拠点フェイズ4.白蓮
「……はぁ」
思わずため息をついて、背もたれに寄り掛かった。
俺の部屋には薄い明かりが灯っていた。
机の上の蝋燭だけに火がついている。
外は既に深夜の静けさが包み、月明かりが窓を抜けていた。
なぜ明かりをつけているのか、と言うと仕事が終わっていないからだ。
重要な仕事は終えてある。
軍の再編案や徴兵案がそれに当たる。
早めに裁断してもらって、なるべく早く軍備を強化しなければならないからだ。
調練、警備の報告などは後回しにしている。
今はその調練、警備の報告などを確認しているのだ。
「休む暇があったらさっさと終えて寝るか……」
そう呟いて眠気を覚ますため頭を振ってから筆をとった。
「……誰?」
けど、不意に布を擦るような音が聞こえ、筆を置いた。
俺の出した音じゃない。
こんな時間に人が来ることはほぼ皆無だ。
今の時間はたぶん、起きてる人はいない……あ、でも一刀はよろしくやってるかもね……はずだから。
もしかして……暗殺者か、間者か。
「…………」
窓を確認して次に扉を見た。
机に立て掛けてある剣をつかんで扉に向かう。
タッタッタッ……。
「っ!」
バタンッ
廊下を走る音が聞こえて反射的にドアを開けて剣を抜いた。
左右を見渡してドア脇も確認する。
「……はぁ」
誰もいないことを確認して息をついて剣を鞘に戻した。
確かにドアに人の気配を感じた。
走っていった音も聞こえた。
気のせいではないはずだ。
だけど殺気は感じられなかった。
「……一先ず警備の兵に厳戒態勢をとらせよう。明日に響かないよう、みんなを起こさないようにしないと」
そう呟き、警備兵の詰め所に向かった。
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「ふぁっ、あぅ……」
「可愛い欠伸をするな、雛斗」
星がにやにやするのに気付いて顔が熱くなった。
あの出来事の翌朝の定期会議を終えたところだ。
昨夜はあの事もあって一睡も出来なかった。
仕事を急いで全部終えてから警備兵と共に朝まで警備していたからだ。
「なんだぁ、雛斗はだらしないなぁ」
翠が呆れたように言った。
「ゴメン、昨夜は一睡もしてないんだ」
立ち上がりつつ大きく伸びをした。
背中を捻るとぽきっ、と骨の小気味のよい音がした。
「仕事でも終わってなかったの?」
蒲公英が首を傾げた。
「いや、仕事が深夜まで終わらないのはいつも通りなんだけど。昨夜はいろいろあってね」
欠伸で出た涙を擦る。
「いろいろ?」
蒲公英が俺の顔を覗き込みながらまた訊いた。
蒲公英、そうやって覗き込むの止めて欲しい。
上目遣いってホントに可愛いと思ってドキッてするから。
「深夜に誰かが俺の部屋を覗き見してたみたいなんだ。気付いて外を確認しようとしたら逃げてったけど。それだから警備兵に厳戒態勢とらせて俺も警備に加わったから……ふぁ」
言い終えてからまた欠伸が漏れた。
「なに? 雛斗を暗殺しようとした輩がいた、と言うことか?」
愛紗が聞き捨てならない様子で訊いた。
警備担当は愛紗だったね、確か。
「暗殺かわからないよ。殺気は感じられなかったし。なにより逃げてったし」
目をまた擦る。
暗殺しようとするなら逃げるより乾坤一擲、斬りかかった方が良い。
バレて逃げて隠れても警備が厳しくなるから、また息を潜めて暗殺の機会を狙うのはよほど強くなかったなら現実的ではない。
「愛紗の警備だったら……身内の誰かかな?」
今になって考えが変わった。
昨夜はそんな考えは浮かばなかった。
疲れて眠かったからかもしれないけど、皆の安全しか考えてなかったから。
「それはあり得るかもしれませんね。相手は雛斗さんですから」
朱里はそれほど不思議に思わないようだ。
「雛斗ならわかるやろ? 乙女心」
「……じゃあ昨夜のは霞?」
「ウチやない。残念やろ?」
「じゃあ星?」
「無視すな」
いや、答えたらからかわれるし。
「私でもない。残念だろう?」
「じゃあ恋?」
「……最近の雛斗は冷たい」
答えたら以下略。
「……(フルフルッ)」
「……まあ、恋だったらその場に立ちっぱか」
氷と亞莎は来ないだろうし……寝るの邪魔することはしない人だから。
じゃあ誰だろう……。
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「……はあ、やっぱり雛斗はすごいな」
廊下を立ち止まってホッと息をついた。
定期会議を終えて解散したあとだ。
昨夜、用足しの帰りに雛斗の部屋から明かりが漏れてるのが見えたから覗いてみたのは私、白蓮だ。
物音を立てなかったつもりだったが、覗いてすぐ気付かれた。
なんとか逃げたけど、雛斗は用心深く警備態勢を厳しくしたから部屋に帰るのが大変だった。
「しかし、雛斗に悪いことしたな。まさか雛斗自身が警備に加わるとは思わなかった」
「おやおや、やはり犯人は白蓮殿でしたか」
「……へっ?」
いきなり後ろから声が……この声は。
「せ……星!」
「そのような大声を出さずとも聞こえております」
星が呆れて言った。
「お前……やはり私が犯人、て!」
「もちろん、見ておりましたとも。白蓮殿が雛斗の部屋を覗く一部始終を」
な、なんて面倒な奴に見られてしまったんだ!
よりにもよって星に!
「せ、星! このことは皆には内密に!」
「さっそく、雛斗のところに酒のつまみにでもしようと思っていたところだったのですが」
「雛斗にだけは絶対に言わないでくれ!」
「はっはっはっ」
くぅ……耐えろ、耐えるんだ私!
「まあ、雛斗の様子を見たい気持ちはわかりますからな。ここは黙っても構いませんが」
「べ、別に雛斗の様子を見たかったわけじゃ」
「では、なぜ雛斗の部屋を覗いたのです? まさか、そんな性癖があったと?」
「ぐっ……ああ! そうだ、雛斗の様子を見たかっただけだ!」
星には素直に言った方が良い、これは教訓だな。
「はっはっはっ。そのように素直になれば雛斗はちゃんと受け入れてくれますぞ」
「なななっ! なにを言ってるんだお前は!」
「言葉の通り。白蓮殿が雛斗に好意を持っていることくらい、私にだってわかりますぞ」
「……まさかとは思うが、皆知っている……のか?」
「もちろん、知っていますとも。まあ、恋辺りはわからぬかもしれませんが」
恋は仕方ない。
純粋無垢な奴だからなぁ。
「私とて、雛斗に想いを寄せる一人。女が女の想いがわからぬわけがありますまい」
たまに星は真面目なこと言うよな。
「で、白蓮殿はどうするのです? 雛斗はいつでも空いているわけではない。むしろ、仕事に悩殺されそうなほどで暇などあまりないのですからな。他にとられる可能性も低くありますまい」
「雛斗は好かれてるからなぁ。恋にしろ霞にしろ」
元黒薙軍の女たちは皆雛斗が好きなはずだ。
そして目の前にいる星も雛斗が好きだ。
数え挙げれば北郷にも負けない。
「おや、わかっているではありませんか」
「……今度、雛斗の暇を見つけて言ってみるよ。……悪いな、星」
「白蓮殿だけ仲間外れは可哀想ですからな」
と、また笑いながら廊下を去った。
その背中を見送ってから私は雛斗の部屋に向かった。
もちろん、雛斗の予定を訊きに行くためだ。




