拠点フェイズ4.翠、蒲公英
「伏せろ一刀っ!!」
ガギィンッ
ドズンッ
「え……?」
足元から慌ててしゃがんだ一刀の抜けた声が聞こえた。
「なっ……!」
「雛斗さん!?」
焔耶と蒲公英も目を見開いている。
俺の前には焔耶の金棒が地面にめり込み、右手で逆手に持った俺の剣が蒲公英の槍を真上に反らしていた。
昼間の街中だ。
住人は何事かとわらわらと俺たちの周りに集まってきた。
「一刀、怪我はない?」
「だ、大丈夫だ」
土埃を払いつつ、一刀が立ち上がった。
「雛斗さん! 大丈夫!?」
「そう心配するなら武器を下ろせ」
「あっ……」
焔耶が声を漏らして金棒を引いた。
蒲公英も慌てて槍を下ろした。
「一刀、返すよ」
焔耶の金棒を弾(はじ)いた一刀の剣を返す。
一刀が焔耶と蒲公英のケンカを止めようとしたのだ。
そこに俺が割って入って止めた。
「雛斗は大丈夫なのかよ」
「俺を誰だと思ってるの?」
苦笑して右手に持った剣を右腰の鞘に戻した。
「一刀と焔耶だけで街に出した、て桃香から訊いたから心配で来てみたら──どういうこと、これは?」
一刀に背を向け、焔耶と蒲公英を見た。
「…………」
「そ、それは……」
蒲公英は何か言おうとしているけど、焔耶は憮然として押し黙ったままだ。
「……一刀、何があった?」
「え、えっと。焔耶が俺のこと尻の軽い男だ、て言って蒲公英がそれに対して……」
と、一刀が言葉を濁した。
焔耶が怒る理由は桃香に何かあった時だ。
蒲公英が何か桃香のことで口を滑らした、というところだろう。
「だいたい把握できた」
「元はと言えば、そこの男が桃香様につきまとうから」
「そう言うあんたこそ、桃香様につきまとってばっかなくせに。あんたこそ尻軽女じゃ」
「黙れ!!」
まだ言い争う焔耶と蒲公英の言葉を遮って怒鳴った。
その場にいた皆が息を飲んだ。
「お前たちのケンカは結構。好きにやれば良い。だが街の住人を不安にさせ、一刀に被害が及ぶところだったんだぞ!」
「ご……ごめんなさい、雛斗さん……」
今まで見たことのない俺の様子に、蒲公英は涙ぐんでいる。
焔耶も身体を強張らせて俺を見ている。
「俺に謝るんなら一刀に謝れ」
「……ごめんなさい、ご主人様」
「……いいよ。怪我もなかったんだし」
ちょっと気に飲まれていた一刀が間を空けて笑みを浮かべて言った。
「…………」
「焔耶は謝らないつもりか?」
「なんでこの男に……」
ヒュンッ
ガキンッ
「雛斗っ!?」
一刀が思わず俺を呼んだ。
左手で剣を焔耶に向けて無造作に抜き払った。
流石に焔耶は金棒でそれを防いだ。
「何をする!?」
「焔耶が一刀のことを主と認めようと認めまいと、桃香と一刀が今のお前の主だ。主に尽くさない──お前はそれでも武人か!」
「お、おい雛斗」
一刀が俺を諫める。
それを無視して進める。
「主が嫌いでも構わない。主の器量にもよるからな。だがこの国に仕えると決めている以上、嫌でも主を支えていかなければならないんじゃないのか? 桃香だけでなく、皆が一刀を主と認めているんだからな。それができないのならこの国から出ていけ」
「貴様……私を侮辱するか!」
ブンッ
ドズンッガギィンッ
鈍い音と共に振り下ろされた金棒を避けて、地面にめり込んだ金棒を思い切り真下に弾いて焔耶の手から離させた。
「っ!」
焔耶の目が見開く。
俺は剣を首に突き付けた。
「お、おい雛斗! やり過ぎじゃ……」
「悪いけど一刀は黙っていてくれ」
一刀が息を飲むのが聞こえた。
「……嫌いな奴なら謝らなくても良い──なんてことはないってことくらい、焔耶はわかってるはずだよね? いい加減大人になってよ。それに身内ならまだしも、こんなことで民たちに被害が及んだら桃香が泣くよ」
「…………」
焔耶が口を半開きで俺を見つめた。
剣を下ろして、鞘におさめる。
「……何故、雛斗はこの男を認める?」
焔耶がまだ呆然としたまま訊いた。
「……一刀だけでなく、桃香や愛紗、皆が目指す志。一刀はその志に向かって少なからず努力をしているよ。俺にはそんな皆が眩しく見える。だから認めるって言うか、一緒にいれるんだよ。──もちろん、焔耶もね」
ちょっと苦笑して、金棒を片手で持ち上げて焔耶に差し出す。
無言で焔耶は受け取った。
「言いたいことは言ったから、俺はもうなんにも言わない。後は自分でどうするか考えてね」
「…………」
ちょっと頷いて焔耶は走り去った。
「……はぁ、ゴメン一刀。みっともないとこ、見せちゃったね」
一つ、ため息をついて一刀に振り返った。
「はあ……冷や汗かいたぞ、雛斗」
一刀も息をついて強張っていた肩を下ろした。
「焔耶は良いのか?」
「俺はね。桔梗がいる。さっき話したから、たぶん待ち伏せてるよ」
「……怖いな、雛斗」
「さて──」
一刀の言葉を無視して、住人に向いた。
「お騒がせして申し訳ありません。何事もなく終わりました。常務に戻ってください」
「……焦ったよ、打ち殺すかと思ったじゃないか」
住人の皆が露骨にホッと一息ついたのが聞こえ、それが合図のようにいつもの街に戻った。
「あ、あの、雛斗さん……」
まだ泣きそうな蒲公英が必死に何か言おうとしていた。
「……ゴメンね。怒ったりして」
通行人の邪魔にならないよう、蒲公英の手を引いて道の端に寄った。
一刀も後ろをついてくる。
「ううん。たんぽぽが悪かったから……」
「ケンカが悪い、てことはないよ。だけど他人に迷惑だけはかけないで。身内はまだ良いけど、民たちには迷惑かけないでね」
「うん……」
蒲公英が両手で目を擦った。
「またケンカしても、いつも俺が来るとは限らないからね。だからもし、街とか人に被害が及びそうなところでケンカになりそうだったら、できれば逃げて。罵られても我慢して。これは焔耶じゃなくて蒲公英に言うからね」
「焔耶じゃなくて、たんぽぽに……?」
蒲公英が俺を見上げる。
まだ目が潤んでいて、涙が溜まっていた。
不覚にもそれが可愛い、と思った。
「焔耶は結構、怒ると自制効かないと思うし。蒲公英は止められると思うから、俺は頼むからね」
蒲公英の涙を指で優しく拭う。
蒲公英は目をつむったけど嫌がる様子はなかった。
「次に俺が行くようなことがないようにね。じゃあ、俺は仕事に戻るから」
蒲公英の頭をポンポン、と優しく叩いてから立ち上がった。
「仕事中だったのに、ごめんなさい」
「もう怒らせないでね。一刀、後は頼むよ」
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「……はあ、寿命が縮まるかと思ったよ」
ご主人様がまたため息をついた。
雛斗さんはすぐ人混みの中に消えた。
「雛斗さんが怒るとこ、初めてみたしね。焔耶じゃなくてたんぽぽだから、か……」
「へ……?」
ご主人様はわからないみたい。
雛斗さんが私を頼りにしてくれてる……。
雛斗さん、あまり他の人に頼ることしないから。
何より、好きな人に頼まれたら嬉しい。
「なんかきゅんってしちゃった。あ、ご主人様。たんぽぽ、用事思い出したから先に帰るね」
ご主人様を置いて城に走った。
お姉さまに教えてあげよ。
雛斗さんがたんぽぽのことを頼ってくれたこと。




