拠点フェイズ5.翠、蒲公英
「はぁ。……で?」
眉間のシワに親指をあてて頭を振る。
「せやから、雛斗も加勢してえな」
「仕事で悩殺されてる俺に追い打ちかけないでよ」
頭が痛くなってくる。
まあ、いつも通り俺の部屋で仕事をしていたんだけど。
そこに霞が駆け込んできて、
「雛斗! 華蝶仮面が現れたで!」と、面倒事を持ち込んできやがった。
愚痴も言いたくなる。
華蝶仮面には関わりたくないのに。
だから愛紗と翠に任せてきた。
最初は目の敵にしてた鈴々も、桃香と同じく応援する側になった。
というか、いい加減華蝶仮面が星だと気づいて欲しい。
「愛紗と翠がいるでしょ。あの二人がいればどうにでもなるよ。俺は忙しいんだから」
話は終わりと、机に身体を向けた。
「あ~言うとくけど、星の方の華蝶仮面やないで」
「……じゃ、他に誰がいるのさ?」
しかしそう返ってきて流しかけて霞を見た。
霞、一応気づいてたんだ。
まあ、気づかない方がおかしいんだけど。
華蝶仮面は星を加えた三人、恋と朱里だった。
恋は興味本意らしいけど、朱里は無理矢理連者(レンジャー)組まされたみたい。
損な役回りしてるよね。
「なんやなんちゅうか……とにかく来て」
───────────────────────
『我ら、新生むねむね団!』
「……帰っていい?」
「ダ~メ」
無情にも霞がむんずと背中を見せた俺の袖を掴んだ。
人垣をかき分けて見ると、変な仮面をつけた三人──明らか麗羽、斗詩、猪々子だけど──が、なんかお馴染みの登場シーンをやっていた。
それに対峙するのは──白蓮だよね、あれ。
真面目な白蓮像が崩れていく。
「あれ? 雛斗さんも見に来たの?」
側にいる桃香がニコニコしながら訊いてきた。
鈴々、雛里もわくわくしながら見ていた。
桃香と鈴々と雛里はあいつらの正体もわからないのか……大丈夫かな、この国。
「仮面に巻き込まないでよ。俺、関わりたくないってずっっっっっと! 決めてたのに」
桃香には曖昧に返しておいて、隣の霞に小声で言った。
「ウチかてあんなん関わりとうないわ。あんなツッコミどころ満載でツッコミを許さない雰囲気、どないしたらええねん……」
「無視してよ」
「無理や。今日ウチが警邏担当なんやから。こうやって警備兵に輪を作らせるだけで精一杯や」
霞も大きなため息をついた。
何があってこうなったのか……大方、星の華蝶仮面の真似だろうけど。
これ以上騒ぎを大きくしないで欲しい。
警邏の問題に取り上げられるよ。
既に、愛紗と翠は大問題にしてるけど。
というか、愛紗と翠はどこにいるのさ。
「あっ! 雛斗さ~ん!」
麗羽たち、もといむねむね団の方にいる蒲公英が人垣にいる俺を見つけた。
なんか縄で縛られてるけど、ああやって元気なところ見ると、やらされてるだけなんだろうなぁ。
ねねもいるけど、きょろきょろしてる。
「お~。楽しそうだなぁ……」
ため息と共に苦笑いで手を振った。
「助けてよ~雛斗さん! むねむね団に人質にとられちゃったの!」
「──そういう設定ね」
助けにくるのを期待してる、てところかな。
たぶん蒲公英が翠か星、ねねが恋を待ってるんだろう。
「暇な奴らだね。こっちは仕事に駆り出されてるのに、そこから引き抜かれて、帰ったら仕事の山があるのに……」
「あ~。……悪い、雛斗」
霞がばつが悪そうに言った。
「うん。いいよいいよ。もういいよ。──むねむね団壊滅させれば、俺がこうやって来ることもないよね~?」
「ひ、雛斗……?」
俺の渇いた笑いに霞が恐る恐る呼んだ。
「星は良いよ。タダで悪党をこらしめてくれるから。……あいつら、馬鹿騒ぎしてるだけじゃん」
「あれ? 雛斗さま。雛斗さままでこの騒ぎを見にこられたので?」
亞莎の声が聞こえたけど、気にしない。
人垣の輪の中に入る。
「氷、槍」
「はっ」
「ひ、氷!? いつの間に!?」
不意に俺の背後に現れた氷に霞が驚く。
氷は気配を消すのが上手い。
まあ、そんなことはどうでもいいや。
氷が投げ込み、くるくると回る黒槍を無造作に掴む。
「あいつら叩きのめしてやるわぁ。世のため、人のため──そして何より俺のため!」
「あかん! 雛斗壊れてもうた!」
「ちょっ、雛斗さま! あれは一応、味方ですよ!?」
「味方なもんか! 俺を悩殺させるつもりの奴らに容赦の欠片もいらん! 離せ霞! 亞莎!」
槍片手に突っ込もうとする俺を霞と亞莎が慌てて止めようとする。
けど霞と亞莎を振り払い、白蓮の隣に立つ。
「っ! 雛斗!?」
白蓮が驚いて俺を見る。
「おっ、雛斗じゃん! いい加減同じ相手で飽き飽きしてたところだったぜ」
「ちょっ、文ちゃん! 雛斗さんも相手にするつもり!?」
「あ~ら、雛斗さん。あなたに私たちの相手が務まりまして?」
三者三様の声。
「……俺の仕事を邪魔して、ただで済むと思うなよ」
「……あれ?」
「ひ、雛斗さん?」
猪々子と斗詩がいつもと違う俺の様子に戸惑う。
「こちとら激務から駆り出されてイラついてるんだ! 文句は言わせん!」
前触れもなく槍を突き出す。
ヒュンッヒュンッ
ガキンッ
ガキンッ
「うわっ!?」
「な、なんかすみません!」
猪々子と斗詩は流石に受け止めた。
「問答無用! さっさとこんな集まり壊して、俺は帰って仕事して寝る!」
怒鳴って槍を振り回す。
怒ってるからって戦いの場。
自分は見失っていない。
正確な突きと薙ぎ払いを斗詩と猪々子に繰り出す。
「へへっ、そっちは俄然やる気だな。だったらあたいだってやってやるぜ!」
ヒュンッ
ガキンッ
斬り上げる大剣を槍の柄尻で弾いてそらす。
「容赦はしない! 二度とその変な仮面つけられないようぶちのめしてやる!」
「きゃーっ! 雛斗さんーっ!」
「いいなぁ、お花は。ねねも、早く恋殿に助けに来て欲しいです」
なんか蒲公英が嬉しそうだけど無視。
「斗詩! 何とか仮面よりまずは雛斗だ!」
ヒュンッ
ガキンッ
振り下ろす大剣をまた穂先で弾いてそらす。
「ごめんなさいっ!」
ブンッ
サッ
真上から振り下ろされるハンマーをひらりと避ける。
「そんな大振りな攻撃!」
ヒュンッ
ガギンッ
横に避けた勢いに乗せてくるりとその場で回り、その回転を活かして横に薙いだ。
「きゃっ!?」
斗詩はそれになんとか反応してハンマーの柄で防ぐ。
「斗詩!」
猪々子が斗詩に気をそらしているうちに、足で回転を止めて腰溜めにした勢いのある突きを繰り出す。
ヒュンッ
ガキンッ
「くそっ! やるなぁ、雛斗!」
猪々子も大剣を縦にして槍をそらしてなんとか防ぐ。
「……あれ? 私ってここにいる意味ある?」
白蓮もなにか言ってるけど、これも無視無視。
「くっそ~、全然手応えねえ!」
「なかなか当たらないよ……やっぱり強いじゃないですか!」
猪々子も斗詩も大剣とハンマーを振るうけど、一打をあたえられずにいる。
「これ以上俺の仕事を増やすな!」
「雛斗の背中に、メラメラと炎が見えるような……」
「……まあ、雛斗もイライラ発散させたい時もあるっちゅうことや」
一刀の呟きに霞が答えた。
だけど二人相手だとこちらも一打もあたえられない。
二人で連携して戦っているからだ。
流石麗羽ご自慢の武将だな。
「見つけたぜ!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
翠だった。
「雛斗!? お前仕事じゃ……」
「駆り出されたんだよ! こっちはイライラしてるんだ。翠、こいつらぶちのめすの手伝って」
「そういうことなら任せろ!」
「おっ! 錦馬超まで来た! あたいはこっちやるから、斗詩は雛斗任せた!」
「ええ~っ! 雛斗さんを一人で相手なんて無理だよ!」
泣きながら斗詩はハンマーを構えて俺と対峙する。
「むねむね団とかなんとか変な集まりがなければ、俺が来ることもなかったんだ!」
「そんなの麗羽さまに言ってくださいよ!」
言いながらハンマーを横に振るう。
それに真正面から向かい、黒槍で突き上げた。
ブンッ
ヒュンッ
ガギンッ
「あっ!?」
力負けしたハンマーは上に弾かれ、大きな隙が出来る。
そこにそのまま肩から体当たりした。
ドンッ
「きゃっ!?」
予想外の攻撃を斗詩はまともに食らい、尻餅をついた。
ていうか、腕痛い。
力と力でハンマーと槍でぶつかり合ったから氣が腕に伝わってきて、筋肉が千切れたように痛い。
「ええい!」
ガギンッ
ズザザッ
「うわっ!?」
翠の方も圧倒したらしい。
大剣を横にしたままの猪々子が斗詩の横に押し出される。
「うぅ……やっぱり雛斗さん相手じゃ無理だよ~」
「くっそ~、やるじゃねえか」
「顔良さん、文醜さん!? 何を負けているのです!?」
流石に自慢の武将が劣勢なのに面食らった麗羽が叱責する。
「そんなこと言われても、黒龍雛斗さんと錦馬超翠さんに勝てる訳ないじゃないですか!」
「……ああ顔良さん、文醜さん。私、用事思い出しましたの」
「あっズルっ! 逃げるつもりっすか!」
斗詩の言葉に逃げ腰になった麗羽に猪々子が驚く。
移り変わり早っ!
「後はお任せしますわ!」
「くっそ~! 覚えてろよ、雛斗! 錦馬超!」
「ごめんなさいごめんなさいっ! ホントにごめんなさい~!」
ぴゅーん、と三人は逃げていった。
速いなぁ……もう後ろ姿が見えない。
「ちょっ、速っ! あれじゃ追いつけねえ……」
翠も逃げ足の速さに諦めたようだ。
「すごいね、雛斗さん!」
「ほんま、雛斗は強いなぁ! めっちゃかっこよかったで!」
桃香や霞が俺と翠のところに来る。
「ありがと。でも……はぁ、これから帰ったら仕事かぁ」
苦笑いしてため息をついた。
イライラが去って残ったのは気だるい仕事だけだ。
逃げられたからさっぱりなんてしない。
「雛斗さん!」
「うわっ!?」
いきなり蒲公英が腰に抱き付いてきた。
「助けてくれてありがと! たんぽぽ、すっごく嬉しい♪」
「……翠じゃなくて?」
てっきり翠か星の助けを待ってるものと思っていた。
「お姉さまもありがと!」
「もってなんだよ! もって!」
翠がついでみたいに言われてムッとした。
「女は好きな人に助けられたら嬉しいの。だからたんぽぽ、すっごく嬉しい♪」
「……は?」
今、すごい爆弾発言が……。
「雛斗ぉ。誰彼構わず手ぇ出し過ぎやで」
「誤解。俺は手も足も出したことないよ」
霞が呆れたのに即答した。
蒲公英に限らず、霞や恋にも俺から手を出すことはせず、相手の気持ちをちゃんと確かめてから相手の手を引いている──はず。
「ちょっ……たんぽぽ! 何言って……」
見てよ、翠も驚愕の言葉に顔真っ赤だよ。
「何って、たんぽぽは本音を言っただけだも~ん。雛斗さんに惚れちゃったって」
「惚れっ!?」
「……仕事、早く終わらせたい」
人垣もいつの間にか、平穏に戻っている。
抱き付く蒲公英は俺の胸に頬擦りしてくる。
翠がガミガミ言うのと、霞たちの小言を聞き流し、そっと蒲公英の頭を撫でた。
仕事が増えるとはいえ、こういう人助け──まあ、蒲公英のは計画したものだけど──ちょっと気分が良い。
「……恋殿が来てくれなかったのです」
「……恋ならセキトと遊んでたよ」
ねねにはそう事実を伝えて、俺はまたため息をついた。
だけど、蒲公英のおかげで仕事に対する気だるさはちょっと消えたかもしれない。
蒲公英が頭に置いた手に気づいて俺を見上げてきたけど、それには目を合わせなかった。
合わせたらたぶん、恥ずかしくて顔が赤くなる。




