拠点フェイズ4.星
「はっ!」
「はあぁぁあ!」
ヒュンッ
ヒュンッ
ガキィンッ
槍と槍がぶつかり合い火花を散らす。
そして互いに位置を入れ替わった。
星の槍の震動がまだ手に残って震えている。
それは星も同じようでギュッと槍を握りしめている。
時刻は昼前。
定期的な休みの日だ。
今朝、部屋をを出てどこに行ったものかと考えていたら星が来て、
(「雛斗、鍛練の相手をお願いできないか?」
「なんで? 愛紗とか鈴々とかいるでしょ」
「残念なことに鈴々は主と出かけ、愛紗は既に翠と打ち合っているのでな」
「紫苑とか焔耶は?」
「紫苑は桔梗と呑んでいる。焔耶は相手にならん」
相手にならんって……まあ、星からしたらそうか。
「蒲公英に鍛練してあげたら?」
「それはそれで面白かろうが、生憎蒲公英は騎馬隊の調練だ」
なにが面白いのだろうか。
「恋は?」
「寝ている」
「あっ、そう」
朝から寝るって……まあ、恋だし。
「霞も今日は調練だ。いい加減諦めて私に付き合え。それとも私と打ち合うのは嫌と言うのか?」
「嫌な訳じゃ……いいよ、久しぶりに打ち合ってみるか」)
……て、わけなんだけど。
「やはりやるではないか、雛斗!」
「こちとら無駄に山籠ってた訳じゃないからね……舐めてもらっちゃ困るよ!」
ヒュンッヒュンッ
ガキィンッ
星が横に薙いでから返す勢いで突きを繰り出すのを薙ぎを一歩退いて避け、突きを槍を縦にして柄で軌道をそらして防ぐ。
お返しに縦にした槍の穂先をそのまま斬り上げたが、これを斜め後ろに退いて避けられる。
ヒュンッ
サッ
「……相変わらず、雛斗はすごいな」
一刀が感心半分、呆れ半分な感じで言った。
一刀や桃香、その他諸々の諸将が俺と星の打ち合いを観戦している。
「私と互角に打ち合ってましたからね。星と良い勝負するのも当たり前でしょう」
愛紗は感心してるみたいだけど。
愛紗とか鈴々にはたぶん勝てない。
恋は尚更勝てない。
持ってるものが違いすぎる。
星とか霞はぶっちゃけわからない。
何度か打ち合ったことはあるけど途中でやめたりしてるし。
なにより星の戦い方を見慣れすぎた。
それは星も同じで俺の攻撃の仕方に慣れているだろう。
つまり、これは油断か疲れた方が負けな戦い。
攻撃の仕方わかってちゃ避けられるし、受けられる。
打っては避け反撃しては避け、の繰り返し。
ヒュンッ
ガキィンッ
両手で穂先を下に構えた槍を前触れもなく振り上げるが、すぐに反応されて槍を横にして防がれる。
星がその隙につけ込んで三発突きを入れてくるが、振り上げるのを返す穂先で一撃、また返しで二撃、三撃目は返した勢いに乗って低い体勢でくぐり抜けて星の後ろに抜けた。
ヒュンッヒュンッヒュンッ
ガキィンッガキィンッ
「雛斗……疲れているのではないか?」
「星こそ……見栄張ってるんじゃないの?」
星が俺が後ろに抜けたのに合わせて前に飛び退いて再び向き合う。
星はにやりと笑みを浮かべている。
「流石、雛斗の突きは力強いなぁ。星も突きも速いし……楽しそうやなぁ」
霞がウズウズしているようだ。
「どっちも疲れてるようには見えないんだけど。雛斗も星も流石ね」
詠も感心半分、呆れ半分な感じだなぁ。
「ご主人様も雛斗さんを見習ってよね。せめて私を守れるくらい、強くなって欲しいなぁ」
「いやいやいや、雛斗と比べないでくれよ! 雛斗は愛紗とだって渡り合えるんだぜ? 兵隊さんにさえ勝てない俺が見習う相手には桁が違いすぎるだろ!」
まあ、ここの世界に来てから何ヵ月か山籠ってぶっとい竹振り回して、廬植先生にもらった長柄武器とか刀剣の書物を読み込んで鍛練したしね。
育ち方が違うから仕方ない。
「ええぇぇぇい!」
「はあぁっ!」
ヒュンッ
ヒュンッ
バキィンッ
「……え?」
「……今の音は?」
体重を乗せた身体ごと突っ込んだ薙ぎをお互いに繰り出して入れ替わって……なんか、とてつもなく嫌な音がした。
ひゅんひゅんひゅん
ざくっ
「…………」
星と入れ替わりになった目の前の地面に突き刺さったそれを見て、皆ぽかーんと口を開けた。
「…………」
俺は絶句して俺の槍、黒槍を見た。
「……ほ、矛が……」
一刀が面食らった顔をしている。
黒槍の矛が見事になくなって棒になっていた。
……って!
「あっ……あぁぁぁぁあ!」
思わず情けない声を出して膝をついた。
「ひ、雛斗さん?」
桃香が驚いて俺を呼んだ。
他の皆も目を見開いている。
「黒槍が……廬植先生にせっかくいただいた槍が……!」
「廬植先生から!? そんな大切な槍だったのか……」
廬植門下だった白蓮が声を抑えた。
俺が洛陽に仕官することになった祝いに作っていただいた槍だった。
仕官からずっと使っていた、俺の身体の一部とも言うべき槍……た、確かに漢中の戦いから妙に槍から伝わる震動が鈍いなぁ、とは思ってたけど……。
「雛斗。……すまぬ」
星が槍を下ろして謝った。
申し訳なさそうに俯いている。
「……いや、漢中で夏候惇とやり合ってから不具合感じてたからもしかしたら、とは思ってたから。仕方ないよ、一応消耗するものだし」
立ち上がって地面に刺さった矛を抜く。
「しかし」
「廬植先生には申し訳ないけど、武器も摩耗する。仕方ないよ。また新しく作ってもらうよ。だから、そんな顔しないでよ。……こっちが悪い気がしちゃうから」
星に歩み寄って肩を優しく叩いた。
それでも星は顔を上げない。
「雛斗、鍛え直せば元に戻るのではないか?」
「うーん。……作った鍛冶屋の人ならともかく、他の鍛冶屋の人が元に完璧に戻すのは難しいんじゃないかな」
愛紗が遠慮がちに言うのに俺が応える。
星のことを気にしてるのだろう。
「だったら行ってきたら? その鍛冶屋さんのところに」
「え! いや、それじゃ仕事が滞るよ!」
桃香の言葉に慌てて言った。
廬植先生がどこの鍛冶屋に頼んだかは知らないけど、たぶん幽州付近か洛陽の鍛冶屋だろう。
益州から洛陽まででもかなり距離があって時間を空けてしまう。
「しばらくは軍備の増強はない、て聞いたよ。ね、朱里ちゃん」
「はい、徴兵は最近行ったばかりで調練に時間を費やす時ですし。装備も揃い始めて、警備は他の方でもできますから」
「それは悪いよ。皆だって仕事があるのに」
「雛斗ほどではない。今の雛斗が私たちよりどれほど大変か、皆よく知っている。それに、武器を持たない将軍は笑われるぞ」
愛紗がそう言うのに口をつぐんだ。
まあ、確かに武器なきゃなんもできないけどさ。
本職の半分の仕事ができなくなる、て言っても過言じゃないし。
「……じゃあ、悪いけどそうさせてもらうよ」
見つかるといいな、鍛冶屋。
これから曹操、孫策と激戦も予想されるから武器は持っていたいし。
やっぱり武器ないと落ち着かない。
それに、星もそうしないと気持ちが晴れないと思う。




