黒龍対覇王 後編
ヒュンッ
ブスッ
「っ!?」
何かが右肩を貫いた。
後ろからだ。
それが何かわかった瞬間、黒槍を差し上げて騎馬隊を散らせた。
俺も黒鉄の腹を締め上げた。
ヒュヒュヒュッ
案の定、矢が射込まれた。
なんとか指示を出せたけど、騎馬隊の被害は甚大だ。
俺にも矢が射られる。
駆けながら黒槍を片手に打ち払う。
曹操軍を睨むと、夏候の旗が見えた。
くそっ、夏候淵か……恋の方にいたんじゃないのか。
恋と霞は無事なのか……。
「黒薙、逃げるな! 私と勝負しろ!」
曹操軍から一人が走ってきた。
楽進……!
……騎馬隊は既に散々になっている。
霞たちも逃げている、と思おう……。
「黒鉄、砦に行け」
速度を緩めて黒鉄から降りる。
黒鉄は俺を一瞬見て、鼻を擦り付けてから駆け登っていった。
「っ! 黒薙、その肩……!」
楽進が俺を見て目を見開いた。
額から汗が流れるのを拭った。
「さすがは夏候淵の矢だ。正確に俺を射抜いてくれたよ……」
肩から突き出た鋭利な矢じり。
そう、俺の右肩を貫いたのは矢だった。
後ろから前にかけて矢が貫き通している。
馬上の俺を射抜けるとは、さすが夏候淵……。
「俺と勝負したいんだろう? 来い、本隊の危機がなくなったんだ。相手になってやる」
「黒薙……! そんな貴方を倒したとて、なんの自慢にもならん!」
楽進の背後には曹操軍……。
俺の後ろには仲間が籠る砦……。
「ふん! 怖じ気づいたか、楽進!」
右肩がだらりと垂れる。
さっき楽進たちに食らった眉の傷から流れる血を乱暴に拭う。
黒槍を切り傷の目立つ左手に握り締める。
全身、傷だらけだ……だけど。
「この黒龍黒薙! 肩に矢を受けようが! 手足がもがれようが! 仲間が背中にいる限り、燃え盛る闘志は消えん!」
大喝に曹操軍がどよめいた。
見たか、曹操。
これが、俺の志だ。
俺は俺を仲間としてくれ、支えてくれる仲間たちを守り抜く。
それが俺の夢であり、志だ。
「さあ、かかってこい。……楽進!」
「っ!」
一瞬、怯えたように肩を震わせた。
俺が一歩近づいても動けないでいる。
「黒薙!」
ビュンッ
ガキンッ
「ぐぅ……夏候惇か!」
楽進の後ろから駆けてきて剣を振るったのは夏候惇だった。
「春蘭様!?」
「凪、兵たちと共に下がれ! 黒薙はお前の敵う相手じゃない!」
「し、しかし!」
「楽進、俺はお前を待とう。次に会う時まで、貸しにしといてやる。貸しは二つ目だな」
「……感謝する」
楽進が去った。
曹操軍も乱れながら少し離れた。
「……俺が生きていれば、の話だけどな」
「……黒薙、お前のその槍を失うのは惜しい!」
「魏武の大剣が何を言う! 俺の黒槍は、仲間を守るための盾! 曹操に捧ぐ槍になどなるものか!」
「……仕方ない。本気で黒薙を討ち取るのみ!」
「魏武の大剣、夏候惇。いざ、勝負!」
───────────────────────
「……っ!?」
不意に隣の恋が目を見開いた。
雛斗と離されてもうてからだいぶ経つ。
ウチと恋はあれからバラバラに散って曹操軍の攻撃を避け、曹操が攻める反対側の山の裏から砦に向かっていた。
惇ちゃんたちは曹操軍の本隊に吸収された。
黒永たちが無事ならいいんやけど。
「恋、どしたん? 敵が来るんか?」
「……雛斗が、危ない」
「雛斗が? どういう……ちょっ、恋!」
ウチが訊こうとするのも無視して恋が駆け出した。
「雛斗が危ないて……。ウチも行かんわけにはあかんやろ!」
恋のあとを追った。
雛斗……一体何があったんや。
───────────────────────
「でぇぇえい!」
ビュンッ
ガキンッ
「くっ……こんのぉぉお!」
ヒュンッヒュンッ
ガキンッガキンッ
「ぐ……やるな、黒薙!」
夏候惇が楽しそうに言った。
けど、こっちはそれどころじゃない。
虚勢を張ったはいいけど、肩の矢傷はそのままで片手しか使えない。
夏候惇の攻撃を片手で受けるのはキツい。
何合かやり合っているけど、耐えられたのが奇跡だ。
それも今は限界だ……槍の狙いが定まらないし、踏ん張っていた足も肩も震えている。
耐えかねて槍を地面に突き刺して寄りかかった。
「黒薙!」
これには夏候惇も驚いた。
「……だ、大丈夫だ。このくらい」
「大丈夫なわけあるか! 手負いの貴様を倒したところで嬉しくないわ!」
「敵の気遣いなど不用! 俺に仲間を置いて膝を屈することなど許されない!」
もはや、見栄を張ってるだけ……それはわかってる。
今のままじゃ、俺が死ぬことも。
だけど、後ろには俺の大切な仲間たちがいる。
敵が退くまで……仲間を守り抜くまで、俺は戦い続ける。
「……黒薙、お前の槍は忘れん!」
夏候惇が剣を振り上げた。
足が動かない。
肩も、腕も上がらない。
ここまでか……志を決めたばかりなのにな……。
目を閉じて、夏候惇の剣を待つ。
ゴメンな、みんな……。
ガキンッ
「なっ……貴様は!?」
俺にくるはずの剣が防がれる音。
目を開いた。
「……恋?」
俺の前にいたのは華奢なのに力強い背中だった。
「……恋、雛斗、守る」
「……ゴメン、恋。俺が弱いから」
「……雛斗、弱くない。雛斗、強い」
「くっ、呂布、邪魔をするな! これは私と黒薙の勝負だ!」
「……(フルフル)」
恋が首を横に振った。
「……雛斗、恋が守る。だからイヤ」
「そういうこっちゃ。諦め!」
ヒュンッ
ガキンッ
「くっ、張遼!?」
「霞……!」
横からの霞の攻撃を夏候惇が受けて下がる。
「こんのアホ雛斗! なにウチとの約束破ってん!」
霞との約束……勝手に危険なことをしない。
ああ、破ってるな……守れる気、全然なかったけど。
「ゴメン、あとでちゃんと殴られるから」
「アホか、怪我人殴れ言うんか? そんなことよか、早う帰り。ここはウチらで押さえる」
「それは受けられない。仲間を置いて逃げるなんて、俺の志に反する」
足に力をこめ、地面から槍を抜いた。
「仲間が戦うんだ、俺も戦わなくてどうする?」
「雛斗!」
「…………」
霞が叱責する。
恋は無言だけど、その目は霞と同じく厳しい。
「黒薙!」
「……曹操」
それほど聞いていないのに聞き慣れた声が俺を呼んだ。
「華琳様!」
「春蘭、下がりなさい。砦の防備が思ったより堅いわ。それに兵たちも黒薙の大喝により、士気が下がっているわ」
「しかし……!」
「命令よ」
「……わかりました」
「よろしい。……これがあなたの志?」
曹操が夏候惇から俺に目を向ける。
「……そうだ。天下なんて関係ない。命ある限り、俺を仲間としてくれる仲間たちを守り抜く」
「劉備と同じで甘ったれね」
「甘くて結構さ。俺は俺の志を貫く。誰になんと言われようが、俺は仲間たちと共に歩む」
「そうよ。あなたにはそれが足りなかった。矛先と柄、その両方があって槍は成り立つ。あとはそのゆるゆるな矛先をどう鋭くするか、だけど。……あなたには研磨は必要ないわね」
曹操が笑みを浮かべる。
志が矛、貫く意志が柄、か……。
「……これからどうする? まだ戦う?」
「いいえ。今のあなたを討っても意味がないわ。開戦して八日目までを見ると、私が完全に負けていたわ。倍以上の兵を率いていながらね。私たちは退くわ。あなたの大喝のせいで兵の士気が下がってしまっているし、私たちの防備もお座なりにしか整えてない」
「……孫策も動くか」
「そういうこと。……黒薙、あなたを我が軍に迎えたかったわ」
「……そうか。まあ、天命を恨むんだな」
「そうね。……次はあなたに負けないわ」
「こっちこそ、次は遅れを取らない。……ありがと」
最後に小さく言ったら、曹操は微笑して去った。
「……うぁ」
ドサッ
「雛斗!?」
曹操の背中が見えなくなって、不意に足……いや、全身か……の力が抜けて俯せに倒れた。
霞の声が聞こえたがそれも遠くなってきて、視界も暗くなってきた。




