拠点フェイズ5.亞莎
「……はぁ」
息が漏れた。
手には透明の酒が満たされた盃。
その盃の上に乗せて見る先には、成都の街並みがある。
今日は半日、午後だけ休みをもらった。
愛紗が午前に調練を行った後にいきなり休め、と言ったのだ。
最初は仕事も残ってると、辞そうとしたけど愛紗が私がやるとか言って無理矢理押し付けられた。
とはいえ、最近深夜まで仕事を続けることもしばしば。
会議中にうとうとして氷に慌てて肩を叩かれたことも数度ある。
半日の休みは気分転換に使わせてもらうことにした。
気分転換はお酒、なんて星とか霞のこと言えないなぁ。
「あ……雛斗さま」
と、街をじっと眺めていたら聞き覚えのある声が俺を呼んだ。
「亞莎。お仕事お疲れ」
後ろを振り返りながら言った。
「ありがとうございます。雛斗さまこそ、いつもお疲れ様です」
亞莎が少し笑みを浮かべながらちょっと遠慮気味に側に寄ってきた。
この鋭いと思う目を亞莎は気にしてるみたいだけど、俺は全然気にならない。
付き合っているととても純粋で良い娘だというのが嫌でもわかる。
「雛斗さまはお休みをいただきましたか?」
「わかる?」
「雛斗さまは陽が高いうちにお酒など滅多にお召し上がりになりませんから」
微笑みながら言った。
俺の頬も既に赤く染まっているのだろう。
「たまには呑みたい時もあるよ。俺にだってね」
俺の隣を促す。
亞莎はやっぱり遠慮がちに隣に立った。
「見てよ」
さっきまで俺が見ていた街並みを盃で指す。
「……お酒がどうかされたのですか?」
亞莎が首を傾げるのに苦笑した。
「違うよ。この成都の街並み」
「あ……」
すぐに気づいて頬がポッと赤くなった。
「商人の声、飯店の声、民たちの声、子供の声。──これら全てが、街の活気に見える」
「──私たちは、その声に応えられているのでしょうか?」
「活気に見えるでしょ? 応えられなきゃ、活気には見えないよ」
「……はい!」
俺の言葉に自信を持てたのか、亞莎が元気に返事した。
「素直で良いね。──朱里や雛里とは仲良くやってる?」
「はい。朱里や雛里、詠やねね、氷にしても、皆さん私には思いもよらない考えを思いついて圧倒されます」
「亞莎も亞莎自身の考えをそのまま言えば良いんだよ。間違っても、それは他のみんなが指摘してくれる。遠慮なく言って良いんだよ」
言ってから盃をくいっ、と傾けた。
亞莎が俺を見上げてくる。
「……雛斗さまは何でもお見通しなのですね。私のことも考えてくださって」
恥ずかしそうに長い袖で顔を隠した。
盃を城壁に置いて、ぽんぽんと亞莎の頭を優しく叩いた。
「亞莎は大切な人だよ。みんなにとっても、もちろん俺にとってもね。みんな多少なりとも亞莎を頼りにしてるんだから。意見も待ってるはずだよ。自信持って、どんなことでも考えて良いと思ったこと言ってみて」
会議の時も、亞莎はあまり意見を言わずに誰かの意見に賛成することが多かった。
今は新しい意見も必要な時だ。
蜀の国力増強に従来の考えだけでは足りないのだ。
「……雛斗さま」
亞莎が頭に乗せる俺の手を取った。
両手で手を包んでくる。
亞莎の手は、温かかった。
「私は雛斗さまをお慕いしております。雛斗さまの疲労が日夜、気掛かりでなりません。雛斗さまも、私の意見を聞いてくださいますか?」
見上げて言った亞莎にとくんっ、と胸が鳴った。
一瞬息が詰まり、何も考えられなくなった気がした。
「……わかったよ。たまには息を抜くよ。亞莎に心配させないようにね」
気取られないよう、街に顔を背ける。
きっと俺の顔も赤い。
亞莎が頷くのがわかった。
手は握られたままだ。
ちょっとしてから酒を呑んでるから赤いのはわからないか、と気づいてかすかに鼻で笑った。




