拠点フェイズ4.恋、ねね
「……それは雛斗に訊いてくれ」
ため息をついて俺は言った。
目の前には天下の猛将、呂布こと恋がいる。
朝の仕事中のことだ。
いつも通り、桃香と愛紗で揃って仕事についていた。
そんな時に恋がいきなり入ってきた。
「雛斗と一緒にいると、胸がきゅうってする。……これ、なに?」
なんて出会い頭に言われて三人揃ってポカーン、としてしまったものだ。
「……雛斗は他の人に訊いて、て言った」
「むう、しかし……」
愛紗がちらりと俺を見た。
桃香もこちらの様子を伺っている。
雛斗に訊け、と言ったのは恋は十中八九、雛斗に好意を寄せているとわかるからだ。
たぶん恋の訊きに来た気持ちは雛斗が好き、ということの表れだと思う。
恋はその気持ち、感情がわからないだけ。
だから俺たちなんかに訊きに来たんだろうけど。
「一度は雛斗さんに訊いたんだね?」
「……(コクッ)」
桃香に恋は頷いた。
「なぜ雛斗は他に訊くよう流したのでしょう? 雛斗はご主人様と違って少しは察せる方のはずです」
「……遠回しに俺が鈍感、て言ってない?」
「気のせいだよ、ご主人様」
と、桃香に流された。
うーん、確かに鈍いかもしれないけど。
「だとしても雛斗さんが言うかなぁ? 雛斗さん、あれで結構恥ずかしがり屋だし……」
桃香が筆をくわえつつ考える仕草をする。
「恥ずかしかったから言わなかった、というのはありそうだな」
雛斗、ちょっと遠慮するところがあるし。
「…………??」
「……ご主人様、なんとかしてください」
「ええ! 俺が!?」
恋が首を傾げるのを見かねて愛紗が言った。
「私や愛紗ちゃんより、ご主人様の方が上手く説明できると思うし……。お願い!」
「……む、難しいけどやってみる」
桃香の声に折れた。
「えっとな、恋。その気持ちはは……」
とはいえ、どう伝えたものかな。
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「ふあ、あぁぁ……」
だらしなく欠伸をした。
城の庭の木陰に寝転がるとホントに気持ちが良い。
ちょっとした喧騒も聞こえない、心地よい弱さの涼しい風が身体をくすぐる。
早めに仕事を終えて、昼御飯を食べてしまって休憩しているところだ。
食べてからすぐ寝るのは身体に悪いらしいから、ちょっと氷の剣の鍛練に付き合ってからにした。
悪くない腕はしてるけど、蒲公英には敵わないかな。
「昼寝でもしようかな。ちょっとだけ残った仕事は夜にやろ……ふあ」
また出てきた欠伸を噛み殺して、目を擦ってから目をつむった。
ちょっと経ってから、不意に近くでトサッと誰かが座る音が聞こえた。
「……恋?」
目を開けて隣を見ると恋が体育座りをして俺を見ていた。
「…………」
「……どしたの、恋?」
なんでか無言で俺を見つめている。
なんか顔についてるだろうか?
「……好き?」
「……へ?」
いきなりそんなことを言われて間抜けな声を出してしまった。
「…………??」
「いや、恋。何がなんだか俺もよくわからないんだけど」
いきなり好き、なんて……しかも疑問型だし……言われて相手の意図を察するなんて無理だよ。
特に相手は恋だし。
「……昨日、ご主人様に訊いてきた」
「……なにを?」
思い当たるものがあるけど、一応訊いた。
「……恋が雛斗をどう思ってるか、訊いてきた」
「…………」
やっぱりか……。
まあ、一刀なら経験豊富だからちゃんと教えてくれた、と思う。
でも、恋はホントにそう思ってるのか……ちょっと不安だ。
「……恋、今日仕事は?」
「……恋は、なにもない」
ねねはあるんだね。
「俺もないからさ。ちょっと一緒に出掛けない?」
恋の気持ちを、もっと知りたい。
不安からだけど、結局のところ俺もそうだから。
「……行く」
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二人きり、て言うと城壁の上かここしかないよね。
そう絞られるとこういう時、すぐ読まれるから誰か見てないか不安になる。
「……涼しいね」
何とはなしに言った。
街からちょっと離れた小川だ。
黒鉄と来たり、ちょっと汗を流しに来たりする。
けど、夕方のこういう時に来るとそれらとはまた違った雰囲気を漂わせる。
「…………(コクッ)」
いつも通りに恋は頷いたけど、流石に今までと違う雰囲気にちょっと戸惑っているようだ。
「一刀からなんて訊いたの?」
隣り合わせに小川を見下ろしながら訊いた。
「……ご主人様は、好きって言う気持ちだ、て言った。恋は雛斗のこと、好き。ねねも霞も、好き。でも、雛斗の好きは違う」
「…………」
黙って目をつむった。
ただ、恋の言葉に耳を傾けた。
「雛斗と霞が仲良くしてると、恋は苦しい。霞が愛紗と仲良くしてるのは、苦しくない。恋が雛斗のこと、みんなのと違う好きだから」
「…………」
大部分はたぶん、恋自身が考えたことだ。
一刀がここまで教えているとは思えない。
恋の思ったことを、恋自身が整理をつけているんだ。
「……恋、間違ってる?」
なにも言わない俺を恋は見上げた。
綺麗な瞳が俺を射抜いた。
「……恋が自分で考えたことに、間違いなんて言えないよ。人の思ってることなんて、完全にはわからないんだし。それにその人を否定することになる」
「…………」
「恋は自分の考えたこと、間違ってると思う?」
「……(フルフルッ)」
「じゃあ信じなよ」
これでわかった。
見上げてくる恋の背中に手を回した。
意外にすんなりと恋は俺の胸におさまった。
「……雛斗?」
「……俺もおんなじ気持ちだよ、恋」
天下の猛将とは思えない、華奢な身体。
恋もちゃんと女の子なんだ。
「……同じ?」
「うん、同じだよ」
「……よかった」
恋のホッとした声が耳元に聞こえた。
ちょっと抱き締める腕を解いた。
頬をほのかに赤く染めた恋が俺を綺麗な瞳で見つめてくる。
俺もたぶん、顔赤い。
ここはリードしてやらないといけないよね。
そう思ってから、俺はゆっくりと恋の唇に唇を重ねた。
「ん……」
恋のちょっと戸惑った声がもれた。
緊張を解くように、俺は恋の背中を撫でた。
やがて慣れてきたのか、恋も俺の背中に腕を回した。
「…………」
唇を離すと、ちょっと潤んだ恋の瞳が真っ先に目に入った。
思わず釘付けになったけど、頭をちょっと横に振って意識を保った。
「……雛斗?」
無意識なのか、目がとろんとしたまま恋が俺を呼んだ。
「……嫌だった?」
「……(フルフルフルフルッ)」
恋が思い切り首を横に振った。
笑っておでこ同士をこつん、とくっつける。
「ありがとね、恋」
俺も恋の瞳を見つめ返し、また口付けをした。
恋はちょっと感情のわかりにくいところがあるし、何考えてるか普通はわからないと思う。
だけど、本当に純粋で自分に素直で優しい。
そんな恋を誰かが導いてやらないといけない。
恋は強いけど、たぶん誰かがいてやらないとその強さがどこに向かえばいいかわからない時があると思う。
それを俺と会う前はねねや霞が手を引いてたんだと思う。
俺もそのうちの一人に、なってもいいよね。
「……んっ」
訊くように恋の背中に回した腕をもっと強く締めたけど、恋もぎゅっと強く締めてきた。
それに安心して恋の後頭部を撫でた。




