拠点フェイズ4.朱里、雛里
「うぁ……」
足元がふらついて壁に肩からぶつかり、寄りかかった。
身体が浮わついた感じがする。
頭こそまだ少しはっきりしているものの身体はちょっと言うこと聞かない。
深夜の城の廊下だ。
火が灯されて薄暗い廊下。
なんでこんな真夜中に廊下を彷徨(うろつ)いているのかと言うと、
(「霞……やっぱりこの量はキツい」
「なんや、情けない。そんくらいでへばってちゃ生きていけへんで」
「強い酒呑めないくらいで寿命縮んでたまるか!」
「あっはっはっ。普段もそんくらい元気な方がええよ」
「酒のせいだよ! こんなんになってるのは」
「頭はっきりしてるくせに」
「はっきりしているうちに帰るよ。酔って変なことしないうちにね」
「あ~ん、待ってぇな。ウチ襲ってくれてええから」
「帰る」)
……て、ことがあってその帰路なんだけど。
思った以上に強い酒飲み過ぎたみたいで足元がふらふらする。
ったく、霞が酒強いからって俺にも押し付けてさ……。
っと、寄りかかった身体を支えきれずに尻餅をついた。
「うわっ。帰れるかな、これ……」
とは言え、朝までこんなところで寝た姿を誰にも見せられない。
どうしたものか……這ってでも帰るか。
「はわわ!? だ、大丈夫ですか!?」
「ん……朱里?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
月明かりが頼りの廊下を朱里が慌ててこちらに小走りしてきていた。
「朱里、まだ寝てなかったの? 寝ないと背、伸びないよ」
「寝る子は育つ、と言いますからね。……って、そうじゃなくて!」
その様子だとやっぱり背、気にしてたんだね。
「どうしたんですか!? どこか怪我をしましたか!?」
「いや、霞と酒呑んでたら強い酒飲み過ぎたみたいでね。足元ふらついてこの様だよ」
「そ、そうですか。よかったです」
朱里がホッとするのに苦笑しながら立ち上がろうとした。
でも足元ふらついてうまく立てない。
と、脇に何かが入ってきて身体が支えられた。
「朱里?」
「部屋まで送ります!」
朱里が華奢な身体で俺の身体を支えていた。
「悪いよ」
「雛斗さんを放っておく訳にはいきませんし、ここで寝ちゃったら風邪ひいちゃいますよ」
「修業してた頃、山で外で寝ても風邪ひかなかったけど」
「とにかく! お送りします!」
うーん、こういう時の朱里って強情だからな。
「わかったよ。じゃあ頼もうかな」
「はい!」
朱里が嬉しそうに笑うのが薄暗い廊下でもわかった。
「でも、なんで朱里はこんな時間まで起きてるの?」
ゆっくりながら廊下を歩き出した。
朱里には俺を支えるのはキツいはず。
だけど頑張ってるところを見たら、何も言えないよね。
「そ、それは……」
朱里が言葉を濁した。
「言ってまずいことならいいよ、言わなくても。助けてもらってる身だし」
「い、いえ! ただ……雛斗さんがまた徹夜してないか心配で」
「大袈裟だよ。明日……もう今日かもしんないけど、休みだから仕事は大体早めに終わらせるよ」
「それで霞さんにお酒を誘われて」
「そういうこと。でも心配してくれてありがとね」
「い、いえ! 雛斗さんは大切な人ですから……」
朱里、今さらっとすごいこと言ったような……。
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「ありがと、朱里」
ようやく俺の部屋に着いて、明かりをつけて寝台に座り込んだ。
この寝台にたどり着くにも明かりを消していったから、卓や机に身体ぶつけたりして大変だった。
「いえいえ。お水持ってきます」
「いや、すぐ寝るからいいよ」
「お酒飲んだ後はお水を飲んだ方が良いですから」
「……朱里がそこまで言うなら。気をつけてね」
「はい!」
にっこり笑って朱里は俺の部屋を出た。
元気だなぁ。
あんなに小さくてもこの国を支える大黒柱なんだからびっくりだよね。
「にしても……ふぁ。眠い……」
欠伸を手で押さえつつ、頭を振った。
折角朱里がお水を取りに行ってくれているんだ。
寝ちゃったら悪い。
と、ふと机の上の書類が目に入った。
「……そう言えば、鍛冶屋に用があったような」
そう呟きふらつく身体で机に向かい、椅子に座った。
やっぱりあった。
兵の武器の改造案だ。
そのことを話し合わなきゃいけないんだった。
急ぎ、という訳でもないけど明日の休みにでも行こうかな。
「お待たせしました!」
そんなことを考えていたら、朱里が椀を持って戻ってきた。
「あっ! またお仕事してるんですか!?」
「違うよ。ちょっと確認しようと思って見てただけだよ」
「何を見ていたんですか?」
朱里が机に椀を置いた。
「ありがと。鍛冶屋に頼む武器の改良の件をちょっとね」
「いつ頼むんですか?」
「明日にでも行こうかな、て思ってたんだけど」
「やっぱりそうですか。明日は休みですよね? なのに休みの時間を削ってまでお仕事をするなんて……」
「頼みに行くだけだよ」
「お仕事であることに変わりありません。本当に休んでください、雛斗さん。会議でも言われたの、忘れているわけではありませんよね?」
「それは覚えてるけど……」
「皆さんが雛斗さんのことを心配してるんですよ。私だって心配してます……身体を壊したら、と思うと……」
朱里がちょっと俯いた。
「……ゴメンね、心配させて。でも蜀の早急の発展のため、軍事の強化を急ぐのは必至だから」
朱里の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「それでも休んでください。雛斗さんは大切な人です。軍事が強化できても雛斗さんがいなければ意味はないんです」
「……わかったよ。明日はゆっくり休むよ」
苦笑して水を飲んだ。
俺も罪作りな奴だよな。
皆を心配させても尚、心配させようとしてるんだから。
でも、魏と呉の二国に負けない強国にするためには軍事の強化は必至。
二国より遅れて建国したのだから尚更急がなきゃならない。
「……なら明日、私と一緒に街に出掛けませんか?」
でも明日だけは、朱里のためにも休もうかな。




