謎の少女
今までで四人、俺は会談した訳だけど。
このノリだと連れてきた残り一人も会談するよね。
楽進、程昱、夏候惇、夏候淵。
あとは曹操と誰か一人。
誰だろう。
思い付く人はいないけど。
誰か残っていただろうか。
残る臣下で頭に浮かぶのは荀彧、郭嘉、許緒、典韋、李典、于禁くらいなもの。
俺と関わりがある人なんてもういないと思うけど。
「黒薙さん」
幕の外から声が聞こえた。
「誰だ?」
「……訳あって名は明かせません」
名前を明かすことのできない臣下なんていただろうか。
危険な感じはするけど、どう気配を読んでも武に通じた気配には思えない。
逆に気配を感じ過ぎるくらいだ。
「──入れ」
興味が湧いて口に出していた。
「失礼します」
入ってきたのは華奢な少女だった。
眼鏡をかけていて、髪は薄い紫色。
容姿は見たことない。
どこか軍師らしい聡いイメージがあった。
「座って」
ちょっと目を見て立ち上がった。
怯え、という程ではないけど気に飲まれたような落ち着かない目をしていた。
「し、失礼します」
おずおずといった風に少女は席に座った。
夏候淵が淹れていった茶の入った茶器を手に取る。
「俺はお前を知らない。だから何を話したいか、なんて分からない。俺に何の用?」
「……ただ、黒薙さんを見たかっただけです」
正直な答えに苦笑いしながら茶を淹れた椀を持って席に戻る。
目は嘘をついている目ではない。
「見たところ戦場で活躍する者ではなさそうだ。まあ、こういう場でなければ会う機会はないだろう」
茶をことり、と少女の前に置く。
「あっ……すいません! 黒薙さんにお茶を淹れてもらうなんて」
その瞬間、少女は縮こまって謝った。
「俺だってさっきは夏候淵に茶を淹れてもらった。ただ話をする場なんだから、気にするな」
自身の席に座って茶を啜る。
「ですが」
「それにこれは夏候淵に淹れてもらった茶の残りだ。残りを渡す俺こそ無礼というものだろう」
「…………」
少女は開きかけた口を閉じた。
じっと俺を見つめてくる。
「……噂で聞くより、素晴らしい方ですね。黒薙さん」
「それはどうも」
噂というのが気になったけど、聞いたら後悔するような気がして止めた。
こっ恥ずかしいことが囁かれてるに違いない。
「英雄とも名将とも言われるのも分かる気がします」
「曹操には劣る」
「曹操様を呼び捨てで呼ぶのですか?」
目を見開いて少女は訊いた。
少し怪訝に思った。
曹操を呼び捨てたことに怒らない。
それはつまり、忠臣ではないということ。
忠臣なら主に無礼あらば怒るなり剣を抜くなりするだろう。
この少女はただ純粋に驚いている。
「曹操と対面した時に呼び捨てても何も言われなかったから、そのまま呼んでいる」
「……恐いもの知らずですね」
呆れたのか感心したのか少女が息を吐いた。
「恐いものなんて沢山ある。仲間が一人でもいなくなったら、恐らく俺は泣く」
言わない方が良いかもしれないけど、この少女なら大丈夫な気がした。
俺の弱点とも言えることだ。
もっとも、曹操なら既にそれくらいは知っているだろうけど。
「……優しいんですね」
ふっと少女が笑ったのに釘付けになった。
すぐにそれに気付いて目を閉じた。
「優しい? 甘い、と言われそうだが」
何狼狽えてるんだ、俺──言いながら狼狽する自身を心の中で叱咤した。
「私はそうは思いません。私も大切にしたいですから」
「賛同してくれるのはありがたい」
ようやく目を開いて、椀を口につけた。
一体誰だろう、この少女は。
普通の可愛い少女ともとれるその人は、どこか人を惹き付けるものを持っている。
「話したいことは何かないのか?」
「特になにも……」
そう言う少女をちょっと見た。
首を振るのに合わせて薄い紫色の髪が柔らかく揺れた。
あとで間者に探らせてみよう。
何か、重要な役職についているかもしれない。
どうもこの少女はただの曹操の配下ではないようだ。
そう思いつつ、少女に茶菓子を勧めた。




