黒龍との因縁
「華琳様。黒薙と孫策の小競り合いはご存知でしょうか?」
風が会議中の報告で言った。
珍しく、今日はいきなり寝るようなことはしてない。
黒薙と孫策。
確か夷陵辺りで黒薙を捕縛する作戦を孫策が決行して、失敗したのだ。
「孫策が黒薙を登用しようとして失敗したのだったわね。それがどうしたのかしら?」
「黒薙は欲しくはありませんか?」
「欲しいわ。喉から手が出るほどに。ついでに言うと、張遼と呂布、陳宮、呂蒙、それと黒永を連れた黒薙が欲しいわ」
「欲張りですね~。気持ちは分からなくはないですが」
風が相変わらず何を考えているか分からない顔で言った。
傭兵の頃の組み合わせで黒薙が欲しいのだ。
張遼の用兵技術。
呂布の武勇。
陳宮と呂蒙、黒永の軍略、民政能力。
そしてそれらを完璧に従える天賦の軍才を持つ黒薙。
否、少し語弊がある──従えるのではなく、惹き付けている。
黒薙たちだけで国を建たせることも可能であり、そして黒薙の腕なら今の三国の中に並び立つこともできたはずのその力。
兵力を五万、六万と揃えるより遥かに大きな力になる。
国家の力を一つ加えたようなものなのだ。
黒薙一人で一万の兵の働きを超える能力がある。
「けど、それがどうしたというのだ?」
凛が訊いた。
「華琳様も試してみてはいかがでしょう?」
「黒薙を登用すること、かしら?」
風がいつになく力強く頷いた。
黒薙に何か感じたのだろうか、少し感情的に見えた。
「間者の報告を聞くに、それは難しいと思うのだけど? 孫策と打ち合いにさえなったと言うじゃない」
「それは黒薙が孫策の武人としての心をつついただけでしょう。黒薙は仲間のためなら命をもいとわない、英雄らしくない英雄。兵の命も」
「何をそんなに感情的になっているの? 風」
「…………」
言うと風が黙り込んだ。
秋蘭や凪もじっと風を見ている。
会議の皆もいつもと違う風に違和感を感じているらしい。
「……英雄黒薙。その姿を見たいために、無理な献策をしてしまいました」
「姿を見たい?」
「華琳様や孫策と対等に構えることのできる英雄。そして張遼や呂布さえも惹き付ける魅力。その姿を個人的にこの目で見たいと思ってしまったのです」
「ふむ。英雄の勇名にあてられてしまったのかしら?」
風は淡々とした様子で頷いた。
黒薙と今一度話したい、という気持ちはあった。
孫策のように登用を試みたことは漢中の際にらしきことはしたが、本格的に対面して話した訳ではない。
「他に黒薙に何か用がある者はいるかしら?」
いるはずだ。
魏と黒薙は、少なからずの因縁がある。
「黒薙と一騎打ちの決着が済んでいません。今一度対峙して決着を着けたいです」
春蘭が言った。
漢中での戦のことを言っているのだろう。
あの時の黒薙は秋蘭の矢を受けていて本調子ではなかった。
死をも覚悟していただろう。
「黒薙殿に借りが二つあります。いつか、その借りを返したく存じます」
凪も力強く言った。
涼州、そした漢中での戦で凪は兵を逃がしてもらった借りと凪自身との一騎打ちを先伸ばしに──逃がしてもらった借り。
その二つが凪にはあった。
殿と付けている辺り、黒薙を尊敬しているのだろう。
黒薙は将軍の模範とも言える名将中の名将。
だから凪は蜀の話が出たら黒薙の名を探している風でもある。
そういった尊敬する人物だからこそ、黒薙に借りを返したいのだろう。
「この辺りかしらね。黒薙と会いたいと思う者は」
「華琳様、まさかとは思われますが……」
秋蘭が懸念して眉を潜めた。
それに微笑んでみせる。
「黒薙と会談を要請してみましょう」




