拠点フェイズ3.翠、蒲公英
「なに黄昏てんのさ、翠」
「あっ……雛斗」
翠が俺に気づいて目を向けた。
最近人気があるという茶屋だ。
気分転換に街に繰り出した時に思い出して来てみた。
そしたら一人でお茶を飲んでぼーっとしている翠がいた。
「黄昏てたわけじゃない。雛斗こそ、今日は仕事だろ?」
「部屋に籠ってたら気が詰まるから気分転換にここで仕事しよう、て思ったんだ」
翠の向かいの席に座る。
近くを通り掛かった店員にお茶を頼んだ。
「翠は休みだったかな?」
「ああ。蒲公英は鈴々と調練だけど」
「そっか……。なんかくつろいでるとこ邪魔してゴメンね」
「い、いや……雛斗は軍事の頂点にいる。仕事が大変なのはわかってるつもりだし、気分転換したいのもわかる。だから気にするな」
「ありがと」
礼を言ってから書簡を開いた。
筆はない。
考えをまとめる為に外に出ただけで、記入するのは後でいい。
「どんなことがあるんだ、軍事の頂点の仕事って」
翠が身を乗り出して書簡を覗き込む。
ふわり、と女の子特有の甘い香りがしてドキッとした。
なんで女の子ってこんなドキドキする香りするのかな?
「あ、これは徴兵計画。それとその配置考案」
「……私には難しい」
「馬を大切にする兵を送るから安心して」
苦笑しながら言って考え始めた。
「雛斗の部隊はどうするんだ?」
「ん? とりあえず、二万にまでは戻すつもりだよ。調練が大変だけど」
「雛斗のとこに一万ちょっとか……大変だな」
一万近くを八千の俺の部隊の錬度に合わせるのは難しい。
俺の部隊は奇襲や強襲に特化してる、特殊な部隊が故、なおさら難しい。
「減ったものは仕方ないさ。地道に鍛えるしかないよ」
そう返事して書簡を卓に置いて伸びをした。
「お待たせしました」
と、店員がお茶を持ってきた。
「ありがと」
ことり、と卓の上にお茶が置かれた。
「ここ、すごいだろ?」
「すごい?」
お茶をすすりながら訊き返した。
「ここ、お洒落だろ? だから恋人同士で来るのが多いんだよ。だから私なんか浮いてるし……」
「……まあ、確かに多いなぁ。でも翠は浮いてないでしょ」
軽く見回してから言った。
まあ、こんな中に俺は入ってこうとは思わないなぁ。
今は翠がいたから入れたけど。
「なんでだよ?」
「なんでって……可愛いから合ってると思うよ」
書簡を見ながら言った。
「……えっ?」
「だから、翠は可愛いから浮いてないと思うよ」
聞こえなかったらしく、もう一度言った。
「★■※@▼●∀っ!?」
「……なんだって?」
意味不明な返事が返ってきて思わず訊き返した。
「ななっ、なっ、なに変なこと言ってんだよっ!」
翠が真っ赤になって噛み噛みで言った。
「……変なことって、翠が可愛いってこと? 別に変じゃないでしょ」
「そんな……ぅ、嘘だっ! 嘘に決まってるっ!」
「こんなことで嘘を言ってなんになるの……」
翠の乱れように呆れながら書簡から目を離して頬杖をついた。
「ひ、雛斗はあたしのことからかってるんだっ!」
「からかってないよ」
「こんなあたしが美少女なんて……そんなこと言ったら、世の中の美少女に殺されちゃうよっ!」
「滅茶苦茶なこと言うね……。周りの奴だってチラチラ見てるでしょ」
「あ……ほんとだ……なんでだろ? 雛斗。あたしどこか変なところあるかな? あっ、一人でこんなお洒落な店来てるから、馬鹿にされてるとか……」
「俺がいるの忘れないでよ……」
「あ、そうか……じゃあ、なんで?」
あ、そうかって言ったね?
軽く傷付く……。
「気にしてるのは男ばかりでしょ。それに俺睨まれてるし」
「言われてみれば……」
「て、ことは?」
「……雛斗の顔に何かついてるとか?」
「そんなんで睨まれてたまるか! ていうか、何もついてないでしょ!」
「うん。何もついてない」
「……馬鹿にしてんの、翠?」
これを真面目にやってるんだったら驚きだよ?
「そうじゃなくてさ……俺のことを羨ましく思ってるの」
「羨ましいって……どうして?」
「鈍い!」
長く黒永と一緒にいて、今も朱里や雛里たちなど話から察することのできる面子と接しているせいか、翠の鈍さに思わずツッコミを入れてしまった。
「俺が翠みたいな可愛い女の子とお茶してるからだよ!」
「……へ?」
「はあ……たぶん恋人同士に見えてるんでしょ」
なんか疲れた……ツッコミ役、て疲れるのだよ。
いつも星とか霞を相手にしてるから慣れたけど。
「はああぁぁ~~~~っ!? ああああ、あたしと雛斗が恋人っ!? 無いっ! 無いよそんなの、絶対無いってっ! あたしと雛斗が恋人同士に見えるなんて、そんなことあるわけ無いっ!」
「……ゴメンナサイ、自惚れてました」
そんなこと言われたらなんか悲しくなってきた。
だって無い無い、言われたんだよ……。
「そんなに俺と恋人同士に見られるのが嫌なんて思わなくて……」
「ちっ、違うって。嫌とかそういうことじゃなくて、雛斗に悪いから……」
「……へ?」
「だってあたし、がさつだし、不器用だし、顔も可愛く無いし、身体つきだって中途半端だし……。こんなのの恋人なんて嫌だろ、雛斗だって?」
「……俺は嬉しいよ」
「★□△○Χっ!?」
俺がそう答えると翠はいきなり椅子を倒しながら立ち上がった。
「なっ、なんで……嬉しいって、そんな……」
「……翠がなんで自分のこと認めないかわからないけど、翠は普通に可愛いからね。俺はそう思ってるよ」
「★■※@▼●∀っ!?」
「だから恋人同士に見えてるなら俺は嬉しいよ。翠は嫌かもしれないけど」
「…………」
「……翠、どうしたの?」
翠が絶句してしまったので訊いた。
「ひひっ、雛斗、ゴメンっ。あたし、急用、思い出したから、もう行くな。それじゃっ」
「えっ、ちょっ……ちょっと待った!」
明らか逃げるつもりだよね……まあ、逃げるのはいいんだけど。
「なななっ、なんだよっ? あたし、仕事が……」
「行くのはいいんだけど、なにか食べた? 口の端になにかついてるけど」
「?」
自分じゃ見えないからか、翠は首を傾げた。
「手拭いとかないから悪いけど……」
と、一応断って指で口の端に残った団子かなんかの蜜をできるだけ優しく拭い取った。
「―――――っ!?」
「いきなりゴメンね。でも、そのまんまだと街の住人に見られるし」
「なっ……ななっ、なっ……」
「……す、翠?」
「あああああああああああああああっ!!!」
どぐぅっ!!!
「うぐっ!?」
いきなり勢いよく突き出された拳が俺の腹にめり込んだ。
ほとんど不意打ちだったから避けれなかった……。
「なっ……す、翠。なんでなぐっ……」
「知るか馬鹿っ! 馬鹿馬鹿馬鹿っ! このエロエロ魔神っ!!」
真っ赤な顔で怒鳴ると翠は土埃を上げて走り去った。
「……一刀じゃないんだからさ……エロエロ魔神、て言うな。……で、蒲公英はいつまで隠れてるつもり?」
痛む腹を押さえながら椅子に座った。
「あれ? わかっちゃった?」
近くの店の陰から蒲公英がひょっこり現れた。
「いつからわかってたの?」
「うーんと……翠が可愛い、て言った辺りからかな」
人前でみっともない姿を見せないよう、痛むけど背を正しながら言った。
「ほとんど最初からじゃん」
言いながら蒲公英が翠で倒した椅子を直して座った。
「駄目だよ雛斗さん。相手が星姉さまとかならともかく、いきなり顔に……しかも唇になんか触ったら驚くに決まってるでしょ」
「……一応、断ったんだけどね。あれは断ったとは言わないか」
とは言え、腹をぶん殴らなくても。
身体鍛えてるからいいけど。
「で、蒲公英は訓練だって聞いたけど? まあ、抜け出してきたんだろうけど」
「うん、抜け出してきちゃった♪」
「きちゃった、じゃないよ。鈴々が手を抜かないからって」
「限度があるのっ。見てよ。こことかこことか赤くなってるでしょ?」
「我慢してよ……」
ため息をつき、お茶に手を伸ばした。
しかし……。
「……蒲公英、飲んだでしょ?」
茶碗の中は空だった。
「ご主人様と違って、ホントに察しが良いよね雛斗さんって」
はあ、とまたため息をついて茶碗を卓に置いて、背もたれに寄り掛かった。
「ねえねえ雛斗さん。お茶おごってよ」
「飲んだでしょ」
「ぬるかったの。い~じゃん。ねっ? お願いっ♪」
ちゅっ
「……………………え?」
な、なにか頬に柔らかくて湿った感触が……まさか。
「あっ、ほっぺより、口の方が良かった?」
「ちょっ……おま……何をっ!?」
「何って、お願いのチューだけど?」
「ち、チューって……」
「だってたんぽぽ、今、お金持ってないんだもん」
「だからって……はぁ」
なんの悪びれもしない、害意のまったく見えない笑顔に俺はため息をついた。
「おごるよ。おごるのは良いけど、女の子がそういうの軽くしないでよ」
頭を振りながら書簡を見た。
さっきからまったく仕事が進んでない。
「心配いらないって。たんぽぽがこんなことするの、雛斗さんだけだもん」
「……………………え?」
「へへぇ~っ♪」
にっこりと満面の笑みで見つめ返されて、俺は口をつぐんだ。
たんぽぽは気にせず、店員を呼んで注文を始めた。
「あっ……ねえねえ雛斗さん。たんぽぽ、お団子も食べたいな~っ♪」
「……好きに頼んでよ」
「あはっ♪ ありがと雛斗さんっ♪」
「…………」
もし、狙ってやってるなら小悪魔だな。
天然でもたちが悪いけど。
にこにこしながらお茶を楽しむたんぽぽにまたため息をつきつつ、仕事に戻った。
今度会ったら翠に謝んなきゃな。
思い出させたらまた殴られそうだけど。




