拠点フェイズ3.星
「今仕事で忙しいのわかってるよね、星?」
書簡から目を離さずに訊いた。
「大丈夫だ。黒薙殿は私の話を聞く片手間で仕事をできるからな」
「どっちかって言うと星と話す方が片手間だけどね」
「黒薙殿は地味に嫌なことを言うな」
それにため息をついて筆を置いた。
午前、俺の部屋、星と俺がいる。
簡単に言うとそんな感じ。
今日は星は休みらしく、何故か俺の部屋に朝っぱらからやってきた。
酒の相手でも欲しかったんだろうけど、仕事のある奴を誘わないで欲しい。
「酒の相手なら他を当たってよ。一刀とかいるでしょうに」
机に背を向け、俺の寝台に座ってくつろいでいる星に体を向けた。
「私は毎日酒を呑んでいるわけではないぞ」
「休みには必ず呑んでるくせに」
「休みに酒を呑むのは当たり前であろう。黒薙殿だって酒は呑むだろう」
「星ほどじゃないよ」
「私だってたしなむ程度にしか呑まん」
「たしなむ量は常人の何倍も多いけどね」
「む……」
こんな他愛ない話は日常茶飯事だ。
星が俺を見つける度に俺に話し掛けてくるからだ。
まあ、俺も挨拶くらいはするんだけど。
「で、今日はなんの用? 用事がないのに俺の部屋に来るわけないでしょ?」
「休みなら街にでも誘おうと思ったのだ。案の定休みではなかったが」
「だから忙しい、て言ってるでしょ。一刀とでも行ってくればいいじゃん」
「どうして主なのだ?」
不意に星の雰囲気が変わった。
目が真剣なものになった。
「どうしてって……そうすれば一刀と接する機会が増えるじゃん」
「私は黒薙殿と接したいのだ。でなければ私はここには来ない」
「…………」
ちょっとだけ驚いた。
劉備軍の下の女の子はみんな一刀のことを好いている、と思っていた。
それは星も同じだ。
「黒薙殿……何故私から目を背ける? いつだってそうだ。主にばかり矛を向けさせようとする」
確かにそうだ。
星だけじゃなく、何かに誘われた時は必ず一刀を誘うように提案してみる。
さすがに黒薙軍のみんなは違うけど。
「黒薙殿は……私のことが嫌いなのか?」
「それはない!」
即答した。
白蓮と同じく、黄巾の頃からの付き合いだった。
最初会った時から変な奴だと思ったけど、すぐに好きになれた。
嫌な奴だと思ったことはない。
逆に、俺にないところがあって惹かれるくらいだ。
「なら……。漢中の時のことを覚えているか?」
「……星が駆け込んできた時のこと?」
ちょっと躊躇いながら言うと星は頷いた。
「あの時、私が言い掛けた言葉……わからぬわけではないだろう?」
「…………」
俺はちょっと赤くなって下を向いた。
(「……ゴメン、心配かけて。怪我はホントに大したことないし、あとは熱だけだから」
「黒薙殿……」
「ありがと、心配してくれて」
「……当たり前だ。私にとって、黒薙殿は……」)
あの時、星が何を言おうとしたのか……。
たぶん、俺の考えてることと同じだ。
だけど……違ったらどうする?
本当は一刀の方だったりしないだろうか?
それが恐かった。
でも、やっぱり確かめなきゃいけない……。
「……夕暮れに街外れの川に来て」
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「…………」
星が静かに歩いてきた。
その表情はどこか不安気だ。
あの後、夕暮れに時間ができるように急いで仕事を終わらせた。
星のことで頭が回らなくなりそうだったけどなんとか終わらせられた。
下の川から目をそらして星に振り返った。
「星。一つ、訊きたいことがあるんだけど……」
俺も不安だった……けど、目をそらさなかった。
「……なんだ?」
「星にとって……俺は、どういう存在?」
「…………」
星は押し黙った。
構わず、俺は星の返答を待った。
「……黒薙殿は、どうなんだ?」
「え?」
「黒薙殿にとって、私はどういう存在か……それを言ってくれたら、私も言おう」
「…………」
俺にとっての、星。
黄巾の乱から知り合い、共に戦を駆け抜けてきた。
かけがえのない戦友、と言える。
だけど、俺は星のことをそれ以上に。
「……好きだよ」
そう言った瞬間、俺に星が抱き付いてきた。
「……不安だったのだぞ? 雛斗はそういったところをまったく見せないのだから」
俺の胸の服を掴みながら星は呟くように言った。
こんなしおらしい星は、漢中以外に見なかった。
「私も、雛斗のことが好きだ。最初会った時からずっとだ」
「星……」
星が俺を見上げてきた。
頬が赤く、目が潤んでいる。
こんなに可愛い女の子が、俺のことを会った時からずっと好きでいてくれた……。
星の顔に俺の顔を近づける。
星からも近づけてきた。
そして、互いの唇が触れ合った。




