拠点フェイズ3.朱里、雛里
「ゴメン、遅くなったね」
走ってきながら言った。
「……走ってきたのに息が乱れてないのは流石ね」
詠がいつも通りぶっきらぼうに言った。
「まあ、仮にも武人だし」
「恋殿に比べれば……」
「また恋を引き合いに出すのね」
「恋殿は最強ですぞ!」
「……いつも通り、騒がしいね」
苦笑しながら木陰に入った。
「ちょっとゴメン。入らせてね」
「~~~~~~~っ!」
朱里と雛里の間に入る。
ちょっと雛里と膝が触れ合った。
雛里が真っ赤になってるけど……そんなに恥ずかしい?
城の庭だ。
今日は快晴で日照りが強く、ちょっと暑かった。
だから木陰は涼しい。
その陰には朱里、雛里、詠、月、ねね、亞莎、黒永……内政を支える軍師陣が丸く会合していた。
「ありがと。遅れてゴメンね」
「いえ! 私たちが無理を言って呼んだのですから!」
朱里が慌てて言った。
雛里も慌てた様子だけど、他はそうでもない。
「俺に相談したいことって? まあ、こんなにも軍師陣が集まってるってことは内政関連なんだろうけど」
俺は朱里から来た使いに相談があるから庭に来て欲しい、と言われたから来た。
仕事中で忙しかったけど、朱里は内政の統括をしているだけあって相談内容は重要事項かもしれない。
だから午後になんとか終わる程度まで仕事を減らして、急いで走った。
「内政関連では俺は戦力にならないよ。わかってると思うけど……もしかして軍事に関連するの?」
「どっちもです! 内政の方針を決めたいので軍事側からの意見も訊きたいのです!」
ねねがいつも通り元気に言った。
「愛紗に言えばいいじゃん」
「いえ。今や軍事の大部分は雛斗さまが担っているのですよ? 愛紗さまは他の仕事にも駆り出されてますし、軍事の天才の雛斗さまの意見は大いに参考になりますから」
「……亞莎がそう言うんなら」
ちょっと照れくさくなって庭に顔をそらした。
「さっそくなんですけど、流民の件から」
「最近多いらしいね。まあ、それも桃香や一刀の名声の賜物なんだけど……流民は困ったもんだね」
朱里の言葉に考え始めた。
桃香の人徳は徐州の頃から知られていて、民たちを連れて益州に入ったくらいだ。
そうなれば桃香なら、と劉備軍を頼って流民が集まるのも仕方ない。
「雛斗さんならお分かりかと思いますが、流民は受け入れなければ今まで培ってきた名声を失うことになります」
雛里の言う通り、餓えた民が頼ってきたのに突っぱねたら今までの人徳を失う。
「とは言え、受け入れたら受け入れたでこっちは損するばかりだしね」
餓えてるからには食べ物を配給しなければならない。
ただで食べ物を消費されるだけじゃ、こっちはたまったものじゃない。
「そこで北郷殿から提案があったのですが」
「一刀から?」
黒永の言葉に首をひねった。
未来の知識だろうか。
「兵士や開墾などの労働を条件にして受け入れたらどうか、と」
「……いいんじゃないか? 埋まっていない労働、もしくは人手が足りない労働も進行速度が早まるし。開墾で兵糧も生産できる。ただ、徴兵に関してはちょっと考えたいところだね」
「なんでですか?」
月が首を傾げて訊いた。
「食べる為、ていう理由で兵士になる。それは本当に劉備軍への忠誠を誓うことに繋がるのか……それが引っ掛かるところだね」
「なるほど。食べ物で感謝して忠誠を誓うのは良いのですが、そうでない兵士が出ることを危惧していらっしゃるのですね、雛斗さま」
「確かに雛斗の言うことには説得力あるわね。雛斗の部隊自体、雛斗に忠誠を誓ってるわけでしょ?」
亞莎の言葉に詠が言った。
「忠誠っていうより仲間だよ、詠。生死を共にしてきた戦友だよ。まあそれは置いといて……。つまり、兵士の選別は厳しくしたいってことだよ。なにしろ国の為に戦ってくれるわけだから、国に忠誠を誓う兵士じゃなければならない」
黄巾の乱がそうだけど、あれは張角兄弟に忠誠……信仰していた。
しかし、それに乗じた山賊とかもいた。
それらが勝手に行動したところもある。
忠誠は徴兵選別の絶対条件だと思っている。
「……やっぱり雛斗さんに相談して良かったです」
雛里が感心して言った。
「照れるね」
笑みを浮かべて頬をかいた。
「では、流民に関しては労働は私たちで決めます。徴兵に関しては雛斗さんにお願いしてよろしいですか?」
「愛紗にも相談してみるけど、まあ任されよう」
「お願いします。では、次ですが、治安と警邏についてです」
朱里が次のお題を言う。
「何か問題でもあったかな? 俺のところには特に目を引くような事件はなかったはず……事件があったわけじゃないってことは、なんか変更点でもあった?」
「街の区画を整理しようと考えました。国が成長しましたから整理しなければなりません。煩雑にして大きくするわけにもいきませんし」
雛里が俺に応えた。
「なるほどね。けど、どんな風に整理するの?」
「職種によって街を区画する、というように北郷殿が提案を」
「職種によって区画……面白い考えだね」
黒永の言葉に内心で苦笑した。
ぶっちゃけ江戸時代のやり方ですよ、それ。
一刀、未来の知識を存分に引用してるな。
でも職種、品物によって区画が決まってれば品物を手に入れるのが楽になるのは確かだ。
「市が発展すれば、経済の流れが活発になるです。しかし、活発なればなるだけ治安維持が追いつかなくなるです」
「それで治安と警邏ね。なるほど……」
ねねの言葉に考え込んだ。
「……さっきの話、流民の徴兵の件と絡んでちょっと難しそうだね」
「あいつの提案で、城お抱えの兵士を使って、その間に新兵訓練。長く警邏をやらせるわけにはいかないから、期間を決めてやらせる……って大まかに決まってはいるわ」
詠の言うあいつって、一刀だよね?
相変わらずみたいだね。
長く警邏をやらせたら、軍から用なしと判断されたのでは……と、兵士は不安になるだろう。
期間で区切るのには賛成だ。
「ふむ……異論はないけど、警邏に駆り出す兵士の選抜はこちらで決めさせてもらうよ。警邏の重要性をわからせる、いい機会だし。それに、街の住人と触れ合うことで調練や戦で廃れた心が解消できるかもしれない」
「……やっぱり雛斗さんはすごいです。こんなにも兵隊さんたちのことを考えられるなんて」
雛里が口を開けて言った。
「……軍事しか頭にないけどね」
「何言ってんのよ。雛斗は軍事以外だってちゃんと考えてるじゃない」
詠がぶっきらぼうに、でも意外な言葉を言った。
「詠さんの言う通り、雛斗さんは内政のことまで頭に入れて提案してくれています。本当に助かります」
朱里が真剣な表情で言った。
他のみんなもおんなじだ。
「……ありがと。なんか照れるね。面と向かって言われると」
そっぽを向きながらまた頬をかいた。
「雛斗!」
不意に後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると愛紗が走ってきていた。
「愛紗? どうしたの?」
「ご主人様と桃香様の相談に乗って欲しいのだ。急いで来てくれ!」
「……はあ、身体何体あっても足りないな」
ため息をつきながら立ち上がった。
「ゴメン、そういうことだから。なにか相談したいことがあったら部屋に書簡にまとめておいて。できるだけ明日中には出せるようにするから」
「すみません! あの、ありがとうございました!」
朱里のお礼の言葉を受けながら、愛紗についていった。
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「……流石は雛斗ね。軍事の天才って言われるだけあるわ」
「詠ちゃんが人を認めるなんて珍しい……」
「月……私だって人の腕を認めるわよ」
「けど、本当に雛斗さんはすごいです……」
「かっこよかったです……」
「雛里ちゃん、みんなと感想の焦点があってないよ……」
「あ、あわわ!」




