反董卓連合軍
予感が的中した。霊帝が崩御されたのだ。十常侍の視察のまもなくのことだ。
ここぞとばかりに十常侍は新しい帝候補の幼い子供を立てた。そして、もう一人の候補の縁者の大将軍何進を暗殺した。しかし、十常侍も何進に近しい者に殺された。生前、何進は力を高めるために地方から将軍たちを召還していた。
そのうちの一人、董卓が混乱に乗じて洛陽を占拠──したかのように見える。
「あんさんも大変やな~」
印象に残る口調の豪快そうな女性がニヤリと笑いながらこちらを見た。明るい紫の髪を髪留めだまとめ上げた女性は、薙刀を肩に担いでいる。
そんな一大事の中、俺は洛陽から離れなかった。中には董卓から離れて、洛陽から出る者もいたのだ。ただ、職を放棄する気になれなかった。洛陽の治安は自分に委ねられていた。
黒永は反対して洛陽脱出を進言したけど。
「俺だけじゃない。張遼だって同じだろう」
「あんたも逃げれたはずや。せやけど、逃げなかった」
この女性は張遼、字は文遠といった。今の俺と同じ境遇にある者だ。
「質問を質問で返すのは悪いと思うが、張遼こそなんで引き受けた?」
馬の揺れに身を任せながら、空を見上げた。快晴だった。遮るものの少ない原野に日射しが照りつけてくる。
董卓が洛陽に入ってやはり間もなく、賈詡という少女が訪ねてきた。
(「あんたを見込んで、話があるわ」
「どういった話だろうか」
「私たちを助けて欲しいのよ」
「董卓の使いと聞いたが」
「そうよ。私は賈詡、字は文和。董卓の軍師よ」
「軍師様でしたか。助ける、とはどういうことですか?」
「董卓は洛陽を占拠して暴挙を振るっている。地方、洛陽の外ではそういった噂が流れていると旅の者や、間者から聞いた。それを聞いて、洛陽奪取を名目に権勢を狙う。そういう者が出ないとは限らない。だから味方を集めたい──だろう?」
「──頭が回る人で助かるわ」
「しかし、なぜこのようなことに? 董卓殿は、そのようなことをする方ではない印象を受けましたが」
「十常侍の残党が、私たちに天子のお守りを押し付けて逃げたのよ」
「なるほど。十常侍と何進の残党同士の争いに恐れおののいた訳か」
「思ったより、状況を把握してるみたいね。荒武者かと思ってたわ」
「まあ、戦功だけ見ればそうだろうね。助けることで、俺たちに利益は?」
「…………」
「ない、か」
「涼州に戻ればお金はあるわ。けど」
「そんなにないか」
「そうよ。涼州は田舎よ」
「あそこは豪族たちの叛意が強いしね。報酬なしに警備をするだけの、俺のところに来るとはな」
「あんたの噂は聞いてるわ。十常侍があんたを見込み、黄巾の乱では五百の兵で千、三千の黄巾賊を破った」
「奇策を使っただけだ」
「聞いてる限り、あなたはただ突っ込むだけの脳筋とは違う。それはわかったわ。それより、引き受けてくれるの?」
「──ふむ、まあ引き受けてやってもいいか」
「黒薙様?」
「洛陽を出たところで、俺たちには土地がない。兵を連れて、客将として生きるしかないさ。どうせここにいたって外に出たって、雇われることには変わらない。動かない方が安全だとも思う。持ち前の兵糧も限りがあるしな」
「それじゃあ」
「どこまで力になれるかわからないが、味方しよう」)
「そら、あんなに乞われちゃったらなぁ」
「俺も同じさ。まあ、当初はこんなことになるとは考えられなかったが」
「だから洛陽を出ようと──」
「言うなよ黒永。今は行軍中だ。士気の落ちるようなことを」
苦笑しながら黒永をなだめる。
俺たちは今、汜水関に向かっていた。
董卓討伐の連合軍──反董卓連合軍。袁紹を盟主に各地の将たちに号令したのだ。地方から集合したのはかつてない大軍だった。
それを食い止める為に、俺や張遼が汜水関に派遣されたのだ。
「お互い、貧乏くじ引いたなぁ」
「まあ、多少わかっていて引いたからな。それほど、重く考えてない」
「前向きなやっちゃなぁ」
「そう考えてなければ、やってられないさ」
「──あんさん、うちと気が合いそうやな。自己紹介がまだやったな。張遼、字は文遠。真名は霞や。あんたに真名預けるで」
「奇遇だな。俺もお前みたいの、嫌いになれない。黒薙、字は明蓮。真名は雛斗だ。次に機会あるかわからないし、土産に真名あげるよ」
張遼が笑いかけるのを、俺も笑って返した。ていうか、張遼そんな格好で恥ずかしくないのか。その──胸にさらし巻いただけだし。
霞から目をそらし、前方を見た。歩兵の方が多いから、行軍は遅い。けど、普通の歩兵よりは速い。霞の兵も俺の兵も、普通より鍛えられているからだ。
もうすぐ汜水関が見えるはずだった。
籠城でいけば、なんとかなるかもしれない。なにせ汜水関と虎牢関は名の知れた堅牢な関所なのだから。
これまで相手のしたことのない大軍にかすかに武者震いしながら、槍の柄を握り直した。