成長する軍師たち
敵兵が真上に飛ぶ。
ぶっ飛び、他の敵兵の集団に激突する。
それでも敵兵は向かってくる。
流石曹操軍……今までの敵とは違う。
「反転する! 遅れるな!」
そう怒鳴ってから黒鉄を横にそらす。
後ろから騎馬隊がついてくる。
敵は追おうとはしなかった。
判断もいい、軍律も徹底している。
ちょっと離れて陣形を整えた。
隣に霞が駆けてくる。
「ちぃ、堅いなぁ。流石曹操軍や」
霞が舌打ちし、曹操軍の陣を睨んだ。
西涼に到着し、すでに侵攻していた曹操軍の側面を強襲したところだ。
もちろん強襲前は休んで、だ。
ここまでずっと走りっぱなしだったから、疲労はあって当然だ。
「敵は挟み撃ちか、馬騰軍と俺たちが合流するのを警戒するだろう。後退するか動かないか、だろう」
そして俺の言った通り、敵は少し後退して体制を整えた。
「どうしますか?」
「一先ず馬騰軍と合流しよう。馬騰軍も、いきなり現れた俺たちを警戒していよう。黒永、軍使を出せ」
「御意」
亞莎の問いに続けて黒永に言った。
すぐに馬騰軍からも人が来た。
黒永自身が軍使になったらしく、ややあって黒永が戻ってきた。
「黒薙様、馬騰殿は戦死されたようです」
「なに!? じゃあ、今は馬超が?」
「はい。馬超殿は黒薙軍と合流を求めていらっしゃいます」
「わかった。曹操軍を警戒しつつ、馬超軍と合流する。俺の軍を本隊に、霞と恋が左右で騎馬で牽制」
「任しとき!」
「……(コクッ)」
霞と恋が部隊に駆け、左右に展開した。
ゆっくりと馬超軍の隣に移り、さっと布陣した。
オールラウンドな四段陣だ。
「黒薙! どうしてここに!?」
布陣してすぐに馬超が駆けてきた。
少し傷を負っている。
「曹操軍が西涼を攻めた、と間者が伝えてきた。だから来た」
「来る理由になってない」
「友達を助けるのに理由なんている?」
「うわぁ。……雛斗、ギザやなぁ」
「……カッコイイ」
「う、うるさいよ霞!」
というか、恋がカッコイイって言ったのに驚きだよ。
「……ありがとな。黒薙」
「曹操軍を撃退してから言え、それ」
「でも、私の兵はそんなに多くない。馬騰……私の父が曹操軍を撃退に言って、死んだよ。それで兵が減ったからな……」
「戦は兵数じゃない」
「え……?」
「確かに兵数は大きな要因だ。だけど、そのために奇策という言葉があるんだ」
「奇策……何かあるのか?」
「その前に訊きたい。勝ちたいか? それとも生きたいか?」
「勝ちたい。当たり前だろ?」
「それが普通だよ。だけど、ここで勝つだけじゃダメだ。曹操軍は巨大故に、何度でも攻めてくる。大軍でだ。何度も曹操軍を撃退できる自信はある?」
「そ、そんなの、やってみなきゃわからないだろ?」
馬超が言葉を濁した。
「わかってるはずだ。馬超が良くても、兵には苦労の連続だ。兵にそれを強いることができるの?」
「……じゃあ、どうすればいいんだ?」
「そんなの、逃げるしかない」
「逃げる?」
「生きるために。嫌?」
「……私は、兵たちを生かしたい。理由にならないか?」
「立派な理由だよ。将の務めだよ。なら、考えよう。逃げるための方策を」
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「このまま逃げても、追撃は必至だ。追尾されて、疲れたところを大軍で呑み込まれる」
その夜、黒薙軍と馬超軍の将士が一同に介して軍義を行った。
黒薙軍からは俺、黒永、霞、恋、ねね、亞莎。
馬超軍からは馬超と馬岱。
日中は結局、曹操軍は攻めないで警戒体制を崩さなかった。
俺たちの軍を警戒してるんだろう。
「あっちは大軍で西涼を攻め取ろうと意気盛んですからなー。大将を討ち取ろうとしつこくなるのも、無理もないです」
他人事のようにねねは言った。
いつものねねだな。
「さらに、敵は楽進、于禁、李典と名将揃い……苦戦は必至ですね」
亞莎も考え考え言った。
「下手な小細工をしようものなら、逆にこちらが不利になります。慎重に考えなければなりません」
黒永は顎に手をつけながら言った。
「周囲は山もない原野や。地形を使った策は無理やな」
地図を見ながら霞が言った。
「せめて、川があればまだやりようもあるけど、砂漠でなんもないしな。さて、どうしたものか……」
「……お姉さま。話についていけないよ」
「私たちとは頭の出来が違う……話し合ってるの、黒薙軍だけじゃないか……」
馬超と馬岱が落ち込んだ様子でぼやいた。
「まあ、人には得手不得手がある」
「うぅ……惨めだ」
「そんなことより、早く策を考えるです」
案外、ねねも非情だな。
いや、恋が第一だからか。
自分と恋以外の他人に興味がないだけか。
「ふむ……黒永、何かないか?」
徐州にいた頃、ねねと共に朱里と雛里の軍師鍛練に精を出していた。
その成果があるか……。
「……この城は?」
地図をじっと見つめていた黒永が、すっと指差した。
それほど離れていないところにある、少し大きめな城だった。
住民はいない、戦のみのための城……言うなれば砦だ。
「ああ、この城は兵站に使っている城だ。ただ、私たちは騎馬隊で野戦が得意だから、特に使わなかったけど」
「物資は?」
「充分とは言えないけど、ないことはなかったはずだ。兵糧もある」
「……黒薙様」
「言ってみろ」
俺の言葉に表情を伺った黒永は頷いた
「城を囮にします」
「……物資で引き寄せる言うんか?」
霞の言葉に黒永は頷いた。
「大軍なら、気を付ける第一は兵糧のはずです。それに敵は西涼を占拠しに来たのですから、城は占拠して手間は省きたいはずです」
「せやけど、もうちょっと引き寄せるもんが欲しいなぁ。ウチやったら物資だけやったら後続の部隊に任すで」
「……これは?」
と、俺が指差したのは地図だ。
「そこには何もないですよ、雛斗様」
「違うです! 雛斗は地図自体のことを言ってるです!」
亞莎がハッとした。
「西涼の地図があるとなれば、敵は城を取ろうとはするだろう。何せ地図さえあれば西涼のほとんどを把握できるんだしな」
「……発想が違うなぁ、雛斗は」
一瞬一座は沈黙したが、やがて霞がため息をついた。
「とりあえず、黒永の案でいい?」
「よろしいと思います。雛斗様には敵いません」
いや、亞莎。
策は黒永の提案なんだけど。
「じゃあ、まずは敵を引き付けるため一戦して城に逃げる。敵は追撃してくるだろう、そのまま城を過ぎる。敵が城の探索に入ったら、城に火矢をかける。耐えかねて出てきた敵にぶつかって撃退……で、どうだ?」
「犠牲は避けたいです。なら、城に地図があるということを流言して、勝手に敵を城に入れさせた方がいいです!」
ねねの案を考えてみた。
「……いい作戦」
恋が呟くように言った。
「ふふっ……変わったな、ねね」
「ひ、雛斗に言われても嬉しくないです!」
ちょっと戸惑ったようにねねは目をそらした。
「ならさっそく動こう。馬超、地図は城には?」
「あると思う。城全てに地図が用意してあるはずだ」
「よし。ねね、亞莎で流言してくれ。それとなく、楽進たちの耳に入る程度で。少し日にちをおいてからの方がいい。俺たちが来てすぐ噂がたつと警戒されかねない」
「任せろです!」
「御意!」
「馬超、策を手伝ってもらっていい?」
「もちろんだ」
「なら黒永は城の構造を見てこい。火矢がかからなきゃ意味ないからね。馬岱に案内してもらって」
「御意!」
「馬岱、すまないが頼む」
「わかったよ。黒薙さん」
「私はどうするんだ?」
「間者がここにも紛れこんでる可能性があるから、地図のことをそれとなく言い触らすんだ。さとらせるくらいが丁度いいな」
「そんな演技じみたこと、できる自身ないよ」
「大丈夫だ。霞と恋と俺もいる。演技を上手く助長する」
「任しとき」
「……(コクッ)」
「わかったよ……上手くいくのか?」
「わからないよ。戦に絶対なんてない。ただ、動かないと何も始まらないよ」
「……そうだな。黒薙、すまない」
「……全部終わってから言うんだね、その台詞」
「……ああ」
「さ、明日から作戦決行だ。みんな、上手くいくよう頼むよ」
「応っ!」
「「御意!」」
「任せろです!」
「……(コクッ)」
「わかった!」
「任せろ!」
黒永の初の作戦発案だ。
上手くいくのか……信じてやるしかない。




