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真・恋姫†無双 ~緑に染まる黒の傭兵~  作者: forbidden
第六章.黒龍と呼ばれし者
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英雄

「馬……ですか?」


呂蒙……亞莎がオウム返しに訊いた。


曹操の本拠地である許昌へ向かっていた。

呂蒙と会った次の日の明朝。

行ってみるとすでに呂蒙が小さな荷物を持って待っていた。


(「決めたか?」


「は、はひ! 黒薙様に一生ついていきます!」


「ふふ……そんなに堅くならなくていい。これからは呂蒙、お前も俺たち黒薙軍の仲間だ」


「仲間……」


「臣下という形は表面上のものだ。ここの従者の黒永は別として、呂布も張遼も陳宮も皆、仲間と認識している。敬語なんて使わなくてもいいし」


「こ、これは癖のようなものでして……」


「なら変えずとも良いよ。ただ、真名は預けてもらうよ。俺たち黒薙軍は全員、皆に真名を預けている。黒永は別だけどな」


「はあ……」


「改めて自己紹介する。俺は黒薙、字は明蓮。真名は雛斗だ」


「あっ……呂蒙、字は子明です! 真名は亞莎です!」


「亞莎、お前の真名、俺が預かる。俺の真名も亞莎に預ける。その力、俺に貸してくれ」


「……はい!」)


「霞と恋の部隊は騎馬は豊富だ。だから俺は必然的に大体歩兵を率いているんだけど」


「それで騎馬を増強するために」


「涼州へ行く、というわけさ」


なるほど、と亞莎は呟いた。

北にしなかったのは何故か、については訊かれなかった。

袁紹のことぐらい、頭に入っているのだろう。


「しかし、何故汝南へ? わざわざ南に遠回りを」


「これから曹操の軍を見学するように、孫策の軍も見に行ったから。俺が俺だって気付かれたけど」


「え!? 大丈夫だったんですか!?」


「孫策はまた会おう、としか言わなかったなぁ。武人の考え方だと思うけど」


「?」


「自惚れかもしれないけど、俺と手合わせをしたい……ということかな。たぶん」


「……英雄同士のやりとりとは、わからないです」


「英雄? 俺が? 冗談は程々にね」


「冗談なんか言いません。私は雛斗様が英雄だと信じています」


「…………」


真剣に言う亞莎に何も言えずに、前に視線を戻して馬の鬣を撫でた。

単純に恥ずかしいだけだ。

亞莎、ちょっと恋に似てるな。

純粋なんだ。

だからからかうとかじゃなくて、本気で真剣にこんなことを言えるのだ。


こんなところ霞か星に見つかったら、からかわれること間違いなし。

霞を連れてこなくてよかった。


それから数日後、許昌に入った。

同じように宿を先に見つけ、さっそく軍を見に行った。

が、運悪く宮城の練兵場での調練でとても拝めそうになかった。


「どうしたものか……」


こんな時、ヘリコプターがあったら見れるのにな。

きっと北郷ならそう思うだろう。


「黒薙様、さすがに諦めましょう」


「無理にでも見たい。だって曹操軍だよ? 戦場以外じゃ二度と拝めないかもしれない」


「雛斗様……捕まったら元も子もありませんよ」


亞莎までこう言う始末。

むう、孫策軍と同じく一番楽しみにしてたというのに。


「そんなにお望みなら見せてやっても構わんぞ、黒薙」


「「っ!?」」


「…………」


いきなり背後からかかった声に二人は驚き、黒永は反射的に袖に手を伸ばした。

俺は特に驚くことなく、後ろを振り向いた。


「……虎牢関以来だな、夏候惇?」


いたのは夏候惇だった。

前と違い、片目に眼帯をつけている。


「俺を覚えているとはね」


「ふん。貴様が覚えておけ、と言ったのだろう?」


「そうだったな」


ニッと笑ってやった。

隣の黒永は袖に手を突っ込んだまま低く腰を構え、亞莎はおろおろしていた。


「で、ホントに見せてくれるのかな?」


「そんなわけあるまい。曹操様がお呼びだ。ついてこい、黒薙」


「…………」


咄嗟に曹操の意図を考えようとしたけど、今は止めた。

今は行くか行くまいかをすぐに言わなければならない。


無言で頷いてから、それを認めて歩き出す夏候惇の後ろをついていく。

黒永は警戒心を解かないまま俺の斜め前を行き、亞莎は不安のせいで俺の後ろをとぼとぼとついてくる。

が、しっかりと警戒はしている。

亞莎は今こそ軍師のように見えるが、実際は武勇に能力があるらしい。

元は武官を目指していたのだから、そんな感じはしていた。

軍師にしては身のこなしは柔らかだった。

馬の扱いもなかなかだった。


宮城に入り、曹操のいる部屋へ通された。

部屋の入り口からすでに覇気が漏れるのが見えるようだ。

ぐっ、と腹に力を入れてから部屋に入った。

すぐに曹操が中央にいるのが目に入った。


「久しぶり、とでも言うのかしらね。黒薙?」


こちらを試すように笑みを浮かべる曹操。

ここは普段通りに行くしかない。

黒永や恋や霞と話すように。


ちょっと肩の力を抜いて、俺も頬を上げた。


「黄巾の頃よりもっと前の、洛陽の練兵場にて。見たのは俺が一方的だった、と思うがな」


「貴様……華琳様になんて無礼な言葉遣いを!」


「黙りなさい、春蘭。これは私と黒薙だけ……英雄同士の対話よ」


英雄……曹操までそんなことを言う。

軍事にしか頭にない俺が、なんで英雄なんだか……。


「あぅ……華琳様ぁ……」


情けない声を出す夏候惇に苦笑した。

ちょっとは力が抜けたかな?


「あの時、私もあなたの部隊を見ていたわ。たった五百の警備部隊が、千にも勝る兵だというのも頷ける練度だった」


「……天下の英雄、曹操にほめられるとはね」


ちょっと頭をかいた。

けど、次には目を細めた。


「で、こんな一客将でしかない、戦しかできない野蛮な輩に何か用かな?」


「……それはこちらの台詞だわ。あなたこそ、何故敵国である我が領土に入った?」


曹操も目を細めた。

互いの視線がぶつかり合って、火花を散らしているようだ。

まわりの音は聞こえない。

いるのは英雄曹操のみ……そんな空間にいるような気がした。


「……馬を買いにいく途中だ」


「……買い物?」


「ああ」


「なるほど、騎馬を揃えたいのね。けど、敵であるあなたを私が通すと思う?」


曹操の目が、俺を貫いた。

一瞬、指一本動けない金縛りにあったような感覚がした。

奥歯を一瞬だけ強く噛み締めた。


「買い物に行くだけの俺を通さない、とでも言うのか?」


今度は俺が曹操を見据えた。

身体のまわりに力を込めるように、曹操の目を見つめた。

また、あの空間に入った。


「……いいでしょう。魏はあなたの買い物に干渉しないことを約束しましょう」


ふっ、と空間が元に戻った。

いきなり灯りがついて、視界が明るくなった感じだ。


「華琳様!?」


「……その言葉、信じていいんだな?」


「もちろん。騎馬を揃えたあなたと相容れる日を楽しみにしてるわ」


「……礼を言う」


「下がっていいわ」


最初やらなかった拝礼を最後にやって、出口に歩いた。

ふと、思い付いた。


「一つ、訊いてもいいか?」


「なにかしら?」


「……俺は、英雄か?」


「……正々堂々とした、天命による勝負。それを楽しみにしてるわ、英雄黒薙」


「……」


無言で再び歩きはじめ、部屋を出た。

途中、夏候惇に睨まれたが頭に入らなかった。


───────────────────────


「……はあ。まったく、久しぶりだわ」


黒薙が去るのを見届けてから息をついた。

春蘭と秋蘭が近寄る。


「誰も華琳様と黒薙の対話に、口も挟めませんでした。まさに英雄同士の対話」


「ええ。あんな意志の強い視線……初めて見たわ。けど、まだ定まってないわね」


「意志が定まってない?」


「何故、黒薙ほどの者が客将に甘んじているのか。……それはおそらく、黒薙の意志が定まっていないから」


「天下は?」


「見てないわね。というより、何も見ていないのかもしれないわ」


「……華琳様、なんの話をしているのかさっぱりなのですが?」


「……黒薙は華琳様のお目に叶う英雄だ、ということだ。姉者」


───────────────────────


英雄か……この世に英雄が三人いる。

曹操、孫策、劉備。

三人は天下を目指している。

そこに、俺が入るのか……?

じゃあ、英雄の俺は天下を目指さないといけないのか……?


亞莎に言われたときは、特にそんなことは考えなかった。

だけど、本当の英雄曹操にそれを言われたら話は別だ。


夕陽が山に落ちかけた頃、宿に戻って庭に出た。

黒永と亞莎はなにかしら感じたのか、無言で俺を見送った。


庭の桃の木の傍にあるベンチらしいものに座り、桃の花を眺める。

淡い色の桃の花びらと、射し込む夕陽の光線。

桃園……妙に釈然としない俺を慰めるようだ。

天下を目指す……それは屍の山を自ら作って、登ることだ。

敵を殺し、民を犠牲にして、そして……仲間を踏み越えて。


「俺は……何を目指したらいいんだ……?」


小さく呟き、手元に落ちた綺麗な花びらを力なく見下ろした。

口に含み、歯をたてるとよくわからない味が一瞬だけして、無味になった。

今の俺は、無味なのだろう。

なんの志も持たない、無味乾燥な英雄。


しばらく花びらを舌の上で転がし、やはり味がないということを確かめ、それを飲み込んだ。

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