お留守番
俺と星が益州に戻ってまた一月経った。
曹操と孫策は想定通り、それぞれ西進、南下政策をとり勢力の盤石化を開始した。
こちらに目は向けてはいるだろうけど、体は向けられない今が期だ。
こちらも南中への侵攻を画策した。
「現在、曹操さんと孫策さんは、自分たちの勢力を広げることに腐心しています。これは来(きた)るべき決戦に備えてのことでしょう」
定例会議の席で朱里が今後の方針について、切り出した。
大陸の情勢は今、大きく三つに集結している。
群雄割拠の時代は袁紹や袁術を始め、まだ勢力はあった。
それが三つになった、つまり乱世も終結に近づいている。
曹魏、孫呉、そして蜀漢。
この三つの勢力のどれかが、天下を掴む。
「今、この時機にどれだけ多くの領土を手に入れられるか。その一点こそかわ勝敗の分かれ道かと」
「それで南征?」
朱里の言葉に桃香が訊いた。
「先の戦で分かった通り、精強な五胡と戦うには時間が足りない。かといって、北には曹操。東には孫策がいる。俺たちが領土を広げるなら南しかないからね」
俺は肩を竦めてみせた。
「でも、南にある南蛮って国のこと、鈴々は良く知らないのだ。どんなとこなのだー?」
「南蛮は暑く、密林が生い茂り、故に虫が多く生息する場所です。未開拓の地域と言っても良いかと」
隣に座る氷が言った。
「うぇ~……虫が多いって。そんなとこ行きたくないよぉ」
「なら行くな。おまえの分の功名、ワタシがもらっておいてやろう。貴様は成都で一人でブルブル震えておけば良い」
「……誰があんたなんかに譲るもんですか。胸ばっかデカイだけの筋肉バカにね」
「なにぃ!?」
「…………」
俺がちょっと蒲公英を見ると、蒲公英の表情がちょっと動いて開きかけた口をつぐんだ。
それを見て焔耶は訝しんだけど、俺の視線に気づいて焔耶も黙り込んだ。
「……雛斗、なんかしたん?」
「この前ちょっと怒った」
「雛斗も怒る時もあんやなぁ」
氷を挟んで座る霞が意外そうに言った。
急にいつものケンカを止めたことに皆は拍子抜けしたけど、すぐに一刀が場を仕切った。
一刀は俺が怒ったのを見たからね。
「とにかく南蛮の情報が少ないとは言え、南方の村が頻繁に襲われてる今、悠長に時を費やしてる場合じゃないと思う」
「お館様の仰る通りですな。近頃、南方の村々では桃香様に対する不満が出ていると聞く。……このままでは不味い」
一刀の言葉に桔梗が苦々しげに言った。
「民の不満を霧散させるために、南蛮を制圧せねばならんか……」
「しかし勝ち目はあるのでしょうか……?」
星の言葉を聞いてから紫苑が考えながら訊く。
相手の状態や状況が分からないため、どう動けば良いか事前には分からない。
情報不足は兵法に反している。
「敵勢の情報が不足している今、勝ち負けを予想することは出来ません。だけど……多分、大丈夫だと思います」
雛里が強気に言った。
「ああ。俺たちは強い。……曹操、孫策の次ぐらいにはね」
「まあ、慢心は良くないけどね。今考えられる事態に対してどれだけ準備ができるか、不覚の事態に対してどれだけ柔軟に対応できるか──そこが勝利の分かれ目になるかな」
一刀の言葉に続けて俺が言った。
「あ、雛斗さんには言ってなかったけど」
「なんでしょう?」
桃香が思い出したように言った。
なんだろ。
「今回の出陣、雛斗さんは出なくて良いからね」
「……え?」
思わず間抜けな声が漏れた。
「い、いやそうはいかない! 折角槍直してきてもらったのですから! 皆が出て俺が出ないのは」
「いい? 雛斗さん。雛斗さんは働き過ぎ。槍を直してもらって帰ってきてから一月、ずっと働き詰めだったじゃない」
「それは蜀のためを想って」
「そのくらい我々だって分かっている」
愛紗が俺の言葉を遮る。
「ただ前からずっと言っているが、雛斗は我々にとってなくてはならない存在。少しは息を抜いてもらわなければ、こちらの息が詰まってしまうではないか」
「けどもがっ!?」
何か言い返そうとしたけど後ろから誰かが口を塞がれた。
「それに、密林じゃ騎馬は活かせないだろ? だから私と蒲公英だって残るし」
「ぷはっ……す、翠」
後ろから口を塞いできたのは翠だった。
俺を呆れたような顔をして見下ろしている。
「え? たんぽぽそんなこと聞いてなもがぁ!?」
(アホぅ! ここは話合わしとき!)
蒲公英が何か言おうとして霞に口塞がれてる。
翠が今作ったのか、今の話。
「でも相手の数もわからないから、武将もそんなに割けないでしょ?」
「だからと言って、ここに誰かが居(お)らんと本城ががら空きになってしまうだろう? お主と翠に蒲公英。それと氷を置けば内政も軍事も回るだろう」
桔梗の締めの言葉に何も言えなくなる。
確かに残る人もいなければならない。
曹操と孫策がこちらに方向転換しない、とも限らない。
「……皆がそこまで言うなら留守番するけど」
「なぁに。我らもすぐに終えて戻ってくる。雛斗はのんびりしながら待っていてくれれば良い」
星がどこかホッとしたような笑みを浮かべていた。




