英雄進撃
「黒薙様! ご無事でしたか」
砦に入るなり、黒永が駆け寄ってきて言った。
漢中は益州の真上にある山ばかりの天険の地だ。
地形もそうだけど天候も安定しないため、本当の自然の要害と言える。
「黒永の作戦は無事に成功したよ」
「そうですか……。皆さん、ありがとうございます。作戦を提案し私が離脱してしまい」
「なに言うとるんや。ウチらも黒永の仲間なんや。そんなん気にせえへんよ」
「そうですよ、黒永さま。今は曹操軍と対峙しているのです。そんなこと言っている場合ではありません」
「……あーちゃん、もうちょっと言葉選べや」
「あう……霞さま。あーちゃんと呼ばないでください」
「そないなこと言わんといてえな。なあ、ヒナちゃん?」
「好きにしてよ。あと、ヒナちゃんって言うな」
「なら好きにさせてもらうで、ヒナちゃん」
「……はぁ」
「……ヒナちゃん、元気出す」
「恋、地味に心にくるから止めて……」
「……ありがとうございます、皆さん」
そんないつも通りの俺たちを見てホッとしたように、黒永は頭を下げた。
「ふん! これでねねは立派な軍師なのです!」
「なんや、軍師やない自覚はあったんかいな」
「そ、そんなわけないです!」
「黒薙様!」
と、また騒ぎ始めたところに兵が駆けてきた。
一瞬身構えたが、よく見れば曹操兵の装備をした間者だった。
「なんだ?」
「曹操軍が長安にて部隊を編制中! 漢中に進攻する模様です!」
『っ!?』
さすがにみんないさかいを止めて息を飲んだ。
「……曹操なら漢中を見逃すはずはないか、仕方ない。兵数と指揮官は?」
「兵数は五万! 大将は曹操自身です!」
「なっ……!?」
「曹操自身が!?」
亞莎と黒永が絶句した。
「……孫策の対策に兵を残したな。それにしたって五万か」
「……雛斗?」
不意に恋が俺を呼んだ。
「なに、恋?」
「……??」
「いや、呼ばれて首を傾げられてもこっちが困るんだけど……」
「雛斗は驚かへんな。曹操自身が来ること」
「……まあね」
そんな予感はしていた。
あの曹操の前で志が定まった時。
いつか、いやすぐにそれを問いに曹操が来る……。
俺の志を知るために。
「細かい報告は後にしよう。お前は一時、黒永の下に入れ」
「はい」
間者が返事をして黒永の部隊に駆け去った。
「今は迎撃態勢を整える。黒永、亞莎は兵糧を整えろ」
「「御意!」」
「ねね、籠城戦のため岩や矢をありったけ集めろ。あと、砦の山の出っ張った岩を崩して。岩を落とす時に邪魔になる」
「了解なのです!」
「霞と恋、俺で部隊を再編制する。一通りの作業を終えたら、他の作業を手伝って。全てを終えたら軍議だ。すぐに整えろ。敵は待ってはくれない。戦続きで悪いけど、みんな頼む!」
「応っ!」
「……(コクッ)」
「任せろです!」
「了解です!」
「御意!」
霞、恋、ねね、亞莎、黒永が返事して、解散した。
曹操自身とまともに戦うのは、これが初めてか……いや、英雄と戦うのは、か。
俺の志……必ず貫き通してみせる。




