黒龍覚醒
今日の雛斗はすごい。
すごいんやけど、あれは雛斗やない。
軍議の日の翌朝、既に黒薙軍は砦の山の麓に展開して曹操軍を待つのみやった。
せやけど黒薙軍はあまり募兵をやらん上に、黒薙軍の調練についてけへんのも結構おるから二万から兵力がずっと変わらんかったりする。
それに対して曹操軍は五万……しかも、曹操軍は精兵揃い……かなり苦戦することになる。
それで野戦を押し通した雛斗は、やっぱりウチの知ってる雛斗やない。
今だってそうや。
「…………」
みんなの部隊報告を聞き終えて指示を出した後の雛斗は、曹操軍の来るはずの山間を見つめとる。
その背中は昨日からずっと変わらん、ピリピリした背中。
まるで雛斗の感情が鍋から噴き出して溢れそうな感じや……あんな張り詰めた背中は雛斗やない。
雛斗はいつも戦況を冷静に見つめて、みんなの意見聞いて、まとめて提案して、みんなの賛成を確認してから攻める。
せやけど今日は最初から最後まで雛斗だけの献策、みんなに有無を言わせん雰囲気がバリバリやったし。
そんな雛斗が……ウチは怖かった。
雛斗が怖いわけやない。
いつもの雛斗がいなくなるんやないか……それが怖い。
「……来た」
恋が遠慮がちに呟いた。
雛斗は軽く頷いた。
やっぱりその表情は笑ってない。
やがて、曹操軍が山間から現れた。
「配置はさっき言った通りだ。正面は夏候惇、右翼に許緒と典韋、左翼に楽進、于禁、李典の配置になっている。正面は恋、軍師にねね。右翼に霞、左翼に俺が当たる。本陣は黒永と亞莎に任せる。……ゴメン、霞。亞莎をつけたかったけど、黒永だけだと本陣が心許ないから」
と、いつもの雛斗が戻ってきた。
「しゃーないわ。雛斗かて一人やし。せやけど、ウチ夏候惇とぶつかりたかったわ」
それが嬉しくてちょっと言ってみた。
すると雛斗の表情が険しく、戻ってもうた。
「夏候惇の突破力は侮れない。夏候惇自身が突出してくるから。完璧に受け止めるなら恋の方が確実だし……で、でも霞の力、俺は信じてるから……」
言葉の最後、またいつもの雛斗の表情になった。
「……当たり前や。ウチの力、ちゃんと見といてな。許緒や典韋に遅れはとらへん」
「頼むよ。……恋、できれば素早く撃退して霞の援護に向かって」
「……(コクッ)」
「黒永、亞莎。後方支援は任せる」
「了解です」
「御意」
亞莎と黒永も返事した。
二人共、表情は良くない。
雛斗もそれはわかっとるはずやけど、今日はなんにも言わん。
「曹操が進み出てきました!」
亞莎がちょっと驚いて言った。
確かに、曹操一人で前へ出てきとる。
「……少し行ってくる。俺の号令なしに動くな」
雛斗の背中がいよいよ溢れそうになった。
雛斗の言葉に誰も返事できへんかった。
雛斗は気にせず……曹操の前に出た。
───────────────────────
「来たわね、黒薙」
待ちかねたように曹操が言った。
黒鉄から降りる。
「……気を張り詰め過ぎではなくて?」
「……そうかもしれない。今の俺は、曹操孟徳しか見えていない。不思議な感覚だ」
「悪い目ではないわ。しかし、良い目でもないわ」
「……俺は良い気分じゃない。やっぱり、俺には英雄が合わないような気がする」
「……あなた、やっぱり英雄を履き違えているようね」
「なに……?」
「もう一度だけ言ってあげるわ。特別にね。夢を追い続けなさい。そして、戦に英雄も何も関係ないわ。互いの武と知、それらをぶつけ合わせる正々堂々とした勝負。私はそれを望んで来たわ。私を楽しませてくれるわよね?」
その言葉を頭が理解した瞬間、視界が晴れた。
曹操の後ろの五万も見えるし、山も、空も見える。
「……俺は曹操の玩具じゃない」
「あら」
曹操が笑みを浮かべた。
俺は後ろを見る。
俺の背後には、今まで一緒に戦ってきた仲間がいる。
仲間が見える。
「俺の武と知、そして仲間たちの結束で曹操に打ち勝って見せよう!」
前を向いて言った。
曹操の表情が微笑から楽しそうな笑いに変わった。
「その言葉、待っていたわ。黒き最強の傭兵、黒薙明蓮! いざ、尋常に……」
「「勝負!」」




