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桃香の決断

「魏から使者が来ただと?」


聞いた途端、愛紗は目を見開いた。

他のみんなも同じ表情をしているが、軍師陣は考え込んでいる。


朝の定例会議も終わりにさしかかった時のことだ。

兵が魏からの使者が来たと報告に来たのだ。


「宣戦布告の使者でしょうか? そうだとしたら、すぐに防備体制を整えなければなりません」


「とにかく使者の話を聞いてみない限り何も言えません。使者をここに通すように」


愛紗の言葉に朱里がそう返す。

朱里の命令に兵が駆けていった。


「宣戦布告の使者……今まで曹操がそんなもの出したっけ?」


一刀がふと、そう言った。


「曹操は宣戦布告ではなく、軍備を整えることで宣戦布告してるように思えるけど。殴る、と警告してるようなものかな」


「確かに、徐州の時も宣戦布告の使者は来ませんでしたから。雛斗さんの言うことに一理あるかと」


朱里はなおも考えながら言った。


「曹操さんは相手を選びます。軍備を整えてることを知ることもできない敵は、相手にもしない──ということではないでしょうか?」


雛里も深く考え込んでいる。


「お連れしました」


兵がそう告げて敬礼して通す。


頭に不思議な人形を乗せた少女がジト目で入ってきた。


「魏の使者として参りました。程昱と申します」


その名前を聞いて流石に軍師陣も驚いた。

程昱といったら曹操の参謀の一角を担う謀臣の一人だ。

荀彧、郭嘉と並んで名高い。


その程昱が使者として来た──何かある、と考えた方がよかった。


「用件はなんでしょう?」


桃香が先を進める。

表情は至って普通だけど、どこか緊張した雰囲気がある。


「黒薙殿はどちらに?」


「……俺だ」


いきなり俺の名が出てきて返事が一息遅れた。

氷や霞の目が鋭くなった。


程昱がこちらを見る。

何かを推し量っているような視線だ。


「……我が主、曹操が黒薙殿と会談したいと申しております」


「会談?」


その言葉に俺も考え始めた。


「英雄黒薙。曹操様はあなたと英雄同士で話をしたいと申しております。今後、魏は蜀と呉のどちらかを攻めるでしょう。そうしたら黒薙殿と話す時がなくなってしまうかもしれない、と考えられたのです。ですから、今の内に話そうと」


「──会談の内容は?」


程昱の目をじっと見つめて訊いた。


「ただ話す。話したい事を話す。それだけです」


程昱もじっと見返してきた。


「──いいだろう」


「雛斗!?」


愛紗が思わず俺を呼んだ。

みんなも驚いて俺を見たけど、霞や氷は逆にため息をつきたそうな表情をしている。


「やっぱなぁ。雛斗らしいっちゃ雛斗らしいんやけど」


霞が呆れて肩を竦めた。


「では、場所はどこが良いでしょう?」


「待て! 私は納得していないぞ!」


程昱が話を進めると愛紗が異議を唱えた。


「私は黒薙殿と話をしています。黒薙殿は会談に応じてくれました。会談をすることは決定事項です」


程昱がぴしゃりと言い捨てた。

関羽くらい名前も姿も知っているはずなのに、肝の太いところもある。


「なにを勝手に……!」


「愛紗、会談くらいいいじゃない」


「しかし、曹操の罠かもしれないのだぞ! この前に孫策の罠にかかったばかりではないか!」


俺の言葉に愛紗が叱責する。

夷陵での一件から帰った時も、愛紗と星にこっぴどく怒られた。

俺は目を白黒させたものだ。

愛紗の目の端に少し涙が溜まっていたのが見えたからだ。

それほど俺のことを大切に思ってくれている、とこっちもジーンときた。


「ならわざわざ程昱を送ることはしないだろう。孫策の一件から警戒するだろうことはわかってるはず。もし仮に罠だとしたら罠と警戒する俺たちは程昱を人質にでもして、なんにでもできる」


「……確かに雛斗の言うことも分かるが」


星がまだ警戒を解かない表情で程昱を見る。

程昱は感情の読めない表情を変えない。


「では条件をつけよう」


「多少の条件は当然、と伺っています」


ちょっと考えてから程昱に訊いた。


「条件?」


翠が首を傾げた。


「兵は互いに一切連れていかない。相手に危害を一切加えない。互いに連れていっていい者を五人。曹操は程昱を含めた五人とする。俺の場所案内を程昱に一任する。場所は──五丈原で良いか。このくらいか」


五丈原は蜀領の漢中からそう離れていない魏領だ。

この条件なら五分五分の対等な会談ができる。


「そのくらいの条件なら飲みましょう。一度、曹操様に早馬を出します。私は黒薙殿の案内があるので少しここに滞在させていただきたいのですが」


さらりと程昱が言った。

どこまで条件が通ったのか、なんて考えない。

対等に話せればいい。


「桃香様。客室をお借りしたいのですが」


「雛斗さん」


桃香がどこか非難するような口調で俺を呼んだ。


「いくら曹操さんが雛斗さんだけに用があるからって、愛紗ちゃんや私たちに何も訊かないのはよくないと思う」


「…………」


俺は口をつぐんで桃香を見た。

桃香がじっと俺の眼を見つめてくる。

一瞬、その真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうな感じがして、そんな自分に狼狽した。


「……申し訳ありません」


喉の奥からなんとかそう絞り出した。

すると桃香が微笑んだ。


「私は雛斗さんが曹操さんと話をするのは反対しないよ」


「桃香様!?」


愛紗がまた叱責するように桃香を見た。

星も無言で桃香を見ている。


「さっきの雛斗さんが出した条件でなら私はいいと思う。どちらにも有利なところがない、対等な立ち位置で話し合えるから」


「感謝します」


「その代わり無事に帰ってきてね。雛斗さんには仕事もあるし、何より雛斗さんを慕ってる娘が多いんだから」


にこっ、と笑ったその屈託のない笑みを見つめた。


「──必ず」


呟くように短く言った。

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