拠点フェイズ5.白蓮
俺は基本、内政はできない。
話すくらいだったらできなくはないけど、実際に手をつけることはできない。
だから氷に任せてきたし、その分軍事や部隊調練を俺が担当した。
それは今も同じだ。
両方できるなんて軍師のみんなくらいだ。
一応、そこそこ内政と軍事両方をこなせる人はいるけど。
そこそこだから苦労人だ。
朱里や雛里みたいな最高の判断ができる訳じゃないから。
「これが部隊の報告だ。こっちが警邏の報告」
白蓮が書簡を俺に渡す。
白蓮がその一人だと思う。
なんだろ、器用貧乏みたいな感じかな。
可もなく不可もなく、とも言えるかもしれない。
「はいはい」
軽く返事しながら書簡を流し見た。
昼も過ぎて、おやつの時間くらい。
今日もいつものデスクワーク。
午前は部隊の調練に出た。
立国が遅れた蜀は兵数よりも練度で競わなければならないことは、これまで幾度も言ってきた。
朱里や雛里という軍師陣や愛紗たちとも話し合って決めた方針だ。
練度の他にも装備の強化、騎馬隊の増強なども必要だ。
翠や蒲公英を筆頭に霞、恋、白蓮、星や鈴々、そして俺が特に騎馬隊の調練を厳しく行っていた。
みんな騎馬に関しては非凡なものを持っている。
特に翠と蒲公英、霞は馬の扱いは随一。
白蓮や星も退けをとらない。
騎馬隊による変幻自在な戦が可能だ。
一方恋や鈴々は、自身が先頭に立って突撃していく破壊力を重視した騎馬隊だ。
そして、俺は奇襲や強襲で敵陣を崩すことを重点に置いた特殊な騎馬隊だ。
騎馬隊の中でもこういった役割ができれば、それによって多彩で迅速な戦が可能になる。
「……うん、大丈夫だよ。お疲れ」
特に問題は見当たらなかった。
警邏の方で華蝶仮面が現れたくらい。
華蝶仮面は星だから無問題に俺はしてる──俺はね。
どういう訳か、華蝶仮面の正体を見抜けないというボケをする人がそこそこいる。
恋でも気付いてるのに。
愛紗が気付いていないのには失望した。
「あ、雛斗。ちょっと訊きたいことがあるんだが」
すると白蓮がそう言った。
「うん。なに?」
書簡をとりあえず机の横にある書簡を置く用の小さな卓に積み上げた。
これは後で片せばいい。
俺のつく仕事机の、小さな卓のものよりは少なく積み上がる書簡は優先的に裁く書簡だ。
まだ洛陽にいた頃の氷が考えたやり方だ。
それでも仕事机に積まれてる書簡は座る俺の頭くらいはある。
優先しなければならないことが山積みになっているのだ。
とは言え、書簡置場の卓にはそれ以上の量が積み上がってるんだけど……。
「あ、あのな……明日、暇か?」
「明日は休みだから、まあ暇だね」
「な、なら明日一緒に街に出掛けないか?」
「うん、いいよ」
「……うぇっ!? いいのか!?」
軽く了承したら白蓮がすっとんきょうな声をあげた。
「だってなんにもないし。断る理由がないよ」
「他の人が誘ってくるとかなかったのか?」
「ないよ。一刀じゃあるまいし、そんな休みの日がくる度に誘われる訳じゃないよ……なに、その目は?」
言うと白蓮はジト目で俺を見てきた。
なんか変なこと言ったかな?
「──まあ、いいか。とりあえず、明日よろしく頼む。約束、忘れんなよ」
「忘れないよ。そっちこそ、忘れないでね」
「言ってろ」
白蓮が軽口を言って部屋を出た。
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翌朝。
深夜まで仕事してなんとか片付け、眠りについたら一瞬で目が覚めた。
一秒も寝ていないような気がする。
布団の中で身体を起こして頭を振るけど、眠気は覚めない。
この世界に来てから朝起きるのが早くなった。
だいたい同じ時間に起きられるようになったのだ。
体内時計が出来上がっちゃったんだろう。
今日は白蓮と出掛ける日だからちゃんと起きないと……。
無理矢理布団から這い出て、とりあえず口をゆすぎに向かった。
口を開けないで寝る人は口の中に老廃物があるだかなんだか、と聞いたことがある。
寝た後は水分も少なくなってるんだっけ。
だから朝一、口をゆすいでついでに水分補給することにしていた。
顔も洗ったりする。
一通りの身仕度と朝飯を終えて机の席にだらりと座り込んだ。
身体がまだだるい──しっかりしないと。
折角誘ってくれた白蓮に悪い。
そう言えば、いつ来るんだろう。
いつ行くとか聞いてないや。
「……こっちから行くかな」
そう呟いてから腰を上げた。
白蓮の仕度がまだだったら庭で待ってよ。
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白蓮の部屋の扉の前についた。
霞だったら断りもなく、バーンと扉を開けて入るんだけどね。
流石に俺はそんなことはしない。
白蓮が身仕度の途中だったら悪いし。
扉を叩こうと手を上げる。
「うわぁ!?」
いきなり白蓮の大声が間近に聞こえて思わず顔をしかめた。
白蓮が扉を開いて俺の目の前にいた。
「なっ、なんで雛斗がここに!?」
狼狽する白蓮が噛みながら訊いてきた。
「昨日、いつ集まるか聞いてなかったからこっちから来た。──とは言っても、今俺のところに来るつもりだった?」
「あ、ああ。今行くところだったんだ」
まだ狼狽えた様子で白蓮が言った。
「なら手間が省けたね。今から出掛ける? 俺はいつでも良いけど」
「じ、じゃあ行こう」
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まだ朝の早いこの時間でも、街には既に人が往来していた。
成都は蜀の中心都市だけあって活気に溢れていた。
「それでどこに行くの?」
すれ違う民たちの表情を見ながら訊いた。
民たちの表情は明るい。
戦から遠ざかれば民たちの笑顔はこんなにも違う。
「ああ。──この先に雰囲気の良い茶屋があるら……あるんだ」
今、らしいって言いかけた?
誰かの受け売りかな。
「じゃ、そこで良いかな」
「良いのか?」
「別に俺はどこに行きたいとかないからね。今日は白蓮に合わせるよ」
すると白蓮はちょっと頬を赤くして、
「ありがとう」
と、小さく言った。
それに少し頬が緩むのを感じながら、白蓮の隣を歩いた。
「なんだ、雛斗に白蓮殿ではないか」
「雛斗さん、おはよ♪」
「…………」
白蓮が押し黙った。
茶屋に着くと、星と蒲公英がお茶していた。
「おはよ。二人がお茶なんて珍しいね」
「それは心外だ。私たちは花も恥じらう乙女。優雅に茶を楽しむことくらいする」
「そうだよ雛斗さん。この前雛斗さんとお茶したじゃん。忘れた訳じゃないよね?」
「あー。……そんなこともあったね」
「……星、わざとか?」
不意に白蓮が口を開けた。
「わざと、とは?」
「そ、そりゃ……って、言える訳ないだろ!」
「ふむ──」
そんな白蓮の様子に星は特に動じたことなく考え始めた。
その頬は笑いをこらえているようにピクピク動いている。
「ねえねえ。雛斗さんもお茶飲む?」
「いいよ。蒲公英が飲んじゃいなよ」
「あ~ん♪」
「お茶って言わなかった? それ、どう見ても団子だよね?」
「いいじゃん、別に。ほらっ、あ~ん♪」
「あ、あ~……ん」
「どう?」
「普通に美味しいけど」
「たんぽぽの唾液ついてるからね」
「そういう問題じゃない、と断言しつつ! そういうことを無闇やたらにやらない!」
「前も言ったじゃん。こんなことするのは雛斗さんだけって」
「ふふっ。眼福、眼福」
星が笑みを浮かべて俺たちを見ていてやっぱり考えてるようには見えない。
「星!」
「はっはっはっ。そう怒りますな。どうやら邪魔をしてしまったようですな。たんぽぽ、行くぞ」
「むう。星姉さまがそう言うなら。……雛斗さん。またね♪」
「はいはい……」
俺が口をつけた団子を食べる蒲公英を連れて去る星をため息をつきながら見送った。
「……座ろ」
蒲公英の空けた席に俺は座った。
「……そうだな」
白蓮はどこか疲れたような表情をしながら星の空けた席に腰を下ろした。
「さっき、何話してたのさ? 星となんかあった?」
「ああ──まあ、気にするな。特にケンカとかした訳じゃないからさ」
「なら良いけど」
店員を呼んでお茶を頼んだ。
「いい店だね」
「ああ、こういう開けっ広げなところは嫌いじゃないな」
一刀だったら開けっ広げ、なんて言わないでオープンなところ、とか言うんだろうなぁ。
「この後はどうするの? どこか寄るの?」
「いや、その前にちょっと雛斗に言いたいことがあって……」
心なしか白蓮の頬が赤い気がする。
「なに?」
「え、えっとだな……私は」
「あれ? 雛斗さんに白蓮さん」
「…………」
と、聞き覚えのある声に白蓮がまた黙り込んだ。
朱里と雛里が通りから俺たちを見かけてこちらに来た。
「おはよ。朱里、雛里」
「お、おはようございます……」
頬を赤くして雛里が言った。
ちょっと朱里の背中に隠れがちだ。
「おはようございます。今日はお二人はお休みでしたか?」
対して朱里はお姉さんっぽく、特に動じた様子もなく訊いてきた。
朱里って雛里の前だといつもそうやって前に立ってるけど、どの道あわわ軍師と同じくはわわ軍師になっちゃうから姉っぽく振る舞っても双子に見えてしまう。
「うん。休ませてもらってるよ。今日は白蓮に付き合ってる感じだね」
「白蓮さんと……。はっ! わ、私たち、お邪魔でしたか!?」
「あっ!? こ、これは気遣いもできず!」
雛里と朱里って、そっちに持っていきたがるよね。
「……もういいから、朱里も雛里も普通にお茶でも飲めよ」
白蓮がため息をつきたそうな顔をして言った。
い、意外に否定しないんだね、白蓮……。
俺と──いや、止めとこ。
間違ってたら怖い。
それに、朱里と雛里もいる。
今度の休みにでも──俺から誘ってみるかな。




