんか」
やっと氷の口から降参の言葉を聞いて頬が緩んだ。
氷の潤んだ瞳が俺の目を測る。
氷の背中に腕を回した。
氷も俺の胸に身体を寄せる。
氷の身体も熱く火照っていた。
「雛斗様……今夜は、雛斗様の女にしてください。従者ではなく」
氷が胸の中で呟いた。
氷の後頭部を優しく撫でる。
「氷は従者の前に、俺の大切な女の子だよ。ん……」
「んむ……ちゅ、れる」
求めるような氷の表情に胸が締め付けられ、自分を抑えながら口付けをした。
月明かりの下、照らされた氷は目を奪われるほど魅力的で、この胸から離したくなかった。
俺が元の世界に戻る前に、氷と少しでも触れ合えたら……。




