死に花は見たくない
「……来る」
不意に恋が呟いた。
それに霞が反応する。
俺たちが虎牢関に駐屯して、少し経った。
天気は良好、陽射しが肌に温かく、風も涼しくそれほど強くない。
遠くまで見通すことのできるくらい、戦をするにはもってこいな天候だ。
「ん? 来るて……連合軍がか? まさか。汜水関を抜くにしてもまだ早いやろ?」
確かに。
華雄は出撃したにしろ、勇将なことには変わりない。
しかも、汜水関は堅牢だ。
そう簡単に突破できるものか。
「……(フルフル)」
恋が首を横に振った。
「来る……」
恋の目は真剣だ。
それに、恋の言葉にはどこか説得力があった。
「ふむ……こういうときの恋の勘は当たるからなぁ」
「──黒永」
俺はちょっと考えてから呼んだ。
「ここに」
「出撃の準備を」
「本気ですか?」
「先程、話し合った通りだ。援軍もないのに籠城しても無駄だ。だったら関から出た方がいい」
とはいえ、あちらからは愚策と見えるだろう。
虎牢関という堅固な関がありながら、その殻から出てくるのだから。
しかし、目的は勝つのではなく生きることだ。
「すぐに頼む」
「御意」
黒永が関の城壁から降りていった。
再び、汜水関のある方角を見つめる。
「さてさて……雛斗の言う通り、生きたいのも山々やけどなぁ。各地の諸侯が集まった連合軍にこの人数で貫けるわけない、て思うねんけど」
「だったら派手に暴れて花咲かせようか?」
霞を真似てにやりと笑ってみた。
「それもええな~。大軍の中に咲く大輪の死に花……ええやんええやん!」
くいっと不意に袖を引っ張られた。
「どうした? 恋」
引っ張っていたのは恋だった。
責めるような目をしている。
「……霞と雛斗、死ぬの、良くない」
「恋……」
霞が思わず名を呼び、俺は恋を見つめた。
「戦って生きる。そう決めた」
さっきの軍議で、戦って生きる。
俺と霞と恋で、そう決めた。
勝てなくてもいい、負けてもいいから生きると。
「──今の状況、俺たちは絶体絶命と言っても過言ではない。死ぬとわかっていたら、最後は花咲かせようと思う。武人なら特にな」
霞をちらりと見て言った。
かすかに頷いている。
「死に花咲いても、誰も喜ばない……でも生きてれば、誰か喜ぶ」
「──ふんっ。恋の言う通りだ」
ちょっと笑った。
言葉数少ない恋が、こうまで深くものを考えてるとは思わなかった。
俺なんかより、命を大切にしている。
「……せやな。恋の言葉、心に刻んどく」
霞が優しく微笑みながら言った。
「……(コクッ)」
恋が霞に頷いて、次に俺を見た。
「わかったよ。俺も心しておくよ」
「……(コクッ)」
また恋が頷いた。
ようやく納得がいったらしい。
「せやけど……敵は強大や。生きるためにどう戦うつもりや?」
霞が訊く。
「たくさん倒す。それだけ……」
と、恋が言った。
「ははっ、簡単やなぁ」
霞は笑ったけど、俺はちょっと拍子抜けした。
もうちょっと作戦を深く考えてるかと思ったのに。
「簡単。恋、強い。……でも、霞も強い。雛斗も強い。だから……大丈夫」
「俺を仲間外れにしてくれなくて、ありがと」
苦笑しながら言った。
恋から見れば、俺は弱小だろうに。
なにせ俺でも知ってる天下の名将呂布なのだから。
「なに言うとるんや。雛斗も強いで。ウチと互角くらいちゃう?」
「お世辞にしても誉め過ぎだ」
「世辞やない。ホンマにそう思っとる。頼りにしとるで」
「……(コクッ、コクッ)」
恋も二回頷いた。
山中で鍛えただけの俺がそんなに強い、とは思えないけど。
「……期待を裏切らない働きをしよう」
二人が頼ってくれてるんなら、やるしかないよな。
「ほんなら恋、雛斗。そろそろ出陣しよか!」
「……(コクッ)」
「ああ」
霞の言葉に俺と恋は頷いた。
城壁を下りる。
俺の軍で待っていた黒永が、俺の黒い槍を差し出す。
黒永の背後には黒尽くめの五百の麾下が控えていて、さらにその後ろには董卓から借り受けた五千の兵がいる。
騎馬は麾下の五百のみだ。
さて、恋と霞の期待、裏切らないようにしないとな。
生きて、また恋と霞に顔合わせられるよう。
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「ふむ? 敵軍の旗が城外に展開しているな?」
星が虎牢関の方を見て言った。
確かに、敵軍は関を出て布陣している。
「どういうことだ? 敵は籠城を諦め、決戦を望んでいるというのか」
「潔いやつらなのだなー」
「でも私たちにとっては好都合だよ。野戦なら数の多い私たちの方が有利に……」
愛紗、鈴々、桃香が口々に言う。
「……それはどうでしょう?」
雛里が考えながら否定した。
「ん? どういうこと? 雛里は何か不安な点があるの?」
気になって俺は訊いた。
「難攻不落であるはずの虎牢関を捨てて、わざわざ野戦に持ち込むなんて……普通はしないはずです」
「ふむ……言われてみればそうだな……」
雛里の言葉に愛紗が考え込んだ。
「考えられるのは、乾坤一擲、玉砕覚悟で総大将の首級を望むか、それとも……退却するか、です」
「退却? しかし、それならば関に拠って戦う方が退却しやすいのではないか?」
「そうとも言えないんです。……籠城を選ぶと、どうしても城の防御力に頼り、逃げ時を見失うことがありますから」
「逆に外に居れば、逃げたいときに逃げられるってことかー」
「そういうことです」
星と鈴々の言葉に雛里が返していく。
「でも包囲されてしまえば、そこから逃げるのは至難の業なんじゃないの?」
「それはそうですが……でも、関に拠って、まだ戦えるまだ戦える……って勘違いして時機を失するよりは、包囲されかけのときに必死に逃げる方が、生存の確率は上がりますから……」
俺の言葉にもわかりやすく返した。
なるほど、敵も生きるために必死か。
「なるほどぉ~。……じゃあ、一度崩れたらすぐに逃げだしちゃうかな?」
「その可能性が高いかと思うんですが……でも、兵を率いるのは飛将軍呂布さんと張遼さんですから、そう簡単にいくはずは無いかと……」
ふむ──確かにあの最強の呂布だしな。
兵がこちらの方が多いとはいえ、崩すのは難しいかもしれない。
俺は愛紗たちの話し合いを聞きつつ、敵軍を見つめた。
まだ呂布を見たわけでもないのに、ちょっと手に汗が滲んできていた。
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「ほおー。奴ら、動き止めよったな」
「こちら側の出方を見るつもりだろう」
「……ちんきゅー」
恋の呼びに応えて背の小さい女の子が出てくる。
恋付けの軍師、陳宮だ。
「……どうする?」
「敵は虎牢関を出て布陣している我々に対し、驚きと疑念を抱いているでしょう。ならば呂布殿は、一気呵成に敵本陣を突き、その混乱に乗じてさっさと逃げるのが得策!」
「そうも問屋が卸すもんか? 先陣らしい劉旗を追い散らして、総大将の袁紹の陣に乱入するて、結構難儀なことやで?」
陳宮の策に霞が呆れて言った。
「呂布殿なら無問題です!」
「いや、もっと現実的にやな……」
「霞。……恋、頑張る」
恋がそう言ってるけど、そう上手くいかない。
俺はそう予感していた。
劉旗──絶対に劉備の軍だ。
なら、関羽と張飛がいる。
あの二人を前にして、恋は前に進めるのか。
できないかもしれない。
「……が、頑張るて。うーん……まっ、ええか! な、雛斗」
「…………」
「雛斗?」
「……??」
劉旗を見つめて黙り込んでいる俺に、霞と恋が首を傾げる。
「どーしましたか? ねねの華麗な策に驚き呆れましたか?」
「いや、確かに驚き呆れたが……恋」
「……??」
「無理をしないでくれ。劉備軍を甘く見るな。無理だと思ったら手筈通り逃げるんだ」
「…………」
恋は頷かないで、俺を見つめている。
霞も何か感じてか、黙って俺を見ている。
「呂布殿の力が信じられないですか?! あなたより何倍も強いですぞぉー!」
「……わかった」
陳宮の言葉を遮るように恋が返事した。
「……無理、しない。無理だと思ったら、逃げる」
「あ、あう。呂布殿~」
陳宮の情けない声に苦笑する。
「ありがとう。恋が突っ込んだら、俺がさらに急襲をかける。それでかなり奴らは混乱するはずだ」
「ウチもやるで。大混乱間違いなしや!」
「……良い作戦」
恋が頷いた。
「せやろ! ほんならそれを基本方針にして、あとは臨機応変ってのでどうや?」
「何とも行き当たりばったりな策ですなー」
「お前が言うなよ」
また苦笑いして陳宮に言った。
でも、これでいいんだ。
戦は、何が起こるかまったくわからない変幻の中の事象だ。
そのときそのときに合わせて、考えて動くしかない。
「……じゃあそれで戦う」
「応っ。……頼りにしてるで、恋。雛斗」
「……(コクッ)」
「任せろ」
霞の力強い言葉に、恋と俺は返事した。
「よし。……ほんなら恋。皆に一発、盛大な激、飛ばしたれ!」
「……??」
「まさか激がわからないか? 武器の戟じゃなくてだな、兵たちに気合いを入れてやるんだ」
「……恋、頑張る。みんなも頑張る」
「……ははっ。まぁ恋ならそんなもんか」
「……(コクッ)」
霞と同じく、俺も笑う。
いかにも恋らしい。
短い付き合いなはずなのになんでこの三人といると、こんなに肩の力が抜けるのか。
「よっしゃ。ほんならウチが一発、皆に気合い入れたるわ! 雛斗もやるんやで!」
「……さいですか」
苦笑しながら槍を持った。
でも嫌じゃない。
恋や霞たちと戦える。
「ええかっ! 敵は連合軍とか言うとるが、そんなん名ばかりの烏合の衆や! ウチらに勝てるはずあらへん!」
「どこに怖がる必要がある! 訓練を思い出せ! 奴らの土手っ腹に一発ぶん殴ってやれ!」
「気合い入れぃ! あいつらしばきまわしてから堂々と退却すんで! ええなぁ!」
「応っ!」
俺たちの兵が返事をする。
「ええ返事や!」
「呂布隊は先陣となって連合軍を突き殺せ!」
「うぉぉぉぉーーーーーっ!」
「張遼隊は連合軍の横っ面ブッ叩いて、そのあと呂布隊に合流や! 無様な姿見せたら死なすでぇ!」
「応っ!」
「黒薙隊も張遼隊と同じく、側面から急襲をかけ、呂布隊と合流する! 俺たちは幾度も倍する敵を突き崩した! その俺たちが連合軍に遅れを取るなよ!」
「応っ!」
「全軍抜刀じゃー!」
ジャキンッ
霞が恋と俺を見る。
「……恋、雛斗。ええな?」
「……(コクッ)」
「もちろん」
「よっしゃ。……雛斗、最後頼むわ」
「最後、俺に振るの!? ──わかった! 奴らに俺たちの力を見せてやれ! 全軍、突撃ぃい!」
「うぉぉぉぉーーーーーっ!」