拠点フェイズ3.霞
「なあなあ、雛斗~」
目の前の席に背もたれにだらりと寄り掛かって座る霞が俺を呼んだ。
基本的に俺は仕事は自分の部屋か黒薙軍の幕舎でやる。
調練がある時は大体幕舎だ。
今日は午前に調練があったため、幕舎で仕事をしていた。
幕舎は調練場のそばにある。
「なに、霞?」
書簡から顔を上げずに返事した。
霞も調練の後に昼御飯を一緒に食べてからそのまま俺の幕舎に遊びに来た。
一応警備は一刀と誰かだったはずだから、今日は霞は仕事はない。
とはいえ、俺は仕事があるからあまりかまってやれないけど。
さてこの書簡は……お、黒薙軍の装備供給の書簡だ。
傷のついた装備で今まで戦ってきたからな……今の兵士だけでも揃えてやりたいな。
ホントは集める予定の二万人分も欲しいけど。
「恋(こい)って……なんや?」
「恋か……はっ?」
生返事に言ったが、すぐに思わず顔を上げた。
「だーかーらー、恋ってなんやゆーてん」
ちょっとムッとしながら霞は言った。
筆を置いて考える。
えーと、恋って……異性の人に魅力を感じて強く惹かれる、想いを寄せる……だよ、ね?
「ふうん……」
そう伝えると霞は唸りながら何か考え込んだ。
「……なんでそんなこと訊くの?」
「え、いや、特に意味はないねん」
霞が照れ笑いを浮かべて頬をかいた。
「ウチ、女らしくないやん。せやから一刀に惹かれる女とか見てるとな……なんや、気になるんや」
「ああ……なるほどねえ」
一刀、ことのほか女の子に好かれてるしね。
桃香とか愛紗とか。
そんなとこ、嫌でも目に入るしね。
「まあ、仕方ないでしょ。霞も女の子なんだし」
とりあえず話をそこで打ち切り、再び筆をとった。
やっぱり武器は槍がいいな、歩兵に持たせるなら。
馬も増やさないとな……黒薙部隊の騎馬、二千五百騎から千騎くらいに減っちゃったし。
「……え?」
不意に霞が声をあげた。
「うん? どしたの? 霞」
「雛斗、今なんてゆーた?」
「なんてって……女の子なんだし?」
「……雛斗はウチのこと、女の子って見とるんか?」
「当たり前じゃん」
「…………」
「……??」
何故か霞の顔がちょっと赤くなった。
……ちょっと可愛いな。
いや、何考えてんだ俺。
霞が黙り込んだので仕方なく書簡に目を写した。
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「はあぁぁ……」
目を下ろしてため息をついた。
弱く流れる風が肌に心地よい。
頭冷やすのに丁度良い……ああ、せやけど足りんな。
夜の城壁に来ていた。
今日は晴れて月が綺麗に見えた。
「……はぁ」
月を眺めて、またため息が出た。
今日のウチはおかしい。
何時から?
あん時に決まってるやろ。
(「まあ、仕方ないでしょ。霞も女の子なんだし」
「……え?」
「うん? どしたの? 霞」
「雛斗、今なんてゆーた?」
「なんてって……女の子なんだし?」
「……雛斗はウチのこと、女の子って見とるんか?」
「当たり前じゃん」)
「……なんやねん、この気持ち」
月に向かってボソッと呟いた。
当たり前、て言われた時。
なんでかすごい嬉しかった。
そして自然に身体が熱くなってきた。
雛斗の顔を思い浮かべる。
今までいろんな表情を見てきた。
真剣な顔、悲しんだ顔、困った顔、考え込んだ顔、笑った顔……。
当たり前、て言われてすぐに去ってから雛斗のことを知らんうちに考えてるようになった。
そうゆう時、決まってぼーっとしてん。
「……はぁ」
「何ため息をついているのだ、霞?」
「……愛紗か」
背中にかかった声にぽつりと言った。
「なんだ、珍しい。お前が酒を持たずに月を見るなんて」
「……今はそんな気分やないんや」
「そうか」
特に気にした様子もなく、愛紗は一言断りをいれてからウチの隣に座った。
「……なあ、愛紗」
「なんだ? 酒の相手ならお断りだぞ」
愛紗がウチをどう見とるかようわかった。
「ちゃう。恋って……なんや?」
「……はっ?」
雛斗と同じような顔をして愛紗がウチを見た。
「恋、だと?」
「せや。なんや?」
「う、うむ……。異性に対して強い魅力を感じて、その人に惹かれる……ことじゃないか?」
「…………」
「な、なんだ目を丸くして。何かおかしなことを言ったか?」
なんや、雛斗とおんなじかいな。
ちょい呆れた。
「なんもない。気にすんなや」
「ならいいが……しかし、お前も惚れた男ができたか?」
「……それがわからんから訊いたんや」
「なるほどな。まあ、私には霞が誰に惚れてるか一目瞭然だがな」
「……一応訊いたるわ」
「良いのか? 言ってしまって」
少しにやにやしながら愛紗は訊いた。
愛紗のこうゆう笑みはあんま見たことないなぁ。
いつもウチか星が弄っとるし。
「……いんや、やっぱええわ」
「そうしておけ。あいつは待ってくれるさ」
あいつっちゅうのは……やっぱあいつなんやろなぁ。
愛紗は月を見上げた。
ウチもつられて見上げた。
酒持ってきた方が良かったかな、と今更ながら思った。




