拠点フェイズ3.白蓮
「よしよし。これで綺麗になったな」
自然に頬が緩んだ。
黒鉄は首を振っている。
喜んでいるのだ。
街からちょっと離れた川に来ていた。
午前が調練で午後にちょっとした休みをもらった。
それを黒鉄と過ごす時間に当てた。
仕事ばかりで最近かまってやれなかったからね。
「ここはいいな。涼しくて」
鬣を指ですいてぽんぽん、と黒鉄の首を優しく叩いた。
黒鉄はそれに応えるかのようにまた首を振って、近くの草を食んだ。
それを見てから俺はそばの木に座った。
黒鉄もリラックスしてるみたいだし、休みもらって良かった。
がさっ
「っ!」
咄嗟に傍らに置いてある剣を掴んだ。
ちょっと離れた草が揺れた。
風じゃない、何か生き物がぶつかって揺れた音だ。
「わ、悪い、雛斗。私だ」
「……白蓮?」
声に聞き覚えがあって訊いた。
揺れた茂みから白蓮が出てきた。
その姿を見てようやく剣を置いた。
「脅かさないでよ」
「悪い、そんなつもりはなかった」
「でもなんで白蓮がここに?」
「雛斗が午後が休みだって桃香から聞いたから、久しぶりにお茶でも誘おうかと思ったんだが……。雛斗が黒鉄を連れて街に出てくのを見かけたもんだからついてきたら」
「……声でもかけてくれれば良かったのに」
「いや、なんか黒鉄と楽しそうに歩いてたしさ。邪魔するのも悪いと思って」
「いや、恋人と歩いてるわけじゃないんだから」
苦笑しながら木に腰掛け直した。
白蓮も目の前に座る。
「いい馬だな、黒鉄は。まるで雛斗みたいだ」
「俺みたい?」
「雰囲気が似てる、ように見えるんだよ」
「ふうん」
相槌を打ちながら竹筒の水を飲んだ。
「これからどうするんだ?」
「しばらくは黒鉄と一緒に過ごすよ。あんまりかまってやれなかったからね。白蓮は?」
「……私ももうちょっといようかな」
「そう」
相槌を打ち、そばに置いてあった軍略書を開いた。
「……雛斗、折角の休みに軍略書を読むのか」
呆れたように白蓮が言った。
「暇がある時に得られる知識は蓄えとかないとね」
「そういうところを見ると雛斗とか朱里は休んでないように見えるな……」
「今のご時世じゃね。まあ、戦乱の世が終わってもこれがなくなることはないだろうね」
「え?」
俺の言葉が意外だったのか、白蓮がきょとんとした。
「戦乱を終えて平和な世になったら軍が弱体化するのは目に見えてるよね? 他国がある以上、軍は常に精強でなければならない。それには軍略書とか兵法書とか必須だからね。山賊とかの内も固めるのにも必要だし」
「……そっか。そうだよな、未来のことを見なきゃいけないんだよな」
白蓮が遠くを見るような目をした。
「未来を見る、ていうのは簡単とも難しいとも取れるかもしれない。それぞれに考え方がある。どんな考えでも、考えることが大事だよ。やっぱり俺は軍事しか考えられないけどね」
苦笑しながら白蓮に言った。
「自分の未来、もか?」
それを聞いてちょっと驚いた。
「……それは考えたことなかったよ」
黒薙軍の未来、霞たちのこれからとか、他人のことは考えたことはあるけど。
自分自身のことを考えたことはなかった。
「白蓮はあるの?」
「……未来、ていうより理想ならある」
「まあ、未来は理想とも言えなくないかもね。訊かせてよ」
「うぇえ!? だ、ダメだ! 人に言えない! いや、言ったら死ぬ!」
急に白蓮は顔を真っ赤にした。
死んじゃうの!?
死因は!?
「だ、だったら訊かないけど……」
なんか真っ赤になってあわあわしてるけど、大丈夫かな。
まあ、この涼しい風にあたってれば冷めるか。
それにしても自分の未来か。
生きてるとしたら……元の未来に帰るのかな?
もしくはこの世界に残るのか……。
残りたいかな、理想を言うなら。
木々の合間から覗く青空を見上げた。
仲間たちと別れて、泣かない自信がなかった。




