拠点フェイズ4.霞
優柔不断。
たぶん俺のことをそう言うんだと思う。
最近、霞の様子がいつもと違うような気がする。
酒に誘ったり、稽古に付き合うのはいつも通りだ。
だけど、なんかいまいち霞らしさに欠けている。
「ほれほれ~、もちっと呑めるやろ雛斗~」
隣に座る霞が徳利をぐいぐい押してくる。
今日は休みの日だ。
霞に誘われて街に繰り出したけど、やっぱり酒にたどり着いた。
まあ、いつものことだけど。
でも酔ってるように見えるけど、俺の見た感じだといつもより呑む量が少ない気がする。
国の発展の大事な時期とあって、必然的にみんな仕事が多くなっている。
俺と霞も然り。
曹操と孫策に追いつかなければならないのだから仕方ない。
だから、最近こうして一緒に呑むことはなかった。
「もらっとくよ。今日はなんも無いし」
霞の突き出す徳利に盃をあげる。
「霞も呑みなよ。まだいつもより呑んでないじゃん」
「そんなことあらへんよ。呑んどる」
「……なら良いけど」
こういうところが優柔不断って言われるんだろうね、俺。
「最近、こうして一緒に呑むことなくなってもうたなぁ」
霞がくいっ、と盃を飲み干す。
「まあ、仕方ないね。今大変な時期だし」
「……おもろない」
「わかるけどね、霞の言いたいこと」
霞は武人中の武人。
戦が好きで好きで堪らない。
少なからず俺もそういうところがある。
軍略書を読むのが嫌いじゃないのもそこにある。
だから霞は鍛練をよくせがむし、調練に打ち込む。
それ以外の仕事がつまらない、と言っているのだ。
ただ、霞も知勇兼備の名将。
いろいろな仕事に駆り出されることも少なくない。
「はぁ……なぁ、雛斗~」
「ぐびっ……今度はなに?」
俺も盃を飲み干す。
なんだかんだこの世界に来てから酒を身体が欲するようになった。
霞や星と呑んでるから、て言うのもあるけど。
「……雛斗はウチのこと、どう思ってん?」
「……は?」
徳利を傾け盃につごうとしてピタリと止めた。
「雛斗は、ウチのことどう見てん」
霞の声色は真剣だ。
徳利を卓に置く。
「……大切な存在だよ。あの時からずっと一緒に、背を預けながら生きてきて、今の俺には無くてはならない人になってるよ」
素直に、本気の気持ちを伝えた。
虎牢関で共に戦い、逃げて共に生き延び、漢中で共に曹操を打ち払い、傭兵から足を洗っても共にいてくれた。
氷や恋やねね、亞莎も同じだけど俺にとっていなくてはならない、大切な人になっていた。
「……さ、さよか」
霞はきょとんとして、でもすぐに頬を赤くして呟いた。
……恥ずかしいこと言ったな、俺。
「恥ずかしいこと言ってゴメン」
「いや……めっちゃ嬉しい。雛斗がそんな風にウチを見てくれて」
霞が照れて頬をかきながらそう言った。
「なぁ、雛斗。今日は暇?」
「暇じゃなかったら霞と呑んだりしないよ。今日だったら大丈夫だよ」
「なら……夜、また酒飲まへん?」
───────────────────────
綺麗な月が、少し寂しげに誰もいない城壁を照らしていた。
いや、誰かは必ず来る。
涼しい風が俺を撫でるけど、心はそわそわしたままだ。
夜に、しかも誰もこないようなところに女性と二人きりで逢う……心が落ち着かないのも当たり前でしょ。
「……ゴメン、待たせてもうた」
それに相手は霞なのだから心が休まる訳がない。
「いや……大丈夫だよ」
なんとなくぎこちない雰囲気に俺も黙り気味になってしまう。
「邪魔するで……」
いつもと違う覇気のない声。
俺の隣に座った。
一応徳利は手にあるようだ。
「やっぱ優しいわ、雛斗。ウチが座れるよう最初から空けといてくれる」
座るなり霞がぼそりと言った。
「……どうしたの、いきなり?」
と、訊いたけど霞はなんにも答えず俺の肩に頭をのせてきた。
思わず肩が強張った。
「……雛斗の肩、意外に堅いなぁ」
声を発する度に霞の頭が揺れる。
風呂に入ってきたのか、霞から良い匂いが鼻をついた。
「……当たり前でしょ。緊張してんだから」
「……緊張してん?」
無言で頷いた。
「なんでなん……?」
ぐっ……わかって訊いてるでしょ、霞。
「…………」
「……なあ、なんでなん?」
「……だ、だから……ああっ! もう!」
癇癪おこしたら霞が驚いて肩から離れた。
「霞のせいだからね! こんな……胸が詰まるみたいな、ドキドキしてんの!」
「……う、ウチのせい?」
ちょっと戸惑う霞の顔は赤かった。
「霞が……こんな、俺を誘うみたいなことして……」
「……誘ったりせえへんよ。ウチがそうしたかったんや」
「……へ?」
間抜けな声が出た。
「雛斗はいつもウチらの前に立ってんやもん。大将だった頃の雛斗、本当はウチらが前で攻めなあかんのに、いっつも前に立って、自分で奇襲の先頭に立って……」
「…………」
月を見上げながら言う霞の言葉を、下の街を見下ろしながら急に黙ってしまいながら聞いた。
「ウチらの先行ってまう。……ウチ、嫌や、そんなん。雛斗の側にいたいんや……」
「……ゴメン」
「謝らんでええよ。せやけど……」
霞が今度は身体ごと俺の肩にのしかかってきた。
「戦以外は側に……雛斗に触れさせてえな……」
霞の儚げな声が耳に近い。
霞の柔らかい身体の重さが心地よい。
霞の頭に遠慮がちに頭をのせた。
霞の良い香り、やわらかい髪……霞は嫌がる様子はなかった。
「……うん。……霞……して、いい?」
「…………」
意味がわかったらしく霞の頭が小さく動いた。
互いに向き直った。
霞の目は潤んでいて、どこか不安気だ。
「雛斗からして。ウチ、慣れてへんのやから」
「俺が慣れてる、みたいな言い方も嫌だけど」
呆れて苦笑した。
それを見て霞も笑った。
ちょっとは緊張、解けたかな。
霞の肩を優しくつかんで、霞の唇に唇を寄せた。
ゆっくりと唇が触れ合った。
霞の身体は強張ったままだ。
背中を優しく撫でた。
「……ん……はぁ、やっぱ慣れとる。……手つきがやらしい」
「……優しくやってるつもりなんだけど」
「雛斗……もっと、してえな」
「……うん」
再び、唇を合わせた。
今度は身体はやわらかい。
「……雛斗、好き……好きや」
「……うん。俺も霞のこと、好きだよ」




